寝覚め


手に伝わる無機質な冷たさ。押しても引いてもびくともしない扉に大きく描かれる『生徒立入禁止』の文字。涼やかな風をこの身に浴びる事だけを考えてここまで来たというのに、一年とちょっと続いてきたそれが叶わず途方に暮れかける。静まり返った校舎でいつまでもこうしていても仕方ないと、気を取り直して踵を返した。保健室は大事にされるし、寮に帰るのも先生の許可がいる。放課後まで誰にも見つからず時間を潰すことが出来る私のオアシス、さようなら――。この広い学園の中。絶対どこかに良いスポットがある筈と敷地内を練り歩き辿り着いたのは、扉が施錠されていない広い広いそこだった。



とっくに日は落ち、校内に残っている生徒は恐らくもういないだろう。監督たちはこの場を既に後にし、まだ練習し足りず居残った数人の生徒が後片付けをする体育館内で何となくそう思った。自分のスパイクで乗りあがったボールを階下に落としつつ、二階に備え付けられている窓の施錠を確認していく。突き当りまで確認作業を終え、一階に戻ろうと踵を返す……が、ふと違和感を感じて視線を通路の突き当りに戻した。そこで漸く普段は束ねられているカーテンが緩くたなびいている事に気が付く。床まで届く長い遮光カーテン。床とカーテンの隙間から伸びる白いそれを注視する。

「…………」
「若利クンまだー?」

反対側の通路をチェックしていた天童が、自分の仕事が終わったのにオレがまだ戻らないことに気付いて声を掛けてきた。どうしたものかと視線を天童の方へとやると、オレが口を開く前に素早くこちらへ駆けてきてカーテンの下のそれに気づき動きを一瞬停止させる。

「ナニコレ」
「さあ」

天童の質問に端的に答える。天童はそれの正体を確かめる前に階下に残る部員たちに声を掛けた。

「ちょっとみんな〜!変なものがあるんだけど!」

大きく手を振る天童を見た部員たちは互いに顔を見合わせながらも興味はあるらしく、階段を上りこの狭い通路に集合する。そして例外なく、それぞれの視線はカーテンの下のそれに集まる。

「変なものって……」
「脚ですね」

瀬見と白布が続けてそれの見たままを口にした。天童がどうして皆を集めたのかは知らないが、ひとまずカーテンの中を暴くべきだろうとカーテンに手を伸ばす。1メートル程横に伸びたカーテンを一息に開けると、鞄を枕に寝入っているひとりの女生徒の姿が現れた。

「……誰?」
「あ」

首を傾げる天童に、女生徒の顔を見た白布が声を上げる。白布の知り合いか――そう脳裏を掠めたその時、女生徒が小さく身じろいで細い唸り声を上げた。

「ん……」

眩し気に開いた目をくるりとまわす女生徒。カーテンを支えたままのオレと目が合うと、更に大きく目を開いて弾けるように飛び起きた。

「あ、起きた」
「こんな所で何してるんだ」
「っていうか全然気づかなかったんだがいつから居たんだ」

次々と飛び出すもっともな疑問たちに女生徒は身を固め、顔を赤くしたかと思うと勢いよく立ち上がる。

「すっ、すみません!」

誰の質問にも答える事無く直角に腰を折って頭を下げた。

「かっ、帰ります!」

今度は青くなった顔でその勢いのまま枕にしていた鞄をひったくるように掴み取る。そして振り返りざま通路を塞ぐ部員たちの間を随分慌てた様子で強行突破していった。

「あ、おい!!」

瀬見が咄嗟に声を掛けるがそれも届かず、パタパタという足音と共に女生徒は姿を消していった。

「何だったんですか、あれ」
「…………」

ひとりそう零す五色に無言で返したら、沈黙だけが体育館に木霊した。
| |
TOP