※荒北は出てきません。
※悠人くんとお話してるだけ。
◇◇◇
「君が噂の悠人くん!」
そう声をかければ、彼はあからさまに嫌そうな顔をして軽く会釈をした。箱学チャリ部のOGである私へのあからさまな態度に黒田が声を上げようとするのを止めて悠人くんをじっと見る。隼人と比較される事が嫌で、入学早々に揉めたとか何とか。そんな事を黒田が言っていたから、多分私が言った噂の悠人くんという言葉があまり気に入らなかったんだろう。
直接関わりがなかったとは言っても一応先輩である私を無下にはできないらしい悠人くんは、早くどっか行ってくれないかなと言わんばかりにチラチラと視線を泳がせる。あまり良く思われていない事を分かった上で彼に絡もうとする私も大概嫌な性格をしているし、それを半ば諦めたような目で見てる黒田はさすがと言ったところか。
「隼人から写真見せて貰った時から思ってたけど、目元そっくりだね。言われない?似てるって」
「…まぁ」
「あ、私高坂葵ね。一応ここの元マネージャー」
「みたいですね。黒田さんから聞きました」
ニコニコと笑いながら話しかけるけれど、素っ気ないツンツンとした返事ばかりで何とも面白い。なんか野良猫構ってる気分になってきた。
似てる、とは言ってもやっぱり纏う雰囲気や性格は全然違う。隼人より何割か増しで悠人くんの方が賢そうだ。いや、別に隼人をバカって言ってる訳じゃないよ。隼人はこう…普段からぽやぽやしてるからさ。天然ちゃんって感じするけど、悠人くんは策士って感じだ。確信犯、みたいな?
「悠人くんってポジションどこだっけ?クライマー?」
「…!なんで、そう思うんですか?」
「え、足の筋肉の付き方がそれっぽいなあ〜って思ったんだけど、違った?」
驚いた顔をして私をじっと見てくる悠人くんに少しだけ戸惑いながら返事をする。あれ、私なんか変なこと言ったかな。ていうか、今の会話のどこにそんな食いつくポイントがあったんだ…。
確かに上に同性の兄弟がいる人はお兄ちゃんがやってるから、と同じスポーツだったり同じポジションだったりをやる事が多い。けれど、悠人くんの筋肉の付き方はどう見てもクライマーのそれだ。
「見たら分かるんですか?」
「まさか!そんな万能じゃないよ!いつも見てた奴らと比べたっていうか…私達の代にいたクライマーの奴と悠人くんの筋肉の付き方が似てたからそうじゃないかなって思っただけ」
三年間、誰よりも近くでアイツらを見てきた。必死にペダルを回して、汗を流して、息を乱して。勝利に向かって努力し続ける姿を間近で三年間見てきた。だからアイツらの事は誰よりも知ってるつもりだ。誰でも彼でも見て直ぐにどんな筋肉の付き方をしてるかなんて分からない。
肩を竦めて「私が分かるのは知ってる人の事だけだよ」と笑えば、悠人くんはぽかんと呆気に取られたような顔をする。そんな姿にクスクスと笑みを零す私を、悠人くんの瞳が見つめる。どこかまだ悩んでいるような、考えるような。瞳の奥で揺れる迷いの色に、二年の時の隼人が頭をよぎった。
ああ、こういうとこ。やっぱり兄弟だ。一人で考えこんで、言い出せなくて。助けて、って。手を伸ばせないところ、ほんとにそっくり。
「で、悠人くんはそんなに何を考え込んでるのかな?」
「なに、って…」
「1年生ってさ、大変だよね。だって既に形成された部の空気の中に突然放り込まれてさ。話し相手も頼る相手も、いないじゃない?」
だからさ、私に言っちゃえばいいよ。だって私もうここの部員じゃないもん。
そう言ってケラケラと笑えば、悠人くんの瞳がゆらゆら揺れてそっと伏せられる。ぽつり、ぽつりと小さな声で話し始めた悠人くんの頭をゆっくりと撫でて何度か相槌を打つ。
隼人と比べられるのが嫌だった。自分がどんなに頑張っても、新開悠人じゃなくて新開隼人の弟と呼ばれるのが耐えられなかった。隼人を知ってる人は、尚更自分を隼人の弟としか見ないだろうと。そう思ったから、私の事も初めは良く思わなかった。
「なぁんだ、そんな事?」
「…は、?」
悠人くんの話を聞き終えて、真っ先に私が思ったのはそれだった。ケロリとした顔でそう言いきった私に悠人くんは驚いたように目を見開いて、すぐにその顔がぐにゃりと歪む。人の真剣な悩みをそんな事呼ばわりしてんじゃねぇよ、とでも言いたげな表情に益々笑みが零れる。
「悠人くんは悠人くんでしょ?隼人じゃないの、当たり前じゃん」
そりゃ新開悠人は新開隼人の弟だ。それは間違いない。でも同一人物じゃない。隼人が出来ることを弟の悠人くんが出来るとは限らないし、逆も然りだ。兄弟である前に一人の人間で、嫌なことから逃げたいと思うのも普通だし誰かと比較されるのがムカつくのも普通のことだ。人として持っていて当然の感情なんだから、悩む必要すらない。
今まで悠人くんを新開隼人の弟としか見てこなかった人達がバカなだけ。新開隼人の弟じゃなくて新開悠人として見てくれてる人は案外いっぱいいると思うよ?と悠人くんの頭を撫でて笑いかける。これでもかと言うほどに見開かれた目には、もう迷いの色は見えなかった。けれど、その代わりにぽろりと溢れた雫が悠人くんの頬を濡らす。
「うえぇ…!?泣かないでよ…!私が泣かせたみたいになっちゃうじゃん…!」
「間違ってないでしょ…。葵さんのせいですよ」
「そんなぁ…!ご、ごめんってぇ…」
突然の出来事に、今度は私が目を見開く羽目になった。わたわたと慌てながら袖口で涙を拭えば、悠人くんがくしゃりと笑って責任取ってください、なんて言ってくるものだから。私の肩口に額を押し付ける悠人くんの背中をとんとんとあやすように撫でてあげるのだった。
◇◇◇
「葵さん、今度一緒にここ行きましょうよ」
「わ、可愛い…!靖友こういう可愛い所行きたがらないから嬉しい!行こ行こ〜!」
「確かに荒北さんはこういうとこ苦手そうですね」
「でしょ?まあ結局行ってくれるんだけどさ、恥ずかしさが勝つみたいでずっとソワソワしてるんだよね」
「あははっ、それはそれで面白くないですか?」
「そうなの。それはそれで可愛いからいいんだけどね。段々申し訳なくなってきちゃうからすぐお店出ちゃうの」
「あー、なんか分かります。葵さん何だかんだ優しいから」
「え〜?ほんと?」
「ほんとですよ。あ、ココもオススメです。雰囲気良くてご飯も美味しかったですよ」
「あー!ここ行ってみたかったとこ〜!」
「……いや、仲良くなりすぎだろ」
「どしたの、黒田。黒田も一緒に行きたい?」
「いやいいです。ていうか、いつからそんなに仲良くなったんすか。さっき会ったばっかだろ…」