邂逅



この日、朝から鬱陶しい雨であったが、部室にて朝比奈さんが煎れた煎茶を啜りながら古泉と将棋をしている最中、更に憂鬱になる出来事が起こった。SOS団が使用している部室の扉を、団長たる涼宮ハルヒが永年悩まされてきた呪いが解けた人のような顔で、吉報をその胸に携えて叩き開けたのだ。

「みんな、喜びなさい!このSOS団に新たな仲間が加わるわ!!」

ハルヒは廊下の方に腕を伸ばすと、ひとりの少女の肩を引き寄せた。

「はじめまして。郡美月です!」


新たな被害者、郡美月。学年は俺達と同じの1年。ついでに言うなら古泉と同じの1年9組だ。まるで頭から墨汁を被ったような黒髪で、青緑のフルフレーム眼鏡をかけている。背は俺と同じくらいの高さで、出るところのないスレンダーである。何故今更新しい団員なのか、本人によると

「最近ね、やっぱり戦闘要員も必要だと気づいたのよ」

らしい。どうやら彼女は何らかの部活に入っていないにせよ、運動神経が常軌を逸しているらしい。もしかしたらこいつも長門や朝比奈さん、古泉みたく普通ではないのか?今空いている枠は異世界人か幽霊しかないぞ。色々と話しを聞きたいところだが、俺は今なんと学校外にいる。別に瞬間移動をしたとか、遂に俺にも新たな力が目覚めたというわけではなく、新人の歓迎会という名目のもと、ハルヒと宴会の食材を買いに出たのだ。





静まり帰った部室。この部屋には宇宙人、未来人、超能力者そして――ワタシしかいない。彼らはワタシに対して何も訊いてこない。ワタシが何者か気づいていないわけではないだろうに。興味が無いのか、はたまたワタシから発言するのを待っているのか。黙っていてもこの重苦しい空気は改善されそうにないので、ワタシは自分から発言することに決めた。

「皆さんはワタシが何者か気づいていますか?」

扉の前で立ったまま問い掛けるワタシに応えたのは超能力者――つまり、古泉一樹だった。彼は警戒を解いていない微笑を含めた顔でこう推測した。

「涼宮さんの言葉通りなら異世界人でしょう。まぁ、涼宮さんの言動を考えると幽霊という可能性もなくはないですが、教室で普通の一生徒として過ごしている姿を見る限り、貴女が幽霊であるというのはあまり現実的な考えとは言えませんからね」

ワタシは3人に見えるように大きく頷く。未来人ことみくるちゃんは見るからに驚いていて、宇宙人モドキこと有希ちゃんは全く表情が読めないので省略。古泉くんもさっきと変わらないので略。

「取り敢えず今のワタシの状況を話すから、一通り最後まで聞いて下さい」

有希ちゃんは興味があるのか、膝の上の本を閉じてワタシのほうを向く。みくるちゃんは少々表情を引き締めて、古泉くんは警戒を含んだ微笑を湛える。皆の行動を肯定ととったワタシは、長々と続くであろう説明を始めた。





ワタシはとある別の世界から来た。その世界では争いや人が死ぬということは日常茶飯事だということ。そのお陰で運動神経はこの世界の住人とは比べものにならないくらい発達しているということ。3年前、いつの間にかこの街にいて、この世界の理や秩序を知っていたということ。勿論、涼宮ハルヒの願いについても知っていた。それから中学校に入学、そのための資金や環境は全て整っていた。そして高校入学後、暫くして新たに涼宮ハルヒについての情報が記憶に刻まれた。SOS団の設立と次々に勧誘されるワタシに準じる人達。


「ワタシはいつ誘われるのかなってヤキモキしてたのよ。ちなみに、ワタシは訳がわからないままこの世界にいたからあなたたちのようにバックはいない」

大抵のことは話し終えたかなと思ったけど、一番大切なことを忘れていたことを思い出す。

「これが一番重要なことなんだけど、ワタシがもといた世界ではひとり一つは何かしらの能力を持っているの。それこそ、この世界に存在する漫画やゲームに出てくるようなね。少し様変わりしたものもあるけど」

