いずれその手のひらを反すために

悲鳴を上げて暴れる姿が、もう男の精神がまともでは無い事を物語る。男が意識を飛ばせないのは、白蛇の毒のせい。古橋が作ったその毒は、意識を失うことが出来ずにじわじわと体を蝕むものだった。しゅるりと現れた白蛇が吊るされたままの男の首筋に嚙みついて、その毒が流れ込んでからしばらく経ったが男は意識を飛ばすことが出来ないまま苦しんでいる。

「かぁわいそうだねえ」
「超愉しそうじゃん、ウケる」
「愉しくない訳ないじゃない」
「葉月どれか喰う?」
「いらないから食べていいよ」

200年前、自分のせいで仲間を失った男が、再び自分のせいで仲間を失う。それも同じ相手に、同じ場所で、同じように。可哀想じゃなければ何だと言うのだ。もう一度逃がしてあげてもいいが、ここまで絶望を与えてしまうともう恨みだけで生きていくことは出来ないだろう。

「康次郎、後はコイツ好きにしろ」
「いいのか?」
「やるならちゃんと面白くしろよ」
「そうだな。葉月と一緒に操り人形でも作るか」
「マジ?それ量産して人形劇しようぜ」

暴れたことで毒の回りが早くなったのか、ぐったりとする男に糸を付ける。指先を動かせば男の体がぎい、と動いて踊り出す。私に操られるがままにぎこちなく動く姿は本当に操り人形の様だ。一体どこから集めたのかと不思議に思う程の犬神がいたはずなのに一人も残っていないどころか、骨すら残っていない様子に苦笑いを零す。

花宮と瀬戸も少なからず喰っていたし、私も多少は食べた。古橋も自分の実験用を回収して喰っていたが、如何せん原とザキが喰いすぎているのだ。確かに鬼と鵺はよく食べるが、それにしたってコイツらは喰いすぎだろう。一面に広がっていた血も、血の匂いも花宮の炎で綺麗さっぱりなくなった。

あの日と全く同じだ。妖同士の争いがあったなんて誰も思わない程に、何も残っていない。人も、血も、匂いも。何もかもが消えて、私達は今まで通りの生活に戻るだけ。けれど、小さな違和感が邪魔をしてスッキリしない感覚が気持ち悪い。

「つーか、コイツ200年も俺らの事探してたんだ?」
「もうちょい早く見つかってもおかしくなさそうなんだけどな」
「見当はずれな場所でも探してたんじゃないか?」

そして、その感覚は私だけではなかったようで全員が思っていた。虚ろな目をしたまま意識を飛ばせずに小さく痙攣を繰り返す男を原が指でつつく。

「誰かが200年かけてちょっとずつ準備をしてコイツを唆した、とかだったらどうする?」
「私もそう思った。コイツにこんな事を考えて実行するだけのスキルがあるとは思えない」
「そんなのどうでもいいだろ。このクソつまんねえ世の中を愉しくしてくれんなら、何だって歓迎するさ」

黒幕は恐らく、コイツじゃない。コイツもあの小さな妖と同じで誰かに唆されただけだ。とは言っても、結果的にそれが私達を愉しませてくれているわけで。これが誰かの手のひらの上だろうと関係ない。私達が欲しいのは退屈を凌いでくれる愉しみだけだ。どうせ、その手のひらもいずれひっくり反るのだから。

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