空白の2日間から/過去との直接対決開始
……――頭がくらくらする……。変な薬を嗅がされたのかもしれない……。徐々に覚醒する意識と共に、雪乃は鈍く刺さる冷たさを感じた。それの元凶はコンクリートで、倒れた自分の半身から伝わっていることが分かった。両手両足は布で縛られ、猿轡を噛まされていることで、瞬時に状況を理解した。――美邦に、捕まった。目的は大方、チームを壊した静雄への復讐と自分への仕返しの両方といった所だろうと当たりをつけながらゆっくりと目を開く。開いた視界が捉えたものは、ガラス戸が壊され通気性抜群の建物だった。
ロビーのような造りのその場所は、美邦が言っていた廃ビルの一階だと分かった。どうやらビルが密集した裏路地に面している場所らしく、光が差し込んでこず薄暗い。早くここから逃げ出さないと……。どうにか布を解こうと足掻いてみるが、びくともしなかった。ふと、何かの本で、手首を縛られた場合は親指の骨を折れば抜け出すことが出来ると読んだことを思い出し、上半身を起こす。
「オハヨウ、一雪乃チャン」
突然降りかかってきた背後からの声に、身を硬くして振り返る雪乃。ロビーの受付け台に腰掛けた美邦と、その後ろに紫の布を着けた大勢の男たちがこちらを見下ろしていた。受付け台から飛び降りた美邦は雪乃の前にしゃがむと、彼女の顎を持ち上げた。
「アンタと一緒に居た平和島静雄。アイツはもう来ねェよ」
愉しそうに笑う美邦を、雪乃は何かを言いたげに睨む。
「前にアンタ追いかけたときにトラックひっくり返してくれたジャン?そのお返しにワイヤーお見舞ってあげたワ。マ、普通なら人体断裂ってトコだけどあの化け物は……まァ、分かンねェな」
ポケットから取り出したバタフライナイフを弄りながら、美邦は外に目をやる。
「やっと……オレの念願が叶う……」
狂喜に目を細めながら、美邦は雪乃の髪を掴んで引き寄せた。そしてナイフを頬に当てながら、その肌を傷つけないよう滑らせる。
「分かるゥ……?アンタはもうオレのモンになンの。安心しなよ、アイツらにはちゃ〜んとアンタの情報流しといてヤッタからサ」
♂♀
「もしもし?情報屋サン?」
『あぁ、美邦くんか。何か用かい?』
「多分コレで最後になるヨ。ご協力アンガトさん」
『いや、俺は料金と引き換えに情報を流しただけだよ。つまりは純粋なビジネスさ。それよりも、やっと君の念願が叶うんだね、おめでとう』
「そんでサ、最後に、アイツの情報をヤツラに与えてやってくれよ。そうしたら終わりだからサァ」
『わかったよ。長い長い復讐もやっとここで終焉を迎えるわけだね、祝福するよ。もっとも、この復讐は彼女にかい?それとも……彼に、かい?』
♂♀
「美邦さん?どうかしましたか?」
「――……いや、何でも」
以前依頼をした情報屋との会話を思い出して、美邦は雪乃を髪の毛を手放す。ヤツは金さえ払えば依頼した情報を渡すし、追加料金を払えば簡単なオプションも請け負ってくれる。しかし、あの心を見透かしたような話し方は美邦の癪に障っていた。どうもヤツの掌の上で踊らされている気がしてならなかったのだ。床に座り込み美邦を睨みつける雪乃を一瞥してすぐに目を離すと、美邦はバタフライナイフを仕舞った。
雪乃は未だに手足を縛る布を解こうと腕を動かすが、やはり自分の腕力ではびくともしない。『力』を使って解こうにも、体力が無くなっては意味がない。雪乃は自分の無力さと悔しさで、目尻に涙が浮かぶのが分かった。脳裏には連れ去られる時、意識を失う寸前に目に入った静雄の姿だった。強力なワイヤーで塀に叩きつけられる静雄。自分の所為だという考えを振りほどきながらも、必死で何か策は無いかと思考を巡らせる。
その時だった。轟音と共に、もう既に聞きなれた声が耳に飛び込んできたのは。
第10話end...