ずっと、私のヒーローだ

(Side:雛)

「雛?」
「ッはい!」
「どした?」
「な、なんでも…ない…です、」
「そ?なんかあったら言えよ」

スガさんに名前を呼ばれてハッとした。扉の向こうから感じる嫌な気配にぎゅっと手を握り締める。一体、なんだって言うんだ。私の頭をぽんと撫でていつものように笑ったスガさんに安心感を覚えたのも、ほんの一瞬だった。ざざ、とノイズのような音が響き渡って、体育館の壁に設置されたスピーカーから声が聞こえて来た。男とも、女とも言えないノイズに塗れた不気味な声。

『よウこそ!世にモ奇妙なゲームの世界へ!ここデの目的ハ、ただひトつ。こノ学校から、脱出すルこと!簡単だロう?手がカりを集メて、出口ヲ探せばイいだけ。でモ、ヒントなしじャあ、難シいかラ、お助けキャラを用意シたよ。存分ニ使って、脱出シてネ!』

陽気な声とは裏腹に、内容は全く穏やかじゃない。ぞわ、と背筋を冷たい何かが這うような感覚が、訴えてくる。この先の言葉を、聞いてはいけない、と。この直感は、きっと間違いじゃない。

『お助けキャラは、一人ボっちの、仲間はズれ。暗くテ、寂シい教室に、たっタ一人ボっちだった、かワいそうな女ノ子。お助けキャラは、みんナを助けルのがお仕事ダから、頑張っテね。みんナが、死なナいといイね。はハは、アハは、アハハハハハ!!!!!』

ブツッ、と音を立てて放送が止まる。集まる視線が、痛い。苦しい。ゆっくりと言葉を飲み込んで、体育館の中を恐る恐る見回した。一人ぼっちの仲間はずれ。暗くて寂しい教室にたった一人ぼっちだった、可哀想な女の子。

「なんで、」

我慢していた涙が、ぽろりと頬を伝って、顎の先から落ちる。この場に、いる女の子はたった一人。どうして、なんで、私が、頑張らないと、みんなが、死ぬ?ぐるぐるとさっきの声が頭の中を回って、吐き気が込み上げてくる。

「雛!!」
「ヒッ、ぁ…、のや、」
「大丈夫だ。お前のせいじゃない。大丈夫だから、ゆっくり息しろ」

くん、と腕を引かれて傾いた体が抱き止められる。とん、とん、と背中を叩く手と、慣れた匂いと声。ノヤの声が、私を繋ぎ止める。力強い手が、両頬を包み込んで、真っ直ぐなノヤの瞳と視線が交わる。震える声でノヤを呼べば、ノヤは恐怖なんて一ミリも感じさせないような顔で笑った。

「俺達がいる。なんも、心配することなんかねぇ」
「のや、ッ…のや、のやぁ…ッ!」
「ん、大丈夫だから。ちゃんと、お前の隣にいてやるから」

くしゃりと顔が歪んだのが、自分でも分かった。ぎゅうっとしがみついて、ノヤの胸元に顔を押し当てて、声を殺して泣いた。どうして、どうしてノヤは私の言いたいことが分かるんだろう。どうして、私が一番欲しい言葉に気付いてくれるんだろう。どうして、こんなに優しいんだろう。そうやって一頻り泣いた私の顔を見て、ふはっと吹き出したことは許さないけれど。

「なんで、わらうの」
「いやだって目も鼻も真っ赤で、赤ちゃんみてぇ」
「うるさい!!」
「ははっ!悪い悪い!」

ずず、と鼻をすすった私を見てほっぺをむにむにと揉んでくるノヤの手をびしりと叩き落とす。なんて失礼なやつ!けらけらと笑うその姿を見て、いつの間にか怖い気持ちはどこかに行っていた。ぎゅっとノヤの手を握りしめてお礼を告げると、ノヤはニッと笑って私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

「礼を言われるようなこと、してねぇよ」
「…そう?」
「そう。だから、お前はいつも通り笑ってろ」
「…うん、ありがとう」
「あ!ほらまた!言うなって言ってんだろ!」
「あははっ!言ってないじゃんそんなの!も〜ごめんって」

目が覚めてから、今この瞬間まで。声を上げて笑うことが出来たのは今が初めてだった。やっぱりノヤは、今も昔も、ずっと私のヒーローだね。
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