ワタシが人差し指を立てて説明すると、ここまでは想像通りだったようで、そんなには驚いていなかった。

「それでワタシの能力は、『人の記憶をその人の主観を交えて覗き見ることができる』というもの」

今度こそ、宇宙人、未来人、超能力者は三者三様に驚愕の色を示した。

「一口に『記憶を覗く』と言っても、対象が強く拒んだ記憶はノイズがかかって覗くことができないの。それに、直接対象に触れないと記憶のかけらも読み取れない」

今のワタシの状況はこんなもの、と付け足して全てを語り終えた満足げな笑みを浮かべてみる。他の二人から進行役を任されたらしい古泉くんが大間の黒鮪と表記された激安鮪を見るような目つきで口を開いた。……我ながら解りにくい例えだと思うけどこの際どうでもいい。

「それで、貴女の目的は何なんですか?わざわざ自らの素性を晒したからには何かしら果たしたい目的があるのでしょう?」

「ワタシの目的は自分のもといた世界を守ること。これはワタシの自論だけど、例えば、朝比奈さんの言う時間の流れが縦だとすると、異世界――つまり平行世界っていうヤツは横に流れていると思うの。そこでワタシが思ったのは、『違う世界でも各世界に時間が密接に絡んでいるために各世界同士影響を受けてしまう』ということ」

長々としたワタシの説明を、古泉くんは顎に手を当て少し考えた末、簡単に纏めてくれた。

「つまり、この世界で涼宮さんが何かしらの改革を行うと貴女の世界まで影響を受けてしまう…。そういうことですね?」

彼の発した言葉に大きく頷きながら、ワタシは少しだけ説明を補った。

「少しくらいこの世界の理が崩れるなら大丈夫かもしれないけど、もしこの世界が消滅でもするようなことがあれば存在する平行世界は全て崩壊すると考えています」

ワタシが語り終えると、みくるちゃんはかなり驚いたように硬直していた。

「それで、貴女は僕たちに正体を明かして僕たちに何を望むのですか?」

「ワタシは貴方たちに、くれぐれもハルヒちゃんが二度と世界を改変、または崩壊なんかをさせないようにハルヒちゃんの精神をバックアップして欲しいの。勿論、ワタシも全力を尽くすけど」

皆それぞれ暫く考え込んでいたけど、やがて古泉くんが顔を上げて、次のように言葉を発した。

「僕は構いませんよ。元々それが僕の仕事ですし、『機関』が感知できなかった以上、貴女にバックが居ないというのも信用できるでしょう。勿論、『機関』にも貴女のことを報告させていただきます。正式な決定はそれからでしょうが」

ワタシはその言葉を聞いた途端、安堵に息を抜いた。取り敢えず、敵は作らないことに限る。他のふたりの意見を聞こうと視線をみくるちゃんに向けると、彼女は一大決心をしたように表情を引き締めていた。

「わたしも古泉くんと同意見です。未来と『禁則事項』で連絡をしてからになりますけど…」

最後のひとり、有希ちゃんに視線を移す前に、彼女は短く答えた。

「わたしも、同意する。情報統合思念体も貴女を信用してもいいと判断している」

3人の協力を仮定であれ得られたワタシは、安心しきって表情を弛緩させた。

「ありがとう」

ワタシが目一杯の感謝を込めてお辞儀をすると、タイミングのいいことに古泉くんの携帯が着信音と共にその身体を小刻みに震わし始めた。携帯の画面を確認した彼は、

「涼宮さんからですね」

と言って、皆の前で携帯に出た。2言、3言くらいの会話で携帯電話を閉じた彼は、この部室にいる3人に向けて、恐らくハルヒちゃんから仰せつかったのであろう伝言を発信した。

「今日はこのまま解散とのことです。明日も遅れないように、とのことですよ」

そしてその後部室の鍵を閉め解散したワタシたちは、各々の帰路についた。