喧嘩人形の十数日間/互いに行動、そして悪化
百貨店の自動ドアをくぐり、微睡みを誘うような空気に身を晒す雪乃。今日はいつもより格段にぽかぽかしている。いつも持ち歩いている携帯音楽機器を鞄の中から取り出し、そこから延びるイヤホンを左耳に嵌める。両耳につけないのは、周りの音が聴こえなくなると色々と不便だからだ。しかし、イヤホンを嵌め込みそこから流れる音楽に耳を傾けるこの瞬間が好きだった。外界から隔絶され、周りの目が気にならなくなる。誰も、知り合いでも見かけたことすらもない人間を気にする人などいるはずもないが、それでも出かける時は肌身離さず持ち歩くのが習慣になっている。最近は外を歩くときは大抵側に静雄がいたから音楽なんて聴きながら歩いてなかったんだけど……。無意識にそう考えながら、新羅の家を目指して歩きだす。
アパートの部屋が焼けたとき、全焼だった為に殆どの物が無くなってしまった。今あるのはあの日授業があった教科の教科書と筆記用具。それにいつも持ち歩いているノートパソコンと携帯音楽機器、財布と通帳くらいだ。最低限のものしか残っていないこの現状で、生活ができる場を与えてくれた新羅とセルティ。それに、目的としていた平和島静雄にも警戒されず近くに存在していられる。自分は自分の持つこの能力に感謝するべきなのだろうか。そんなこんなを考えているうちに、よく通りかかる噴水がある公園に入っていた。
平日だというのにも関わらず、公園には様々なグループが集っていた。目立たない程度に同じ色の布を着用した若者たちや、仲良しグループ、カップルなど、眺めていても飽きない風景だ。自販機でレモンティーを購入しておなじみのベンチへと腰掛ける。
「ふぅ……。ちょっと疲れた……」
と、イヤホンと音楽によって少々気が大きくなったためついひとり言を呟く。音楽を聴いていない時でもひとり言が多いのはおそらく気のせいだときめつけた。
一回休むとまた立って歩き出すのがだるくなるなぁと感じながら、紅茶も開けずに目を閉じた。残る右耳で公園の喧噪に耳を傾けながら、自分の脳はひとつしかないので音楽と喧噪を同時に処理するのは難しいなぁと無駄な検証を試みてみた。しかし、誰かが近づいてくる気配に思考を絶たれて目を開く。次の瞬間、雪乃の目は大きく開かれた。
「コンニチハぁ。一雪乃サン」
半分笑っているような声で雪乃に話しかけたのは、20歳前後だと思われるの数人の男、その中心に立つ、顔を笑みで覆ったリーダーらしき男だった。その男たちは同様に紫色の布を着用している。ひとりはバンダナ、ひとりはシャツ、という具合だ。
「なんで―――!!」
弾かれたように立ち上がろうとする雪乃を手で制したリーダーらしき男は、一歩他の者たちより雪乃に近づく。そして、嘲笑を含めた声で雪乃に言う。
「いやァ、ここのところいっつもあの平和島静雄と一緒にいるからさ、やっとお話できるなァ。どしたの?今日はひとりなワケ?」
言いたいことは沢山あるのに、喉の奥に空気が詰まる感覚で声が出ない。
「アンタさぁ、オレたちのコト忘れてるワケじゃないよねェ?それとも、オレたちにした事を忘れてるワケ?アンタと一緒にいると、その人間がどうなるかテメェ自身が知らねェワケじゃねェよな?」
途中から怒気が含まれた声で放たれた台詞を聞いた途端、蒼白に染まった顔を上げ、震える声で雪乃は言った。
「何で、そんなこと知ってるんですか……?」
「オレたちにもちゃんとした情報源があるってコト。例えば、アンタの家が燃えたコトとか、今アンタがどこで生活してるとか……。まァ色々な」
「…………」
「何が目的ってカオしてんな。ま、オレらとしたら、リーダーが出所してくるまでに、アンタがこっち戻ってきて欲しいだけなんだよなぁ。アンタのコト知った今じゃあ色々と利用価値とかあるからなァ」
と、一通り話し終えた男は一歩雪乃から距離を離すと、最初と同じく喜色満面の笑みで肩を竦めてみせた。
「マ、今日は久しぶりの再開だからこのへんで引き返すワ。街外れの廃ビルにいるからサ、一週間以内に来てくれよな。それまでに返事無いと、何するかわかんねェから」
そう締めくくった男は他の男に合図を送ると、一斉に雪乃のベンチから離れていった。一瞬、追いかけようと腰をベンチから浮かせた雪乃だったが、周囲の視線が自分に集中していることに気づき再び腰を降ろす。――……マズった。何で今更アイツが……。東屋が……。
