恋と気づかない少年たちは
次の日が来た。
俺はいつもより早く起きて支度をする。彼女はもう起きてしまっているだろうか。心のどこかでまだ寝ていてほしいと思っていた。そして、また彼女を起こしたいという欲がある事に気がついた。
前までの生活と同じようにインターホンを鳴らして彼女の家にお邪魔する。彼女の母と軽く会話をしてから、部屋に向かう。二階に登ってすぐ左の部屋だ。少し緊張で手が震えるが、ドアノブに手をかけてゆっくり押していく。
すると見えたのはまだベッドに横になっている名前だった。仰向けになって目を閉ざしている。スーと聞こえる寝息はどこか幼く聞こえる。
そっと近寄って寝顔を確認すると、前と全然変わらなかった。更に近寄って彼女の頭に手を伸ばし、撫でるように髪を梳く。こんな感情を思い起こす日が来るなんて。
『…ん、京治君……?』
「おはよう」
名前が少し眉毛をピクリとさせたので、咄嗟に手を離した。それは少しずつ目が覚めている様子だ。
『もう…朝?』
「うん」
眠そうな瞼に加え眠そうな声。前まではこんな光景は日常茶飯事だった。寝ぼけたように欠伸をする姿まで可愛いと思う自分に少し驚いている。
『ご飯食べた?』
「まだだよ」
これに関しては、一緒に登下校していた時は名前の家で朝を食べさせてもらっていたが、今は突然の訪問という事もあり準備がないだろう。途中のコンビニに寄って買うつもりだ。
『じゃあ一緒に食べよ』
「それは悪いよ。突然来たし、そこらへんのコンビニで何か買って食べる」
『昨日、お母さんに久しぶりに京治君と登校できるって言ったら、朝ごはん張り切って作らないとって言ってたの。お母さんも楽しみにしてたんだよ』
「それはありがたいな」
まだベッドに横たわりながら俺を見るその幼い瞳に、また頭を撫でたくなった。徐々に彼女の脳が起き上がっているのか、2分ほどしたらグンと伸び上がった。
『先に下行ってて〜。私も着替えてから行くから』
「分かった」
俺はその言葉通りリビングに向かい、再び彼女の母親と、テレビを見ていた父親と雑談をする。数分後、ぴっちり着替えてきた彼女が下に降りてきて、朝ご飯の時間が始まった。そして美味しい朝食も食べて、全ての支度が終わり、3ヶ月ぶりに一緒に登校することになった。
『京治君と一緒に登校できると思ったらさ、気が緩んじゃってぐっすり寝ちゃった。普段はこんな事ないんだよ!ほんとだから!』
「分かってるよ。頑張ってたもんな」
見ていたから分かる。彼女は俺がいなくてもやっていけると痛いほど分かった。
隣にいる彼女が愛しくて、歩くとたまに触れる手に意識がいく。なんとなく手を振るのをやめて、彼女が振る手を待った。ぶつかった手に不思議に思ったのだろう、俺を見上げて驚いていた。そのまま放さないでいると、今度は彼女の方から手を握ってきて恥ずかしそうに笑った。
俺も握り返すと、安心したように歩き始めた。
『小学校の時みたいだね』
「そう言えばそうだったね」
少し照れながら言う彼女を抱きしめたくて堪らない。見せつけてやろうという気持ちを抱いていたのが馬鹿馬鹿しく思うほどだ。
『そう言えば、1ヶ月前に京治君、何か言いそびれてたよね?最後まで聞けなかったけど、何て言おうとしてたの?』
その質問の答えはもう決まっていた。ずっと言いたくて言えなかったことだった。
「また、前みたいに一緒に登校しない?」
この言葉だけをずっと言いたかった。この言葉が彼女の将来を壊すようなら最初から言っていない。つまり何が言いたいかと言うと、将来は2人で一緒に作っていきたいということだ。
『できるんだったらそうしたい。…やっぱり京治君離れは無理みたい』
「正直俺も今までずっと一緒だったから、急に離れるのは違和感しかないよ」
『…良かった、同じ気持ちだったんだね』
彼女の顔を見ているとやはり一緒にいたいと改めて思った。無理に離れるなんて、最初から馬鹿な事だったのだ。そもそも自立云々ではなく、一緒にいる事を選択していれば始めから問題はなかったはずだ。
名前はまだ知らなくていい。
俺がもう離すつもりなんてない事を。
彼女は、俺の深い愛情に気づかないまま成長する。
反対に俺が名前から深い愛情を受けている事も知らないまま、大人になる。