本望のままで


「行って来まーす」
「行ってらっしゃい」

ちゅーーー。


我が家では通勤時間の都合上、徹さんが先に出かけます。もちろん私にだって仕事はあるけど、割と遅めでの出勤で大丈夫だ。

出かける前は、新婚であるが故に『行って来ます』のちゅーは欠かせない。


こうして日課になりつつある朝のちゅーにはちゃんと意味があるってことは彼は知っているんだろうか。


「知ってますか?徹さん」
「なになにー?」

徹さんが、私の首に腕を回して微笑んだまま耳元で囁かれる。


「朝、こうして『行ってらっしゃい』のちゅーをすると、夫の会社での成績が上がるそうですよ」
「そ、そうなの!?」
「はい、そうなんです」

なんて首を傾けて言ってみれば、案の定効き目があったみたいで。徹さんは口をだらしなく開けて、次の瞬間には見たこともない妖艶な笑みを見せてくれた。あれ、余計なこと言っちゃったかな?


「それじゃあ…毎日いっぱい、キスしないとねっ!」
「徹さん、なんか楽しそうなんですけど…。」
「んーー?」

どうしよう、全く聞く気がないみたい。そうこうしているうちに、私は玄関に押し倒されて、緊張で心臓の鼓動が聞こえるまでになってしまった。徹さんは私の両手をその大きな両手で包んで馬乗りになっている。

「俺はさ、ズルイやつなんだよ」

思わぬ言葉に一旦緊張が吹き飛んだ。

「それって、どういう……。ふぅっ…」


言葉を全て紡ぐ前に唇を塞がれてしまった。言わずもがな彼の唇で。朝のちゅーなんて可愛いものではないそれに、息が上がって身体中が火照る。喋る暇なんて与えてくれなくて、ひたすら彼のスーツをぎゅっと掴んだ。

「ここまでしても、もっともっと名前が欲しくなっちゃうから」


唇同士が離れると、徹さんは余裕がある表情でそう言った。そう言われてしまえば何も言い返せない。私は馬乗りになっていた徹さんの頬を数回撫でる。

「よしっ、遅れちゃいけないからそろそろ行こうかなー」
「ふふ、行ってらっしゃい旦那様?」
「それじゃ、これが最後」

今度は軽く触れ合うだけのキスをおとした。

「行ってきます、俺の可愛いお嫁様」

『行って来ます』の朝キスが、2回になりました。