ひよこが駆け巡る!





東京合宿の一部目が終了し、この烏野の地に戻ってきた。久しぶりの宮城の空気に、興奮していた心が落ち着くのを感じた。

あの二人の衝突から翔陽君と飛雄君の会話は未だにないまま。私まで心が痛くなるくらい、二人の仲が良くないのは分かった。

仁花ちゃんも今にも泣き出しそうなくらい、2人のことを気にしていた。

学校に着いて、武田先生が明日の予定など伝えて今日は解散となった。

私は家が近いこともあってか、最後まで残るつもりだ。こんな時自主練をしたがる人がいないかを監視する意味合いもある。

今日は満月。

いつもはにっこりと笑っているように見えるのに、今日は虚ろだ。まるで偽物に見える。それは今の彼らを形容しているようにも見えた。申し訳程度にほんのり光る月が、不確かなものにしか見えない。

「影山…トス上げてくれよ」

ほとんどの人が帰ってしまった体育館で、翔陽君はボソッと呟く。これが今日初めての2人会話だった。一瞬安心したが、不安は解消されない。まだ気持ちがグラグラ揺れている。このまま2人を放っておくのは最善の策ではないと思ったので、二人の動向を見守ることにした。

あぁ、お月様まで揺らめいて見える。夜空も明確ではなく、どんよりとしている。何も悪いことが起こらなければいいんだけど…。

***

2人は、なんの会話もなしに本格的にネットを張り始めた。粛々とした2人の雰囲気に、止めろという雰囲気ではなくなっていた。

結局、私も少しお手伝いをしていたんだけど、奇妙なほどに会話が生まれない。

準備も終盤にさしかかってきた頃、仁花ちゃんがひょこっと体育館に顔を出した。2人の雰囲気を察した仁花ちゃんが静かに体育館に入ってきたのだ。

「良かったら2人のどっちかボール出ししてくれない?」

翔陽君はあくまで平然と私たちに話しかけた。飛雄君との雰囲気の悪さを思わせない振る舞いに感心した。

『うん。あの、仁花ちゃんボール出しお願していい?私はボール拾いするから』
「わ、分かった」


何分、いや、何十分飛雄君がトスを上げても上手いこと機能しない。この間まではあの速攻が凄いものだったのに、今の二人、おもに翔陽君はこのままじゃ駄目だと本能的に危惧している。

このまま二人の仲が改善されないままだったらどうしよう…。私は泣きたいのを我慢した。


「もう一回ッ!!!」

ボールが速いペースであちらこちらに転がっていく。なるべく早くボール拾いしているつもりでも2人のハイペースには追いつけない。

「このできるかわかんねぇ攻撃を繰り返すより、今までの攻撃とかサーブとかブロックとか他にやること山程あんだろうが!」

とうとう黙々とトスを上げていた飛雄君の中の何かが爆発した。

「_でもおれは、この速攻が通用しなきゃコートに居る意味が無くなる…!」

このままではいけない気がする。私は拳をギュッと握って事の終着を待つ。今は口出しをしてはいけないこと、ちゃんと仁花ちゃんは理解している。…でも仁花ちゃんは小刻みに震え始めた。

二人の揺るがない血相が彼女に恐怖心を与えているのだろう。


「春高の一次予選は来月だ。すぐそこだ。そん時武器になんのは完成された速攻と現時点で全く使えない速攻どっちだよ!?あ!?」
「け、喧嘩だめだよ…!」

言い合いがヒートアップしてきた。仁花ちゃんはオロオロして困惑している。私も怖くなって、心が空っぽになり始めた。どうしよう。どうしたらいいんだろう。

「おれは自分で戦える強さが欲しい!」
「てめぇのワガママでチームのバランスが崩れんだろうが!!」
「な…仲良くしよ…!?ね…!?」

駄目、仁花ちゃんが泣きそう。

『私、誰か探してくる…!』
「わ、…私も行く!」

このままじゃいけないと察した私は今すぐに先輩の助けが必要だった。

「か げ や まぁぁああぁ!」

急いで外に飛び出すと翔陽君の叫び声が聞こえてきた。とうとう取っ組み合いが始め待ってしまったらしい。先輩を探すために、必死に走っているため、2人の叫び声は次第に遠くなっていく。

「な,名前ちゃ…」

仁花ちゃんは混乱しているらしい。

まだそう遠くない所に田中先輩がいたので、話しかける。その時の私はどういう表情だったか覚えていないけど、隣にいた仁花ちゃんが泣いていたので、田中先輩も尋常じゃない状況なのは理解してもらえた。


田中先輩が制裁に入って、なんとか事なきを得たが、2人はもう傷だらけだった。体も、心もボロボロだった。

前 |109/226| 次