喧嘩人形と十数日間/非日常+何か
おそらく自分は、『異常』と『通常』の区別が付いていないのだろう。 それは、自分が『異常』側の生き物だということも関連していると思っている。……だからだろうか。普通の人ならば恐れ戦くであろうかの有名な『自動喧嘩人形』の隣に居ても恐れを感じないのは。
「……」
「…………」
一雪乃は今、平和島静雄の隣を歩いている。昨日住んでいるアパートが全焼したため日常品と、昨日の夜出会ったばかりの静雄に割られた眼鏡を買いに来たのだが、新羅が「静雄に弁償させるべき」と言うから、用心棒兼用で来てもらったのだ。ちなみに、学校には事故直後ということで休みを貰っている。
「眼鏡屋ってどっちだ?」
「あっ、あの骨董品店のふたつ向こうです!」
煙草を吸いながら歩く金髪でバーテンダー服とサングラスを着用した長身の男と、その隣には実年齢より2、3歳幼く見える少女という変わった組み合わせを、すれ違った人たちは次々と振り返っていく。雪乃は緊張していた。以前から会ってみたいと思っていた相手だが、雪乃は他人が苦手な上に静雄は沈黙が苦手なタイプではないらしい。沈黙が苦手な雪乃にとっては居心地の悪いことこの上なかった。自分はどちらかというとオタクと呼ばれる部類であると自覚している雪乃には、静雄と合う話題が見当たらなかったのだ。いや、たとえオタクであっても、他の人なら適当な世間話でも振ることだろう。しかし、長い間二次元しか見てこなかった雪乃には『普通』の話題をどう振っていいのかが分からなかった。そんな事を考えつつ落ち込み始めた雪乃に、静雄が話題を振る。
「昨日は悪かったな…。眼鏡、割っちまって」
短く、なんともぶっきら棒な言葉に雪乃は自然と笑みが零れそうになった。
「そんな、いいですよ。そろそろ度数変えようと思ってましたから」
手を真横に振る雪乃。静雄は煙草の煙を吐いて少し……微笑んだ!?内心、唖然とする雪乃。キレやすいと評判の平和島静雄が昨日会ったばかりのわたしに……?心の目を見開いたりなんだりしていると、目当ての眼鏡屋に到着した。
♂♀
閑散とした店内には、奥で視力を測定する機械の調整をしている女性店員と眼鏡のフレームを見ている雪乃、その隣には平和島静雄がいる。
「……」
外の喧噪とは裏腹に、今耳に入ってくるのは店内にかかっている音楽だけ。――今日、用心棒として付いてきただけの自分はとてつもなく暇だった。この少女は自分のことをどう思っているのか……。ここまでの道のりでは、殆ど会話という会話をしていない。やはり『化け物』だと、距離を置いているのだろうか。新羅に言われて、自分と出かけることになってしまった少女を少し不憫に思う静雄。ぼうっと眺めていると、さっきからこの雪乃という少女は赤や青、紫の眼鏡のフレームを見ているということにふと気が付いた。――好きな色なのか……?フレームを決めかねている様子の雪乃に、静雄もその場で彼女に似合うフレームを探す。――ふと、目に留まったのは、眼鏡の弦が真紅のフレームレス眼鏡だった。おもむろに手に取り、それを、試着していた眼鏡を置いた雪乃の顔にあててみる。
「これなんかどうだ?」
雪乃の顔の横に自分の顔を並べて自分も鏡を覗き込む。
――っっっ!!!息がかかるほど近くに顔を持ってこられ、体を硬直させる雪乃。静雄は雪乃がそんなことを思っているとは露知らず、雪乃の答えを待った。
「っ、いっ、です……ね?」
あまり人とは接触しない雪乃にとっては鳥肌ものである。あまりの緊張に、雪乃は自分でも意味不明な答え方をしてしまう。答えを聞いた静雄は満足げに体を離した。それから冷静に戻った雪乃は眼鏡のフレームを掛け直し、まじまじと見直す。
「静雄さんって、センスいいですね」
ふと零れた言葉に、静雄は照れたように笑った。久しぶりに、まともな褒めかたをされた気がした。
「ははっ、そうか?」
「はい」
