意味は分からないけど、意味はある

(Side:雛)

誰かに手を握られている感覚と、耳に入る話し声。ゆっくりと浮上した意識の中で、徐々にその声をハッキリと認識し始める。重たい瞼を何とか開けて、視線を彷徨わせると傍に座っていた衛輔くんと目が合った。

「もり、すけく…」
「雛!」

小さな、本当に小さな、掠れた声に、衛輔くんは目を見開いてから安心したような優しい顔と声で私の名前を呼んだ。その声に反応して黒尾さんや、大地さん達が駆け寄ってきてあっという間に先輩たちに囲まれる。

「ほんとに、だいちさんたちいる…」
「雛…!お前ほんとに…!マジで心臓止まるかと思ったんだからな!!」
「うぐ、ごめんなさい…」

衛輔くんに支えられながら何とか体を起こしてきょろきょろと辺りを見回す。それから大地さん達を見てホッと息を吐いたのも束の間。勢いよくすっ飛んできたスガさんに思い切り抱きしめられて、息苦しさでちょっとだけ咳が出た。

大地さんも、スガさんも、旭さんも、こんなに不安そうな顔をしている所なんて、見たことが無くて。どれだけ心配をかけてしまったのかと、心が痛む。勿論、黒尾さんや衛輔くん、海くんも眉間に皺を寄せて苦しそうな顔をしていて、益々心が痛い。

「えと、あの…ごめん、なさい…」
「…いや、悪い。雛も、突然こんな訳の分からない場所に連れて来られて混乱してるよな。とにかく、無事で本当に良かった」
「大地さん…」
「一人でよく頑張ったな」

ぽん、と撫でられた頭と、優しい声。じんわりと涙が浮かんできてぐしぐしと服の袖で涙を拭う。本当なら声を上げてわんわん泣きじゃくりたいけど、後輩達がいる手前、そんな恥ずかしいことは出来ない。まあ、一番の理由はここで泣いたら益々心配をかけてしまうから、不要な心配はかけたくないのが本音だけれど。

とは言え、大地さんやスガさんの口ぶりからして、私が一人で3階の教室にいたことも、鎖で繋がれていたことも知っているんだろう。黒尾さんと衛輔くんが話していないわけが無いから。気になっているだろうに、それを口に出さない辺りが私の事を気遣ってくれているんだろうなと思う。優しい人達だ。

「雛、混乱してるとこ悪いんだけど…ちょっと、色々聞いてもいいか?」
「…はい。大丈夫です」
「あの時、何か見たんだよな…?俺たちには見えてなかった、ナニカを、雛は」

真剣な顔だった。衛輔くんの真っ直ぐな目に、嘘を吐く気も、誤魔化すつもりも無い。ハッキリと思い出せる、あの女の姿にぞわりと鳥肌が立つ。ぎゅうっと拳を握りしめて、声が震えないようにお腹に力を込める。あの時、あの瞬間。私が、見たものを、見たままに。

一つ一つをゆっくりと声に出すと、頭の中では意図してぼやかしていた女の姿が鮮明になっていく。最後まで話し終えた時には、かたかたと体が震えていて、かちかちと歯が音を鳴らしていた。怖かった。言いようの無い、ハッキリとした恐怖。感じたことの無い寒気と、吐き気。思い出すだけで、気持ちが悪い。

「た、ぶん…いきてる、ひとじゃ、なかった」
「…ありがとう。雛、怖かったよね。話してくれて、ありがとう」
「かい、くん」
「大丈夫だから、手緩めて、ゆっくり息しよう。ね?大丈夫」
「あさひ、さん、」

一頻り話し終えた私の手を、そっと包み込んでくれたのは海くんだった。キツく握り締めすぎて、真っ白になった指先を解すようにゆっくりと大きな手に包まれる。隣に座った旭さんがそっと背中を撫でて、大丈夫と何度も繰り返してくれる。

そこで初めて、自分の呼吸が酷く浅くなっていることに気が付いた。吸って、吐いて、吸って、吐いて。その動作をゆっくりと繰り返してきゅっと海くんの手を握り締める。安心させるように握り返された手の力強さにホッと息を吐いた。

「何で、俺らには見えなかったんだ…?」
「雛だから、なのか俺らだから、なのか分かんねえな」
「雛、霊感とかある方だっけ?」
「無いです。見たことも、聞いたことも無いです」

私が、あの時からずっと思ってた事。それは黒尾さんも衛輔くんも同じだった。どうしてあの瞬間、私にしか見えていなかったのか。タイミングの問題なのか人の問題なのか。スガさんの質問に答えた通り、私は霊感なんて無い。生まれてこのかた、幽霊なんて見たこともないし、声を聞いたこともない。気配だって感じたことがないのに。

それなのに、あの瞬間だけはハッキリと見えた。ハッキリと見えた上に、ずっとその気配に気付いていた。それが、何を意味しているのかは分からないけれど、きっと何か意味はあるんだと思う。こんな、意味の分からない場所に突然連れてこられている時点で、常識じゃ考えられないようなことが、この先も起こるんだと思う。

そうじゃなきゃ、私がここにいる理由も、皆がここにいる理由も説明がつかない。ざわざわと胸騒ぎがして、耳の奥できーんと音が鳴る。もう、ここにはいないはずの女の姿が何度も頭に浮かんでは消えていく。さっき閉めたはずの扉の向こうが、どうしても気持ち悪くて、目が離せなかった。
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