過去の真実と人物、想い
雪乃の胸倉を掴む美邦を見て、静雄は拳を振り上げた。美邦はすんでの所でそれをかわし、静雄と数メートル離れたところに構える。煙幕はもうすっかり晴れていて、何人か人が倒れてはいるがまだ相当な人数が残っていた。美邦の前に立ちはだかり雪乃を庇うように立つ静雄。雪乃は心配そうに静雄を見上げるが、静雄の顔には既に青筋が浮かんでおり、今にも美邦に飛び掛りそうな程だ。雪乃は静雄の腕の服を掴み、見上げる。
「静雄……少しだけ美邦と話をさせて欲しいの」
「?」
「お願い……」
静雄は何をと思ったが、雪乃の懇願するような瞳に負け、一歩下がった。その様子を見て、美邦は一瞬驚きの表情を浮かべるが直ぐにまた相手を嘲るかのような笑みを浮かべる。それを見て雪乃は悲しそうに、だが真っ直ぐに美邦を見つめて言葉を発した。
「わたしにはあなたの目的が理解できない……。美邦は何がしたいの…?」
それを聞き、美邦は「ハッ」と吐き捨てるように笑い、やはり嘲るような表情で雪乃を睨んだ。
「何言ってンのサ。オレにはアンタの方が何をしたいか分からねェよ。アンタはリーダーの恋人だろォ?居場所壊したソイツに復讐するために近づいたんじゃなかったのかよ」
雪乃は自分から静雄に告げたかったことを美邦の口から発せられ顔を顰めるが、静雄は意味が分からず唖然とする。――復讐?その単語が頭に引っかかるが、それを美邦に問いただす暇もなく雪乃は否定を口にした。
「最初はそうだったかも知れないけど今は違う。今は本当に……」
一度だけ区切り、呼吸を込めて雪乃は言葉を紡いだ。
「本当に、静雄を愛してるの」
今までは人を愛することを躊躇っていた。幼少期は自分の未知の記憶から、静雄と出会うまでは八咫樗の時の事件から。自分の存在が嫌いで、恐れていた。自分だけではなく一緒に居る人たちが巻き添えになるのを。そしてそれが愛する人たちに露見した時自分から離れていくのではないかと。
でも今は、静雄たちならわたしの存在を認めてくれるかもしれない。そして自分も、自分を自分として認めて、前向きに生きていけるかもしれない。そう思って。
「わたしは今まで逃げてきたけど、今なら……今からなら、自分の存在に責任を持てる。だから、美邦の――」
――くくく……。
「ふっ、くく……ハハハハハハハ!!」
過去との事に自身の中で決着を付けた雪乃。雪乃が更に言葉を続けようとすると、肩を小刻みに震わせた美邦が声を上げて笑い始めた。ゆらりと美邦は不安定に揺れ、肩を震わせ、それはこみ上げてくる笑いを堪えているように見える。それは普通から見れば正に『異常』な雰囲気で、遠巻きに見ている美邦の部下たちでさえも顔を引きつらせていた。やがて美邦の肩は震えるのを止め、大きく上下する。
「っふーー……」
美邦は顔を下に向けたまま息を大きく吐き出し、酷く冷めた声音で言った。
「もうイイよ、わかった。所詮アンタはその程度のヤツだったってワケだ」
ゆっくりと顔を上げ、美邦は雪乃を見据える。それは何かを切り落としたような、何かがすっぽりと抜け落ちたような表情と目だった。
「もうこんな茶番も終わり。さっさと殺してやンよ」
バタフライナイフを取り出し雪乃と静雄に向け、宣戦布告をする美邦。静雄は雪乃を庇うように構えるが、雪乃は呼吸が上手くできず顔を顰める。どれだけ自分が美邦の心を歪めてしまったのか。無意識とはいえ自分の能力で人を絡めとり、その人の向く先を無理やり捻じ曲げてしまった。雪乃は八咫樗に入って暫くした時から、美邦に密かに思いを寄せられていることを知っていた。そしてそれを当時の自分は知らない振りをして無視していた。今回のことはその時の皺寄せなのか。人の想いを無視したから。無いことにしたから。だから雪乃は拳を握り締める。美邦には謝らない。謝らないけど、自分は自分のしてきたことに――存在に責任を持つと決めたから、止めたいと思った。雪乃は静雄の手を握り、静かに言葉を発した。
「静雄――巻き込んでごめんなさい、でも、有難う」
何故その言葉を今この場所で言うのか、静雄には分からない。それでも、憑き物が落ちたかのような雪乃の表情をみて、静雄は大きく頷いた。
「美邦を――……止めて」
最後の一言は静雄に向けて放ち、美邦には聞こえない程度の音量で言う。静雄はその言葉にも再び頷き、それを受けた雪乃は静雄に全てを任せるべく一歩下がった。もう、言葉で言っても止まらない。けど、力でぶつかるには自分は余りに弱すぎて。情けないと思いながらも、雪乃は美邦を真っ直ぐ見据えて最後の言葉を放つ。
「美邦にはわたしの所為でもうこれ以上歪んで欲しくないから、だからわたしはもうあたとは以前の縁は切ることにした」
初めて自分の意見をはっきりと口にする。……恐らく、人を傷つける類の言葉を。美邦はそれを聞き歪んだ笑みを口許に湛えると、右手を上げて部下たちに叫んだ。
「コイツら全員皆殺し!もう全部終わりにしちまえェェ!!」
第11話end...