発見



やがて落ち着いたのか、古泉くんはワタシの服を手放しゆっくりと立ち上がる。それに釣られ、少し遅れながら立ち上がるワタシ。どうやってここから脱出したものかと考えを巡らせると、目の前に手を差し伸べられた。

「僕を助けに来てくださって感謝します、美月さん」

「……!」

その手を握り返し、ワタシと古泉くんは恐らく上だと思われる方向を仰ぐ。

「どうやってここを出るのか算段ついてるの?」

「いえ……確信は持てませんが、試してみるだけでも価値はあるかと」

にっこりと笑って、古泉くんの足は少しだけ浮かび上がった。そしてワタシごと彼を紅い膜が覆い、目の前が赤くなる。そして同時に、耳をつんざく硝子が割れるような音が鳴った。

「―――っ、!!」

咄嗟の事で何が起こったか分からず、つい目を固く閉じて。しかし、そっとワタシを抱き寄せるような手に、ゆっくりと目を開く。

「大丈夫です、美月さん。どうやら成功したようです」

目を開いた時には、ワタシたちに掛かる重力はしっかりとした、何時もどおりのものに変わっていた。

「すごい……一体どうやったの、古泉くん?」

「少しだけ、賭けをしてみただけです。あの空間は感覚が閉鎖空間と似ていたものですから、僕の力を使うと何らかの影響は受けるだろうと思いまして」

古泉くんはそう言ってワタシの肩から手を離し、にっこりと笑って見せる。そうしてようやく元の樹海に戻る事の出来たワタシと古泉くん。皆の居場所を確認しようと手元のGPSを見てみると、丁度、4人揃ってこちらへ向かっている最中だった。

「どうかしましたか?」

「……え?」

GPSの画面を覗き込んだ後、古泉くんはワタシの顔に目をやる。ワタシの顔を差し、彼は言った。

「眉間に皺がよってますよ?」

古泉くんに指摘され、指先で自分の眉間に触ってみる。すると、

「……あ」

確かに、無意識の内に、僅かに眉根が寄ってしまっていた。……理由が見当たらないんだけど。

「……ふむ」

彼は思わせぶりに自分の顎に手を当て、考え事のフリをする。そして不意に顔を上げ、胡散臭い笑顔を浮かべた。

「SOS団の方々が、心配ですか?」

……心配?ワタシが、ハルヒちゃんや、キョンくんの事を?…………。……知らないウチに情が移ってたって事?あんまり考えられない、けど。でも、しっくり、きちゃうなぁ。折角ワタシが先行して来たのに。彼ら彼女らは危険な所に易々と踏み込んできてくれちゃって。って、そういう事なのかな、ワタシ。

「あ、いた!!」

と、突然聞こえたハルヒちゃんの声。そして少し遅れて他の団員たち。

「もう、美月ったら独りで奥に進みすぎよ!私たちだってまだ学生なんだから、何かあったら大変でしょ!」

「、ごめんなさい、団長」

苦笑いを浮かべながら、ワタシが頭を下げると、ハルヒちゃん及びSOS団団員たちはワタシの隣に立つ古泉くんの姿に気づいた。

「無事だったのね、古泉くん!」

本当に安心したような表情を浮かべ、彼女は古泉くんの無事な姿を上から下までまじまじと眺めまわす。そして怪我が無いことを確かめると、今度は目尻を吊り上げて怒りの表情を作り出した。本当に、ハルヒちゃんは感情豊かで表情豊富ね。

「副団長ともあろう者がこの私に断りも無しでSOS団の活動を休むなんてどういうことなの!そりゃあ、古泉くんだって急用とかもあるだろうけど……それでも何か一言くらい伝えておきなさいよ」

ハルヒちゃんはそうまくし立てて腕を組み、「元気そうだからよかったけど……」と、ソッポを向く。それに対して古泉くんは思いの他申し訳無さそうな顔で深く頭を下げた。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません、涼宮さん」

それだけでハルヒちゃんは満足したらしく、うんうんと頷き、その後、皆を先導して樹海を抜けた。他にも、キョンくんが何か言いたげだったけど、それはまた改めて後日じっくり聞かせもらおう。





「じゃあ皆、報告はまた明日にして、今日は家でゆっくり休んで頂戴」

駅に着いて解散の意が固まると、団長たるハルヒちゃんがそう言って締めくくった。報告、というのは今日、樹海で何か変わった事等は無かったか、という事と、古泉くんが何故富士の樹海に居たのか、という事。つまり、古泉くんは一晩で言い訳を考えないといけない事になるのね。
皆各々挨拶をした後、それぞれの岐路につく。奇しくもワタシの家は古泉くんと同じ方向な為、帰りは彼とご一緒する事になった。それに正直なトコロ、彼は疲れているだろうし、少しだけ心配だということもあったりする。

「古泉くんはもう少し自分のこと大切にした方がいいと思うわ。機関とか抜きにして、少しは休養とった方がいいんじゃない?」

道すがらワタシがそういうと、彼は薄く笑いながら、首を横に振った。

「そういう訳にはいきませんよ。僕は機関を作った責任はとらなければいけません。それに、コレが僕の存在意義ですから」

「…………」

彼がそう言うからにはそう、なのだろう。
3年前、突如ハルヒちゃんをサポートする能力を得た古泉くんたち。その能力をハルヒちゃんの為以外に行使するということは、彼らの生き方、はたまた、彼らの存在そのものを否定することになってしまうんだろう。……なら、

「だったら、偶には愚痴、ワタシが聞いてあげる。……それとも、それはキョンくんかハルヒちゃんがいい?」

そう、前を向いたまま言うと、行き成り彼が道の真ん中で立ち止まる。ワタシも数メートル先で立ち止まり、街灯に照らされた古泉くんを見た。彼は笑顔を崩さないまま、静かによく通る声を放つ。

「その言葉……僕は、貴女から異性としての好意を受けている……そう思ってもいいんですか?」

今度は、彼の言葉に動揺しない。自分で気づいてた訳でもないんだけど、さっきよりは、どうしてか自分で驚かなかった。そしてそれにワタシは肯定の意を込めて、少しだけ顎を引く。

「……ストックホルムシンドローム……というヤツでしょうか。僕にとって、貴女も十分に魅力的な女性に感じます」

今までと調子を全く変えず、そんな台詞を放った彼と対照的に、ワタシはさぞ、驚いた顔をしてるんだろう。

「……ワタシ、てっきり、ハルヒちゃんの事が好きなのかと思ってた」

何とかワタシから出てきた台詞は三流以下のもので、彼は今までで一番素敵に見える笑みをその口許に湛え、言った。

「彼女が魅力的な要素をいくつも持っている事は僕も感じています。けど、今は貴女の方がずっと素敵なんです」

「…………ありがと」

今、彼から見たワタシの顔は正に茹蛸のようなんだろう。触ってなくても、顔が熱いことが分かってしまう。そして彼はワタシの前に手を差し出し、尚もワタシに笑顔を向ける。

「それでは、家まで送りますよ、美月さん」


……この一連の事件は一生、忘れるなんて事はないんだろう。例え、違う世界の人間であったとしても。
もし、ワタシが元の世界に戻ってしまう時が来たとしても――。