こうして飛雄君の特訓が始まった。
しかし特訓を始めたのは飛雄君だけではなかった。
3年生は勿論、2年生、そして翔陽君もそうだった。山口君は、練習が終わった後に嶋田さんの元に行ってフローターサーブの練習をしているようだった。
でも、月島君は、練習が終わるとすぐに帰っているようだった。
別に必ず自主練をしろといっているわけではない。寧ろ体の疲れを癒すためには休むことも必要だと思う。でも、どこか引っかかる。月島君は何かを隠しているような…。
なんとも名状しがたいこの感情を抱えたまま、2週間が過ぎた。
本格的な夏が到来した。
セミの鳴き声が各所から聞こえてくる。
田中さんが何やら叫んでいるのを調理室から確認した。この中で夏が似合うといえば間違いなく田中先輩と西谷先輩だろう。言うまでもなく翔陽君も似合っている。
『潔子先輩のおにぎり、形がとても綺麗ですね!』
「わぁ、本当だ!」
「そうかな?ありがとう」
綺麗な人は握るおにぎりまで綺麗なのか…!潔子先輩ってできないことあるのかな…?私に勝てることが何もないんじゃ…!
しかしこれで部員の士気があがるのならなんの問題もない。潔子先輩が握ったおにぎりとか言って売り出したら物凄く売れそう!特に男子勢に。
「練習終わったみたいだし、持っていこっか」
あらかた握った後に、潔子先輩の一言でおにぎりを持って行くことになった。仁花ちゃんと潔子先輩でおにぎり、私はお茶を持って行くことになった。
体育館に入ると、ムンムンとした練習後の熱気が漂っていた。半分サウナ状態に蒸されている。この匂い、頑張った後って感じがして好きだ。
「皆、自主練の前に、おにぎり要る?」
「「「要りますっ!」」」
さっそく食いついてきた田中先輩と西谷先輩と翔陽君。やはりな、という顔ぶれだった。
その後でぞろぞろと先輩たちが寄ってきた。みんなお腹空いてるよなぁ。あんなに頑張ってたんだから。
では私はお茶汲みに専念しよう。
『お茶もどうぞ〜』
「おー、サンキュー!」
ものすごい勢いで喰らっている田中先輩に差し出すと、今度は物凄い勢いで飲み干してしまった。
「もう一杯!」
『はい!まだありますからいっぱい飲んでください』
しかし飲み過ぎも厳禁だ。水っ腹になったあとに動くときついものがある。
「名前、俺にもくれ!」
そして西谷先輩もお茶を要求してきた。
『はい、今すぐ!』
チャポチャポとお茶を注ぐ音がセミの声で掻き消される。
「名前ちゃん俺にも!」
元気っ子翔陽君も現れた。これはタプタプに注がないとすぐ売り切れてしまいそうですなぁ。
「おふぇにもふふぇ〔俺にもくれ〕」
次は飛雄君の番だった。モゴモゴしながらお茶を要求する飛雄君の頬には米粒があった。
『あ、飛雄君、米粒ついてるよ』
「どこだ?」
注いだお茶を私ながら手を伸ばす。幸い頬の下の方についていたため、身長差があれど取ることができた。ん?いやどんなに身長差があっても2mくらいなきゃ届かないわけがないか。
…取ったはいい、…取ったはいいがこの米粒ってどうすればいいんだっけ?思い出せ、少女漫画を。この米粒はこの後どうするんだ…!
『……食べる?』
馬鹿かーーー、私は!何、"食べる?"って!
「おぅ」
そうか、飛雄君は一粒残さず食べるタイプか!(混乱中)
『え、えと、はい』
「サンキュ」
何も気にした様子もないまま、私の人差し指についていた米粒をヒョイっととってパクッと食べた。私はこの暑さにも負けず、顔が火照ってきた。私もまだ少女漫画勉強不足か……。
「名前ちゃん、おかわり」
『はい、今すぐ!』
名前を呼ばれて振り返ると、田中先輩と西谷先輩が2人横一列に並んでいた。
その2人の頬には米粒が付いている。
『米粒ついてますよ?』
先輩だからか恐る恐る、まずは田中先輩の頬についてあった米粒を取る。
すると周りにお花が飛び始めた気がした。これで良かったんだろうか……。
不安になって周りを見渡すと、澤村先輩と目があった。
すると何かを悟ったように頷いた。
あぁ、きっとそのまま続けろってことだ。
分かりました、という意味を込めて、頷き返した。