空白の2日間から/過去との直接対決・前座
「――もう大丈夫か?ユキ」
そう言って雪乃から身体を離した静雄は、彼女を安心させようと顔を覗き込んだ。雪乃は雨と共に流れた涙を拭いながら、まるで憑き物が落ちたようなすきっりとした笑顔で微笑んでみせた。
「うん。ありがとう、静雄」
「そうか」
雨の雫を拭うように雪乃の髪を愛撫する。
「立てるか?」
そう言って差し出した静雄の手を握りながら、雪乃は頷いた。
「取り敢えず、今日のところは新羅の家に行こう。あいつらも結構心配してたからな」
セルティと新羅――あの二人にも随分と心配をかけてしまって悪いことをしてしまった――。新羅の家に帰ったら全てを話そう。今の状況と、理由と、自分のことも。そうしたらあの人たちは是が非でも協力すると言って聞かなくなるかもしれない。そんな事を考えたら自然に頬が緩んでしまう。
今まで抑えていたものが全て弾けてしまいそうに感じながらも、雪乃はそれを構わないと思えることに驚きつつ、嬉しく思っていた。自分が変わっているのを感じた。こんなにも簡単に変わるものだったかな。きっとこの変化は、静雄とセルティと新羅が叶えてくれた自分の願いだったのかもしれないと思いながら。自分はとてつもなく節操のない人間だと思いながら。それでも、嬉しいと思うことは素直に受け止めて、変えようと思うことを実行できて、それだけで十分わたしは良い方向に進んでいると信じたい。
♂♀
もうすでに全身びしょ濡れになっていた雪乃だったが、静雄の厚意により彼の持つ傘に入って新羅の家に帰っていた。その間、雪乃は静雄に美邦のことと八咫樗のことを、麻薬の密売の下りを省いて説明していた。この二日日間、雪乃はネットカフェで過ごしていたということも話した。それを聞いた静雄が雪乃に了承を得て新羅に携帯電話で連絡を取る。雪乃が見つかったこと、美邦と八咫樗のこと。そして、雪乃は新羅の家に戻るという意思があることを話した。全てを聞いたとき、新羅はさして驚いた様子こそなかったが、安心したように息を漏らした。
『分かったよ。じゃあ僕らは家でお風呂を沸かして待ってるから』
その新羅の一言を最後に電話を切った静雄は、なるべく雪乃が濡れないよう傘を寄せながら歩く。
「新羅もセルティもユキが帰るのを待ってるってよ」
雪乃を元気付けるためそう言った静雄に、雪乃は反射的に口許が緩むのを感じる。控えめに静雄のワイシャツの袖を持つ雪乃。静雄は雪乃の奥ゆかしさに苦笑しながら、黙ってそれを受け入れていた。雨の所為か、人気が全く無い道。時刻も時刻なだけに、辺りは暗く空気が淀んでいるように感じる。曲がり角に差し掛かったところで、静雄と雪乃はある違和感に気づいた。
「こんなとこにトッラク……?」
この狭い道路に、巨大なトッラクが大量の資材を積んで鎮座しているのだ。ワイヤーで縛った鉄骨やガラスを積んだそのトラックは、明らかにこの閑散とした道路で浮いていた。
「……ユキ」
そのトラックを警戒して、静雄は雪乃をトラックとは反対の方へ。何事も無くトラックの横を通り過ぎて、杞憂だったかと安心をしかけたとき、雪乃は自分の腕を捕まれ、体が浮くのを感じた。雪乃が視界から消え、静雄が振り返り終わる前に、彼に大きな衝撃が襲い掛かる。
強く撓る力によって吹き飛ばされた静雄が最後に見た光景は、雪乃がトラックに載せられるところと、トラックの荷がこちらに雪崩れるところだった。自分がトラックの荷を縛っていたワイヤーに飛ばされたのだと理解しながら、静雄は意識を失った。
第9話end...