避けたいこの状況



バーベキューの日から2か月近くが経過した。

私は意外と強くなった。

赤葦君と彼女さんが2人で歩いていてもなんとも思わなくなってきた。そりゃ多少はモヤモヤしているけど、段々心も成長してきたのかもしれない。今は穏やかな気持ちで2人を見ることができる。


しかし私は今、ある意味窮地に立たされている。原因を作ったのは最近距離を置いている赤葦君である。私が避けていることもあってか、彼と二人きりで会うのはバーベキューの日以来2か月ぶりとなる。


現在の状況はこうだ。

学部の建物の裏。2人きり。左腕を掴まれている。赤葦君の鋭い視線。逃げられない私。
これは完全に詰みモードである。今までの行いが祟ったのか、一番避けたい状態にいる。

「ねぇ、なんで最近俺のこと苗字で呼んでるの?あと、俺のこと避けてる?」

グサッと刺さるような質問を連続でされ、怯む。なぜ怯むかというと避けているのは事実であり、苗字で呼ぶのは赤葦君には理解してもらえないような理由があるからである。

確かに今まで名前で呼んでいたのに、急に苗字で呼ばれると違和感があるものであり、距離を置かれたと思われてもおかしくないことである。しかし、私にも言い分がある。

彼女でも何でもない女が、苗字で呼び始めたところで弊害は少ないはずだ。私はけじめをつけられるし、赤葦君は見ず知らずの女が馴れ馴れしく話しているところを見て嫉妬する彼女さんを宥めなくて済む。いいことばかりのように感じられる。

男の人には分からない世界なのかもしれないが。

『え、っと…私が彼女さんだったら、自分以外の人に下の名前で呼んで欲しくないと、思うし』

赤葦君の様子がおかしい。余裕がないような、どこか焦っているような。こんな赤葦君見たことない。私はじわじわと壁に追い込まれていることに気づかず、無意識に後ずさりしていく。

「思うし?」

余計なことを言わせない、話は逸らさせないというような真っ直ぐな瞳だ。

『彼女さんだったら、あまり他の女の子と話して欲しくない』

私は独占欲が強い方だ。自分だけの彼であって欲しいと願ってしまう。こんな重い女だから振られたんだ、きっと。生きている限り、女の子と2人きりにならない保証はどこにもないし、寧ろ異性と話すなという方が無理である。よって多少のスキンシップは許すとしても、長時間、しかも故意的に2人きりになる状況は避けたい。

『だから、私と話すのはあまり良くないかなーって、…思いまして』

「そこまで気にする必要ないと思うけど」
『女の子は複雑なんだよ!』

そう、仮にも女の子だから女の子の気持ちは分かっているつもりだ。誰1人同じ性格の人はいないけど、好きな人が他の人と話しているだけで嫌な気持ちになるものだ。それを表に出すか出さないかはその人によるけど。


「名前ちゃん、サークル行こー」


赤葦君と対峙していると、のんきに私を呼ぶ声が聞こえてきた。同じサークルの蓼丸先輩だ。わざわざ探しに来てくれたらしい。確かに先ほど会った時、行き先を伝えたが、まさかここまで呼びに来てくれるなんて。

それに、今のこの状態を見て話しかけられる先輩がすごい。きっと、以前私が赤葦君との事を愚痴ったから助け舟を出してくれたのかもしれない。

「誰?」

赤葦君がいつもより淡々と話す。それが少し怖かった。優しさが欠如した暗い瞳に、心臓から震え上がるのを感じた。

『同じサークルの蓼丸先輩だよ。軽音楽サークルの先輩なの。すっごく優しくて、ギターが上手でね』
「…へぇ」
『じゃあ、そろそろ行くね』

今の赤葦君から早く離れたくて、蓼丸先輩の元へ走っていく。先輩は優しい表情で迎えてくれた。安らげる場所に来たようで、ホッとする。赤葦君、どうしたんだろう。幸せそうには見えない。

今、素敵な彼女ができて幸せじゃないのかな。


「名前ちゃん、大丈夫だった?」

『はい、蓼丸先輩が助けてくれたお陰で』
「そりゃ良かった」

先輩の隣に並んで歩く。彼は特別美男というわけではないが、雰囲気が爽やかで清潔感に溢れている。しかし音楽ともなると雰囲気はガラリと変わる。獲物を狙うような瞳で、たくさんの観客を魅了するすごい人だ。

『赤葦君、怖かったなぁ』
「やっぱりハンサムだね、彼は」
『ふふ、ですよね』

蓼丸先輩は純粋にそう思ったのだろう。

『……私、多分まだ好きなんです。彼のこと』

そして、先輩になら言ってもいいと思って、本音が漏れた。何が2人を見ても何も思わなくなった、だ。近くにいれば心臓が破裂するほどドキドキしているじゃないか。その迷いのない瞳に見つめられると胸が高鳴ったじゃないか。

私は自分で思うよりも、心の奥底から赤葦君が好きだったらしい。

「だろうね、そんな感じするし」
『つくづく馬鹿なんですよ……私ってば。忘れたいのに、思い出すことしかできなくて』
「女の子ってそういうもんなんじゃない?」

先輩は簡単な返事しかしてくれない。だけどその少しの返事さえ私にとってはありがたいものなのだ。蓼丸先輩はお兄ちゃんのような人だ。昔から兄が欲しかった私にとっては憧れの存在。

『でも、サークルの皆さんと出会って、歌って、少しずつ前を向けています』
「それなら良かった。あまり無理しちゃだめだよ」
『はい!』

歌おう。
そして前に進みたい。いつまでたっても新しい一歩を踏み出せない私を奮い立たせるには歌を歌うしかない。