喧嘩人形の十数日間/正体の片鱗
「はぁ、はぁ……はぁ」
辿り着いた小さな公園で息切れをする雪乃の背中を優しくさする。――驚いた。自分以外にも怪力――もとい、人間以上の力を出せる人間がいたとは。先ほどの逃走劇を思い出す静雄。捕まる可能性はないと思っていたが、まさかあんな方法で逃げられるとは微塵も思わなかった。汗を流す雪乃の顔を覗き込み、声を掛ける。
「大丈夫か?」
「はい……大丈夫です……」
そう言いながら笑顔で背筋を伸ばす雪乃の顔色は蒼白そのものだった。
「おい、ユキ……」
もう一度静雄が手を伸ばすと、雪乃の身体が大きく傾いた。
「ユキ!!」
倒れる雪乃の身体を支え、名前を呼ぶ。しかし静雄の声が聞こえていないのか、はたまた聞こえてはいるが返事をする余裕がないのか、ぐったりと肩で息をする雪乃。――新羅んち連れてった方がいいな……。そう思った静雄は、雪乃を横抱きに抱え、公園の出口へと走り始めた。出口で新羅の住むアパートはどの方向だったかと視線を動かす静雄に、近くで停車していたワゴン車がクラクションを鳴らす。その助手席から顔を出したのは、薄手のニット帽を被った門田京平だった。
♂♀
「なるほど……お前も色々巻き込まれて大変だな」
「いや、そうでもねえよ」
助手席に座る門田はサードシートに座る静雄をルームミラー越しに見て言った。セカンドシートに座る遊馬崎ウォーカーと狩沢絵理華は、『火事で家をなくした少女が〜』という日常離れしたストーリーを様々な憶測と共に熱く語り合っている。公園で門田と会った静雄はつい先ほど起こった出来事を簡単に説明し、新羅の住むアパートまで運んでもらうことになったのだ。雪乃は現在静雄の膝枕でサードシートに横になっている。そのことも手伝って、遊馬崎と狩沢の話はますますヒートアップし、門田の頭痛の種となるのであった。
♂♀
――まだ頭がぐわんぐわんする……。新羅さんやセルティさん、静雄さんと門田さんに挨拶をしてから、最早自室と言える程に慣れてしまっている部屋に戻る。彼らがわたしが急に倒れた理由や、あの怪力の正体を詮索してこないことがありがたい。……理由はまだ話せない。そのうち話さなくちゃいけないんだろうけど、その時はわたしが居なくなる時だから……まだその覚悟ができない。
――弱すぎる自分がいやになる。ベッドに俯せで倒れこみ、枕に顔を押し付けて大きく息を吐く。――甘えなくてもいい……ひとりで立っていける心が欲しい……。
♂♀
「彼女は一体何なんだと思う?」
机に頬杖をついた新羅は、門田、静雄、セルティが集まった部屋で誰ともなく訊ねる。ソファに座った静雄は緑茶を啜りながら言った。
「人間じゃねえのかよ」
その静雄の言葉に同調するようにセルティはPDAに文を打ち込み皆に見せる。
『少なくとも彼女は妖精や妖怪といった類じゃないぞ。それなら私が関知できる筈だからな』
「だよねぇ」
静雄づてに聞いた、あの細腕ではありえないほどの怪力。そして関係性があるかは分からないが急激な体力の減少。このふたつは雪乃が『人間』ではない可能性を浮上させた。偶然か、いきなりセルティの前に現れた一見普通の大人しい少女である不可思議な雪乃をしかし、ここにいる誰も警戒はしていない。それ故か、悩み始めた3人に門田は腕を組んだまま言った。
「考えてても仕方のないことだろう。一……だったか。話したいと思ったら自分から話すんじゃないのか」
その門田の言葉に納得したように「ま、それもそうだね」と頷く新羅。この日、池袋に住む一般人にとっての『非日常の住人』の中に芽生えた小さな違和感は直ぐに彼らの中から消え去っていった。最も、静雄だけは気になりこそすることではあったが、『雪乃の正体』というものは目の前にいた彼女ではないのかと、そう思っていた。
第4話end...