そして訪れた――
「あの人は最初、わたしに平和島静雄が憎くないか、復讐をしたくはないかって、声をかけてきたの。でも先に喧嘩を売ったのはこちら側だし、犯罪行為を行っていたことも事実だから、その言葉には首を横に振った。けど、少し考えて……」
予想もしていなかった臨也と雪乃の繋がりを聞いて内心驚く静雄だが、言葉を区切り、顔を上げて自分の目を見た雪乃に一瞬意識を奪われる。
「……静雄に会ってみたくなったの」
少しだけ頬を赤らめて、しかし真剣そのものといった表情でそう告げた雪乃。しかしすぐに雪乃は目線を右下に泳がせて握る手に力を込めた。
「もしかしたら、静雄になら……わたしの『呪い』は効かないかもしれないと……そう、思ったの」
『呪い』。新羅は『能力』と表現していたそれを、雪乃は『呪い』だと捉えている。その事に静雄は息苦しさを感じた。雪乃が人間であってもそうでなくても変わらないと、自分はそう言った。しかし雪乃にとってその言葉は一体どれほどの意味があるのだろうか……。いつも雪乃が感じていた引け目のようなもの。そして彼女の肩に伸し掛かる重い何かはこれのことだったのかと、静雄は直感した。
「わたし……わたしね、人間じゃないの」
手を強く握りしめる雪乃に静雄は掛ける言葉を探す。しかし、自分と彼女の『人間ではない事』に対しての認識は差が大きく、その差を埋められる言葉を綺麗に伝えられる術を静雄は持っていなかった。雪乃は震える声でその先を続けた。
「小さい頃にホームに預けられて、同じように身寄りのない人たちの中で過ごしたけど……わたしだけ皆とは違う生き物だった……。前に……最初に美邦の仲間が追いかけて来た時に出した怪力も、わたしが人間じゃないから出来たことなの。――それだけじゃない。わたしは、わたしに関わった人たちを――不幸にしちゃう……」
完全に俯いてしまった雪乃の震える右手に、静雄は無意識に自分の手を重ねる。自分を心配する静雄の手に雪乃は『大丈夫』と言う様に自身の左手を重ねた。再びゆっくりと顔を上げる雪乃。――感情だけに流されてはいけない。順を追って、きちんと説明してから自分の気持ちを伝えるんだ……。
「――静雄と初めて会った日、私の住んでるアパートが火事になったの。その直後にセルティさんと出会って、静雄と初めて出会った。……今から考えたら、部屋が火事になったこともセルティさんに拾われて静雄に会ったことも、わたしを引き戻すために美邦が仕向けたことなのかもしれないね……。でも、でもね……」
静雄の手に重ねた自分の手に力が籠るのが分かる。手に汗が滲む。段々と早まっていく鼓動に気付く前にと、雪乃は少しだけ声を大きく静雄に告げた。
「誰の思惑でも、誰の引いた糸の先だったとしても、わたし、セルティさんと、新羅さんと、門田さんたちと出会ってよかった。――静雄と出会えてよかった。池袋の都市伝説ならわたしの『呪い』は効かないのかもしれない――そう思ってたっていうのもあるけど、それでもわたしは皆と過ごしてた時はその事を忘れられた。皆と一緒だと、わたしは自分の事を少しだけ好きになれるかもしれない。気付いた時からずっとあるこの気持ちとも戦えるって思った。だから、だから――」
少しずつ赤くなっていく顔、大きくなっていく声。雪乃はとうとう目をぎゅっと閉じ、半ば勢いのままに纏めた答え――その最後を口にした。
「わたしも一生懸命に戦うから、わたしを静雄の隣に居させて下さい!!」
――言い切った。考えてたことは全部言い切ったハズ。――言い忘れた事はないだろうか、順番は間違ってはいなかっただろうか、きちんと静雄に伝わっただろうか。空っぽになった頭でぐるぐるとそう考えながら雪乃は静雄の言葉を待った。一瞬だけ空白の時が過ぎ、自分の手に重なった静雄の手に力が入ったのを感じた、その瞬間。
「それはオレの台詞だ、ユキ――」
「!!」
腕を引かれ、静雄に抱きしめられる。
「オレも好きだ、ユキ」
『静雄も自分の事を特別に想ってくれているのかもしれない』。もしかして、と思いながら自惚れてはいけないと振り切ってきた淡い期待。それが現実に起こっていることであると雪乃はようやく気付く。本当にいいのだろうか。自分の思う全てを伝えはしたが、今まで夢に見るまでもなく起こりえないこと――起こしてはいけないことだと思ってきたこの現実が雪乃を硬直させる。しかし、いつの間にか頬を伝っていた一粒の涙を静雄が指で拭うと、体を離した静雄が雪乃の顔を覗き込んで微笑んだ。
「ユキが感じること、考えること――もっと、オレに教えてくれよ」
「――うん」
♂♀
ようやく互いの想いを言葉にして伝え合った二人はその日、家主を新羅とするアパートの一室から出ることなく過ごした。ぽつりぽつりと自分の事を話し、昼になれば軽く昼食を作って食事をし、また二人でリヴィングのソファに座りテレビを見ながら談笑などをした。そうして過ごし、夕方になると静雄は自身の暮らすアパートへと帰る支度を始めた。
「そろそろ新羅かセルティも帰ってくるだろうし、オレはそろそろ帰るな」
「うん」
玄関先で軽く挨拶を交わし、静雄は雪乃の頭をポンポンと優しく撫でる。
「また明日な、ユキ」
――また明日。美邦との決着も果たし自分の『呪い』と戦う覚悟を決めた今、雪乃はその他愛のない一言をようやく純粋に受け止めることができた。明日も、きっとその先も、彼と会うことが出来る。静雄もそれを望んでくれている。それがはっきりと伝わってくるだけで、これからどんなことが起ころうと自分は大丈夫。そんな気にさせてくれる。セルティや新羅、そして静雄たちとの出会いのお陰だとその気持ちを噛みしめ、雪乃ははにかんで静雄に応えた。
「うん、静雄。また明日」
最終話end...