11.

ふ、と意識が浮上して目を開ける。背中に回された手と、安心する香りにふくふくと胸の中で何かが膨らむ。ぎゅうっと抱きついてそっと視線を上に向ければ、すうすうと寝息を立てる萩原さんがいた。いつもばっちり決めている萩原さんの髪の毛がぴょこんと跳ねていて、顎には髭が生えていた。

そんな萩原さんの姿に益々嬉しくなってそっと手を伸ばして、髭を触る。ちくちくと指先に触れる感覚が楽しくてふふ、と笑みを零せば萩原さんが小さく唸って眉間に皺を寄せる。じいっと見つめれば萩原さんの瞼がゆっくり上がって、数度瞬きをしてからくぁ、と欠伸を零す。

私が起きていることに気付いていないのか、ぼうっとしながら私の髪の毛をするする撫でる萩原さんにぎゅっと抱き着くと、彼はびくりと肩を揺らして私を見た。私の名前を呼んで、頭を撫でてくれる萩原さんに嬉しくなって抱きつく手に力を込める。

「おはよ」
「おあよう」

萩原さんの胸元に顔を押し付けてもごもごと返事をすれば、クスクスと笑った萩原さんに頭を撫でられる。ゆっくり寝れた?と尋ねられてこくりと頷けば良かった、ともう一度頭を撫でられた。

起き上がった萩原さんの後ろをぺたぺたと歩いて着いて行き、渡された歯ブラシで歯を磨く。顔を洗って髪を梳いて、彼が作ってくれた朝食を食べる為に椅子に座る。二人で一緒にいただきます、と手を合わせて朝食を食べていると来訪者を告げる音が響いた。

誰が来たのか最初から分かっているかのような様子で玄関へと向かった萩原さんは扉の向こうに誰がいるのか確認しないままに扉を開けた。誰が来たのかとそおっと覗けば、こちらを見ていたのは松田さんで、お互いにぎょっと目を見開いた。

部屋の中に入ってきた松田さんは私をチラリと見て、何を言う訳でも無く目元を親指で優しく撫でてからぽんぽんと二度私の頭を撫でて、何故か私の隣に腰かけた。そのままスマホをいじり始めてしまい、一体今の一連の流れは何だったんだとぽかんとしてしまう。

「何かあったか」
「ぅぇ、なんで…」
「目、真っ赤だぞ。泣いたんだろ、昨日」
「ないた、けど、もうへいき」
「ふぅん。ま、なんでもいいけどよ」

私の視線に気付いたのかちらりと私を見た松田さんが口を開く。たどたどしく返事をする私に松田さんは表情を緩めて、早く飯食えよとテーブルの上を顎で指す。いつの間にか萩原さんのお皿の上はからっぽになっていて慌てて箸を持った私を松田さんは鼻で笑って、またスマホに視線を落とした。

もぐもぐと朝食を食べる私の横で今日の課題がどうだとか、授業がどうとか話す二人は今日も大学の授業があるらしい。そう言えば、私も夏休みの課題終わってないなあと部屋の隅に置かれた鞄に恨めし気な視線を向けてしまう。

今までは退屈な夏休みの暇つぶしになるから、課題なんてあればあるだけ良いと思ってたけど、今回ばかりは恨めしい。課題さえなければ、そんなもの気にせずに二人と遊べるのになんて思ってしまった。

「また箸止まってんぞ」
「ごめんね、美味しくなかった?」
「ちがっ、ちがう!!」
「はは、冗談だって。ごめんごめん。ゆくっり食べていいからね」

朝食そっちのけでぼんやりとしていた私は二人の言葉にぎょっとして必死に反論する。そんな私の様子に松田さんはぷるぷる肩を震わせて笑っているし、萩原さんは声を上げて笑っている。よしよしと頭を撫でられて初めて自分が揶揄われていることに気が付いた。なんてこと。

「もう!」
「いやあ、あんまりにも眉間に皺寄せてるからさあ」
「実際メシマズはマジだったりしてな」
「うっそお!?」
「そ、そういうのじゃないってば!ただ…」

課題が無かったらもっと二人と一緒にいれるのになって思ってただけ、と小さな声で呟けば二人は顔を覆って大きく息を吐いた。なに、なんで二人共顔覆ってるの。不安になりながら二人の顔を交互に見つめれば、これでもかと言う程に頭を撫でまわされる。

「ほら、お兄ちゃんが食べさせてあげよっか?」
「なんで…?」
「何か飲むか?持ってきてやるよ」
「だから何で…?」

手のひらを反したように露骨に優しくなった二人に首を傾げる。いや、元々優しいんだけど、こんな露骨に優しくされると戸惑うって言うか。ううん、待って。萩原さん箸持たないで、あーんしようとしないで。松田さんも財布出さないで、わざわざ買いに行かなくていいから水でいいから。

何故か暴走モードになってしまった二人を何とか宥めて朝食の続きをする。じいっと見てくる萩原さんに何、と唇を尖らせればなんでもな〜いとご機嫌な返事。もう気にしたら負けだと気にしないように朝食を食べ終えてキッチンへ食器を持っていく。

「置いといていいよ、俺が後でやるから」
「だめ。私がやるから萩原さんは大学行く準備しなよ」
「陣平ちゃん聞いた!?俺の妹超良い子じゃない!?」
「はいはい、聞いた聞いた。お前より優秀な妹様の言う通りさっさと準備して来いよ」
「厳しい!!」

陣平ちゃんのばかー!と騒ぎながら寝室へと消えていった萩原さんを見送って食器を洗う。かちゃかちゃと食器を洗っていれば松田さんが手元を覗き込んで落とすなよ、なんて言ってくるから落とさないよ!と頬を膨らませる。そんな不器用じゃないもん!

ぶすりと頬を膨らませながら食器を洗う私に松田さんはケラケラ笑いながら悪い悪いと頭を撫でてくる。いつもそうやってさあ!頭撫でたら許すと思わないでよ!と思いつつも撫でられるのは嫌じゃないのでぐうう、と黙ってしまう。

そんな私の気持ちを見すかしたようにぐりぐりと頭を撫でくれるからあっという間に機嫌が直ってしまう。戻ってきた萩原さんにも片付けしてくれてありがとう、うちの子世界一良い子!と褒められてにこにこしてしまった私は悪くない。
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