最悪だ。全然周りが見えてなっかた――。このわたしに、良いことが立て続けに起こるはず無かったんだ……。――……この場合の良いこと≠チてなんだろう。セルティさんに会ったこと?新羅さんの家に泊めてもらっていること?それとも、静雄に近づけたこと?……多分、全部なんだろうな。知ってたけど、やっぱり嬉しかったんだ。
左耳から流れる音楽に耳を傾けながら、ベンチの背もたれに体重を預ける。
「やっぱり、いつまでも無視はできないんだよ……」
♂♀
少女は中学生に近づくにつれ、記憶と知識だけではなく経験≠ナ、自分がどういう存在なのかを思い知っていった。それでも姉の言葉を信じ、以前のように塞ぎ込むこともなく中学にあがると同時に少女は故郷を離れ、都会に出てきた。仕送りをしてもらいながら自身もアルバイトをし、平和に、平均的に毎日が過ぎていく。池袋に出てきてからは自身の呪い≠熹ァで感じるほど周りに強い影響を与えることも無く、少女はある男に恋をするようになった。
カラーギャング・八咫樗―やたおうち―。紫色をモチーフとしたそのチームは中学生から大学生まで、比較的若い人間が男女入り混じっているチーム。警察沙汰にならないよう、同年代と喧嘩をしたり悪戯や商売をする程度で、特に目立たないチームだった。
そして八咫樗のリーダーは高校2年生だった。彼は年上からも年下からも人望があったが、喧嘩っ早く何事に対しても暴力を振るう性格だった。しかし、彼と少女は互いに惹かれあい、付き合うほどになっていった。そして、少女は中学生でありながら八咫樗の幹部にまで上り詰めていった。勿論、その事実に不満を抱くものも大勢いたが、リーダーの説得により少女は立場を崩すことなく周りの信用を得ていった。
そんなある日だった。何事も無く、仲間と楽しい日々を送っていた少女だったが突然、呪い≠ェその存在を振るわせた。八咫樗のリーダーをはじめとした数人のメンバーが逮捕されたのだった。公園でたむろしていたメンバーが、あの自動喧嘩人形と名高い平和島静雄に喧嘩を売ったのだった。そして、その騒ぎにより彼らがその場で行っていた違法行為が警察に伝わったのだ。喧嘩を売った、というよりも、その場でしていた行為が露になるのを恐れて焦った、という方が正しいのかもしれないが。
リーダーをはじめとするメンバーはその日、麻薬の密売によって得た報酬をメンバー同士で振り分けていたのだ。しかし、その時逮捕されたのはあくまでリーダーと一部であって、幹部である東屋美邦や十数人のメンバーは事なきをえていたのだが。リーダーの逮捕により、強制的に解散に追い込まれた八咫樗は徐々に姿を消していった。そして、少女は池袋での居場所を失った。彼女にとっては唯一の繋がりだった。その居場所を失った悲しみを少女は憎しみへと変換し、理不尽と分かっていながらも平和島静雄に向けた。しかし、少女の行動力の無さが効してか、少女はそれを行動に移すこともなく、やがてその憎しみを忘れていった。そしてリッパーナイトという事件を境に、少女は行動を起こすことになった。
♂♀
平和島静雄を敵対視し、排除しようとする折原臨也。彼の情報網により、少女の真実が明らかになった。そして臨也はその少女の過去、経歴を調べ上げ、焚き付けにやってきた。彼は少女に静雄の情報を与え、復習を仄めかした。少女ははじめ、首を横に振っていたが、復讐心ではなく好奇心で平和島静雄に会ってみることにした。
姉から教わったインターネット技術を駆使して様々な情報を集めた。例えば――リッパーナイト以来、静雄が力を制御することを覚え始めたこと……。そして彼女は、平和島静雄と会うための決意をした。しかし、彼女の呪い≠ヘまだ解けていなかった。そのことを彼女は失念していた。
自身の家を失い、新たな楽しい日々が始まることで再び、彼女は意識からはじき出してしまっていた。不幸を押し付けるという体質を、心のどこかで大丈夫≠ニ見過ごしてしまっていた。
そして、望んでいるわけでもなく人に愛され、使うと意識が朦朧とする常人以上の力を持ち、他人に、或いは自分自身に不幸を押し付ける彼女の物語は現在の彼女――一雪乃の今に繋がる。
第8話end...