時期は2年生の6月末。早くも夏休みの事を考えながら、いい評価を貰えるように真面目に講義を受ける。相変わらず彼との関係は進展がないままだ。少し前までは過剰なくらいのアピールを受けていたが、それも少し収まった。直接好きだと言われることもなくなり、今はいい友人関係を築いている。特別な存在になることを急いていた昔の自分に、焦らなくてもいいのだと伝えたい。今はこんなにも充実した友人関係を築けているのだから。
「名前ってペンギン好きだったよね」
『ん?うん』
互いのサークルや部活終わりに都合さえ合えば一緒に帰るようになった私達だが、とある帰宅時に彼は突然そう聞いてきた。その時、彼にペンギンがいかに尊い存在なのかを話していた高校時代を思いだした。恐らくその時の話を覚えてくれていたのだろう。よく覚えてくれていたなぁ。
「知り合いに水族館の無料チケット貰ったんだけど、良かったら一緒にいかない?」
それは実に素敵なお誘いだ。これは断る理由がどこにもない。
『行きたい!』
私もなんてチョロい人間なんだろう。ペンギンを引き合いに出されてしまえば行くしかないじゃないか。二つ返事をした後、具体的な日程を決めて少し遠くの水族館に行く約束を取り付けた。
そして約束の日があっという間にやってきた。
私は出発時間のギリギリまで、鏡とにらめっこしながらどの服にするか悩んでいた。無駄な努力とわかっていても、少しでも可愛い恰好をしていきたい乙女心を理解してくれる女の子はたくさんいるはずだ。お出かけの相手が‘友人’の男の子だったとしてもだ。
待ち合わせの約束時間の10分前に集合場所にたどり着くと、そこに既に彼はいた。すらりとした長身で壁に寄りかかり、静かにスマホを見ていた。何を見ているのだろうか。詮索をするのは野暮なことだが、少し気になる。
『お待たせ』
迷うことなく声をかけると、すぐさまスマホをしまって顔を上げた彼がふわりと笑った。
「早かったね」
『京治君に言われたくないよ〜』
「はは、行こう」
なんだか誤魔化された感じがある……。こうなっては口で勝てっこないので、深追いはしないことにした。何駅か乗り継いで目的地にたどり着くと、いよいよ高揚感が増してきた。
『わぁ〜、見て見て!こっちに歩いて来てる…!なんでこんな可愛いの……』
入場してからしばらくはいろいろな魚を見ていたが、ペンギンのゾーンに差し掛かってからは、ガラスに張り付くようにしてじっくりとペンギンを眺める。勇ましい皇帝ペンギンから、モフモフしていそうな赤ちゃんペンギンまで様々なペンギンがいる。どの子も可愛くて、一匹に定められない。にやにやしながらよちよち歩きを見守っていると、とても可愛い親子を発見した。
『ねぇ、京治君あの子見てあの子』
「ん?どの子」
『扉の前のお母さんペンギンの間にいる子。ちっちゃくて可愛い』
「ふっ、そうだね。可愛いね」
『お持ち帰りしたいなぁ』
なんていう調子でしばらくペンギンゾーンにとどまっていた私。そして、しばらくしてから京治君の存在を思い出し、長い間留まらせてしまったと思って我に返った。
『ご、ごめん、退屈だったよね!次行こう次』
「大丈夫。こんなに喜んでくれて俺も嬉しいから」
本当に幸せそうな表情でそんな言葉を言われてときめかない女の子は果たしてどれくらいいるだろう。少なくとも私はときめいてしまう部類の人間だったようだ。ましてや一度は本気で好きになった男性からの言葉。でも、今の私は彼の事を友達として見ている。好きじゃない。好きじゃない…、好き、じゃないと思う。一度振られてしまった時から私はとても恋に臆病になった。あの日から、彼はもう好きになってはいけない人になった。それから、私の中で京治君はずっと友達だ。
『今日はすっごく楽しかった。誘ってくれてありがとう』
「こちらこそ、喜んでくれてなによりだよ」
一日があまりにも楽しくてあっという間に別れの時間がやってきた。別れたくないと、まだ一緒に居たいと思ってしまうこの関係は果たして本当に友達なのだろうか。あぁ、こんな風に複雑に考えるほどのしがらみがなければもっと純粋に楽しめたのにな。
「これ、あげる」
『?これって』
そう言った京治君が私に差し出してきたのは、水族館のロゴが入った小さな袋だった。いつの間にか買っていたその小さな袋の中から出てきたのはペンギンのストラップだった。
『いいの!?』
「うん、喜んでくれるかなって思って」
『嬉しい…!大事にするね』
貰ったストラップをギュッと握りしめると、彼は満足げに微笑んだ。今の私たちはこんな風にとても仲がいい友達で、甘い雰囲気にならないまま楽しさを満喫している。うん、こんな関係もいいかもしれない。恋人にならなくてもいいじゃない。そうだよ、…男女の友情だってある。こうやって知らない間に何度も自分の気持ちを偽る。本当は、心のどこかで…、ずっとずっと彼の事を好きなままなのに、何かが枷になって前に進めない。この心のモヤモヤを解決してくれるのは時間だと信じて無理やり笑顔を作った。