「俺のやることが気に入らねぇなら出てけ!」
「ッ、お父さん!」
「うるせぇ!!触んじゃねぇ!!」
「〜〜ッ、」
がつん、と音がしてくらりと頭が揺れた。父は、そのまま私の髪の毛を掴み引きずるように外へと放り投げる。冷たいアスファルトに座り込む私を、父は冷たい目で見下ろして扉を閉めた。ご丁寧に鍵までかけられた。最悪だ。
季節が春で本当に良かった。これで冬だったら間違いなく風邪を引いていたことだろう。父の機嫌が直るまでは帰れないなとため息をついて立ち上がり、真っ直ぐに繁華街を目指した。
高校生だとバレたら補導されること間違いなしだが、繁華街を彷徨く女の子よりも、夜の住宅街にぽつんと一人で座っている女の子の方がどう考えても怪しい。ほとぼりが覚めるまでイートインスペースのあるコンビニで時間を潰そう。
四月になったばかりということもあり、繁華街は大層賑わっていた。大学生らしき男の人達が騒ぐ姿を横目にその間を通り抜けようとした時だった。突然掴まれた腕と、ふわりと香ったアルコールの匂い。無意識に眉間に寄った皺に気付かない男はニコニコと笑みを浮かべながら私の顔を覗き込んだ。
「君可愛いね。一人?友達と一緒?」
「いえ、友人と待ち合わせしてるので」
「え〜!じゃあその友達も一緒にさ、飲みに行こうよ」
「結構です。友人が待ってるので失礼します」
そんなこと言わないでよ、と私の腕を掴む手に力が込められる。男の友人と思わしき人達が私を囲むように立ってしまえば周りからは見えなくなってしまう。恐怖から引き攣った喉は声を発することを拒んで、指先は震え始める。じわりと浮かんだ涙が目尻から頬を伝って落ちれば、男達は益々笑みを深めた。
「ほら、お前が怖いから泣いちゃったじゃん」
「マジかよ。ごめんね?好きなモン奢ってあげるから泣き止んでよ」
無遠慮に頬に、身体に触れる手に吐き気がする。
「もうやだ、」
「オニーサン達、俺の可愛い妹に何か用?」
半ば引きずられながら歩き出した私を引き止めたのは、優しい声と優しい手。呆気に取られる男達を気にも留めずに、その男の人は私をふわりと抱きしめた。背中をとんとんと叩く優しい手と温かさにじわりじわりと涙が溢れ出す。
「あ、お兄さんと待ち合わせだったんすね…!」
「いや〜迷子になっちゃったって泣いてたから交番まで連れてこうと思ってたんすよ!」
途端に焦った様な顔で言い訳を始めた男達だったが、突然引き攣ったような声を上げて静かになる。そろりと視線を向ければサングラスをかけたお兄さんが先程まで私の腕を掴んでいた男の腕をひねり上げていた。
「へえ…交番は逆方向なんだが、おかしくねぇか?」
「っ、!あ、あぁ、そうだった!こっちだったな!ま、間違えちまってさぁ!」
「あ?何言ってんだお前」
そっちに交番はねぇよ、と意地の悪い顔で笑ったサングラスのお兄さんに、男の表情がさあっと青くなる。通報されなくなきゃさっさと消えろ、と吐き捨てたお兄さんから逃げるように駆けていった男達をぽかんと見送っていれば頭上から優しい声が降ってくる。
「大丈夫?」
「ぁ…だい、じょうぶ、です」
長い髪の綺麗な顔をしたお兄さんは私の顔を見て困ったように眉を下げた。自分でも驚くくらいのか細い声に私だけじゃなく、お兄さんたちも驚いていた。一瞬だけ目を見開いたお兄さんは、ふわりと笑って私をもう一度抱きしめた。
「怖かったでしょ。もう大丈夫だから」
大丈夫、大丈夫。何度もそう繰り返して私の背中をとんとんとあやすように撫でるお兄さんに、ぽろぽろと涙が溢れ出す。
「こわ、かったぁ…!ひ、っく、ふぇ…っ、」
一度溢れた涙は中々止まらない。お兄さんにしがみついて、小さな子供の様に泣きじゃくる私をお兄さんはずっと抱きしめていてくれた。ふわりと鼻をくすぐるお兄さんの香水の匂いは、初めてのはずなのにどこか懐かしくて、私は溢れる涙を堪えることが出来なかった。