そんな始まりの小説を読んだことがあるか

(Side:雛)

目が覚めたら知らない教室の床で横になっていた。そんな始まりの小説を呼んだことがあるような無いような。ぱちぱちと何度か瞬きをして、一度は夢だと思おうとした。が、当然そんな訳は無くて頬を撫でる生暖かい風から逃げるように体を起こす。

「……え、どこ…ここ…」

窓の外は真っ暗。先程まで生暖かい風を感じていたはずの薄暗い教室はひやりと冷たい風で満ちていてざわざわと胸が騒ぐ。練習を終えて家に帰り、夕飯を食べて課題をやって、それからお風呂に入って…。いつものようにやることをやってからジャージに着替えてベッドに入ったはずなのに、どうして私は知らない学校にいるのだろう。

座り込んだままでは何も分からず、恐る恐る立ち上がって教室の中を見回す。小さな机と椅子はきっと小学校くらいの高さ。黒板には白いチョークで『出口を探せ』の文字。何が何だかさっぱりだ。一歩足を踏み出すとギィッと床が軋む音がしてビクッと肩が跳ねる。

「……無理かもしれない」

怖すぎてチビりそうだ。ごめんなさい、汚くて。でもそれくらい怖い。目が覚めたら知らない場所。薄暗くて、寒くて、不気味。そりゃ怖いに決まってる。目が覚めたらお化け屋敷だった時の気持ちを考えて見て欲しい。普通に無理だ。

「ど、どうしたらいいの…」

試しに教室の外を見てみようと、勇気を出したのに出鼻をくじかれた。怖い。床鳴り怖い。一歩踏み出した足をそっと元の場所に戻して、そおっとしゃがみ込む。怖すぎる。無理かも、とかじゃなくて無理。このままここにいても埒が明かないことは分かってる。分かってはいるけど、怖いものは怖い。動きたくないし、そもそも動けない。じわりと涙が滲んでぎゅうっと膝を抱えて丸くなる。

「なんでこんなことになってんのぉ…」

泣き言を漏らしながらずず、と鼻を啜った瞬間だった。トン、ギィッ、トン、ギィッ、と誰かが廊下を歩く音が聞こえてひゅっと息を飲む。ムリむり無理!!ごめんなさい、怖いです助けてください。へなへなと力が抜けてぺたりと床に座り込む。

最早頬を伝う涙を拭う力すら無い。どんどん近付いてくる足音が教室の前でピタリと止まって、扉の磨りガラスに人の影が映る。無意識に止めた呼吸と、握りしめた手。ごめんなさい、お父さんお母さん。何かよく分かんないけど、よく分かんないけど!多分何かダメな気がする!分かんないけど!!!

「ゃ…だ…」

誰か、たすけて。恐怖から逃げるようにぎゅうっと目を閉じたのと同じタイミングで扉が音を立てて開く。目閉じたのも失敗だったかもしれない。怖くて目が開けられない。唇を噛み締めて、呼吸も止める。私は石。私は石…。

「…雛?」
「……ッ、も゛り゛す゛け゛く゛ん゛ん゛ん」

かたかたと恐怖に震えていると、聞き慣れた声が耳に入る。恥ずかしい、なんて思ってる暇も無い。安堵から溢れ出した涙と嗚咽。ぐしゃぐしゃに泣きじゃくる私に衛輔くんが駆け寄ってきてふわりと抱きしめられる。その優しさと温かさに、暫く涙を止めることが出来なかった。
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