一体、私が何をしたと言うのか。普通に学校に行って、電車に乗って帰ってくる途中だった私が覚えたのは微かな違和感。一瞬気のせいかとも思ったが、気のせいじゃない。
「っ、」
臀部を撫でる手にヒュッと息を飲む。肩にかけていた鞄の紐を握りしめて身を捩るけれど、触れ方は益々大胆になっていく。抵抗しようと心の中では思うのに、体が動かない。まともに抵抗も出来ずに固まる私のスカートの中に滑り込んで来た手にギュッと目を閉じた瞬間だった。ふわりと誰かに引き寄せられて触れていた手が離れる。
「おじさん、何してんの?」
「次の駅で一緒に降りて貰えますか?」
「っ、ぇ…」
私を抱き寄せる褐色の手と、私の背後にいた男の手首を掴む手。知らないうちに止めていた息を吐き出したのと同時にかたかたと指先が、体が震え出す。自分が思っていたよりも恐怖を感じていたようで、じわりと涙が滲んだのが分かった。
大丈夫か、と私の顔を覗き込んだ綺麗な金髪の人がほんの少しだけ目を見開いてから眉間に皺を寄せる。背中を撫でてくれる優しい手に、ばくばくと大きな音を立てていた心臓が少しずつ落ち着いていく。周囲から集まる視線に耐えられずに下を向けば、私を庇うように立ってくれる。
「もうすぐ次の駅だから」
「おい!離せ!俺が何をしたって言うんだ!」
「それはおじさんが一番よく分かってるんじゃないの?」
手首を掴まれた男が逃げようと暴れて、声を荒らげる度にびくりと肩が跳ねてしまう。少しして電車が止まり、金髪の人に手を引かれるがまま駅員の元へと向かい事務室に通された私を待っていたのは更なる不快感だった。
「具体的には何をされたんだい?」
好奇の目が突き刺さる。落ち着いてきたはずの心臓が再びばくばくと音を立てて、呼吸が荒くなる。触れられた、それだけではダメなのか。先程、彼らの口から話された内容だけではダメなのか。私が、事細かに話さなければいけないのか。
胃の奥からせり上がってくるような吐き気と、肌を刺す不快な視線に言葉が出てこない。スカートの上からなのかそうではないのか、どんな風に触られたのか。被害者の気持ちなど一ミリも考えていない無遠慮な駅員の言葉に震える唇から声にならない息だけが零れて、がんがんと頭が痛む。そんな私を庇うように助けてくれた二人が前に立つ。
「それ、今ここで彼女が話すべきことですか?」
「警察に事情を聞かれるならまだしも、駅員の貴方に話す必要はないでしょう」
冷たい声に駅員の人が言葉を濁して、冗談だよと笑う。その笑い声にぷつりと何かが切れる音がした。何が冗談だよ、だ。お前のやってるソレはセカンドレイプと呼ばれる最低最悪な行為だという自覚はないのか、この野郎。
「アンタも一緒に警察に突き出してやろうか」
「え?」
「知らない奴に無遠慮に突然触れられて嫌じゃない人なんていないでしょ。どこを触られたか何て問題じゃねーんだよ。ニヤニヤしながらくだらない事聞きやがって、ふざけんなよ」
ダンッ、と勢いよく事務所の机を叩いてぽかんとする駅員と痴漢野郎を睨みつける。子供だから、女だから、そんな理由でこんな辱めを受けるなんて黙ってられるか。ビクビク怯えて何も言わずに泣いてるだけだと思ったら大間違いなんだよ。
「次、その口開いたら二度と外歩けない様にしてやるから」
まさか先程まで涙を浮かべてぷるぷる震えていた私に言い返されるとは思ってもなかったんだろう。青い顔でコクコクと頷いて、それっきり口を噤んだ二人を横目に到着した警察に事情を話せばあっという間に二人は警察に連れて行かれた。女性の警察官が大丈夫かと私の顔を覗き込んでから、申し訳なさそうに眉を下げて後日詳しく話を聞かせてくれないかと尋ねてくる。それに小さく頷けばほっとしたように表情を緩めて、私の頭を軽く二度撫でてから去っていった。
「あー、その、大丈夫…?」
その姿を見送って、この後どうしようかと思っていた私にかけられた声にびしりと固まった。すっかり忘れていた。ギギギ、と音がしそうな動きで後ろを振り返ると苦笑いを浮かべた猫目の男の子と目が合う。そうだ、私この人達に助けてもらったんだった。忘れてた。