ちらりと静雄に目を向けると、不器用そうにはにかんでいて、なんとも心臓に悪い。フレームも決まり、視力を測定する機械のほうに目をやると、店員がそれに気づき「お客どうぞ」と、フレームを引き取り雪乃を機械の席へ案内する。それから数分、視力を測る雪乃を静雄は静かに待つ。
数分後、視力を測り終え、すべての準備を終えた雪乃は静雄の傍らに戻ってきた。
そして笑顔で一礼する。
「取り敢えず、眼鏡は数日後に取りにくることになりました。付き添いありがとうございます」
「あ?眼鏡作んのにそんなにかかんのか?」
数日という期間に反応した静雄は、店のドアを開けて、先に雪乃を店から出す。
「どうも…。眼鏡のレンズを削り出すのに時間がかかるんで、数日くらいかかるみたいです」
続いて店から出た静雄は雪乃の言葉に納得し、扉を閉めながら軽く頷いた。
「へぇ…。で、次はドコ行くんだ?」
「近くのデパートに、昨日のうちに買えなかった必需品を……」
ぐぎゅうぅぅう…
「……」
「………」
眼鏡屋からも見えるデパートを指差した雪乃のお腹が、申し訳程度に、だがすぐ近くの静雄にははっきりと聞こえる音を鳴らした。思い返せば、昨日の夜は食事を取らずに寝て、朝は起きるのが遅かったために食いっぱぐれたのだ。目をパチクリさせる静雄に、雪乃は顔を真っ赤に染めて俯く。顔面がとてつもなく熱い。さっきの眼鏡のフレームを掛けてもらった(?)時より熱い。静雄は少し笑って、露西亜寿司の方向を指差した。
「夕方だけど寿司でも食うか?」
♂♀
目の前でペラペラとおかしな日本語で饒舌に喋っているのはサイモン・ブレジネフ。ロシア人なのに黒人で、相当な巨漢だ。この露西亜寿司に来てカウンター席に着いた雪乃と静雄は、何を頼もうかと迷っていた。雪乃はサイモンの話を聞きながら何を頼んだら良いものかと迷っていると、サイモンが雪乃に視線を向ける。
「お嬢さん、今日ハコレがオススメヨ。是非食べてネー」
サイモンが差し出したメニューを見て、静雄は煙草を灰皿に押し付けた。
「じゃ、オレそれにするわ。お前は?」
「じゃぁ、わたしもそれで」
散々迷った挙句、二人して同じものを頼む。オススメメニューはすぐに運ばれてきて、静雄と雪乃の前に置かれた。久しぶりの寿司にカタルシスを感じながら、もくもくと食べ始める雪乃。静雄も喋ることのないまま食べはじめた。いくつか寿司を口に運んだところで、静雄がおもむろに口を開く。
「お前さ、オレの事とか怖くねェのか?」
寿司を食べながらの質問に、雪乃は多少驚きながらも寿司をお茶で流し込んだ。
「……何でですか?」
想像はつくが、敢えて聞いてみる雪乃。静雄は寿司を飲み込み、雪乃の質問返しに答える。
「オレは……ほら、なんつーか…『化け物』ってよく言われるっつーか……。……
池袋に住んでんなら知ってんだろ?」
「はい、知ってますけど…。別に怖くないですよ?むしろ怖がる理由が見つかりません」
あっけらかんと言い終わると同時に寿司を口に運ぶ雪乃の台詞に、静雄は感動に似たものを感じた。只、単に静雄が『暴力』を振るっているのを実際に見たことが無いだけなのかもしれないが、静雄は、普通の人間に認められたような気がした。
――……?今までは他人からの評価を気にしていなかった……気にしていても、それを外に出すことは無かった静雄は、初めて感じたことに多少の違和感を感じた。寿司を運ぶ手を止めた静雄に、雪乃は「どうしたんですか?」という視線を向ける。
「いや……オレの隣にノーマルの人間が居るってのが…嬉し……?くってよ」
『ノーマル』という言葉に、雪乃は一瞬反応したようだが、「そうですか…?」と照れたように笑い、寿司を口に運ぶのを再開した。
♂♀
「ごちそうさまでした」
寿司を食べ終わり、手を合わせる雪乃。会計を済まそうと鞄から財布を取り出そうとするのを静雄が静止する。
「今日はオレが払うわ」
「でも…」
「誘ったのオレだしな」
「…ありがとうございます」
その後、雪乃は新羅の部屋まで静雄に送られることになった。
第3話end...