及川徹の場合 1

「飲み会?」

仕事帰りに私の家で2人でご飯を食べている時だった。普通であればこのままお風呂に入って、2人で寝るが、今日はその前に言わなければならないことがあった。

『うん、来月に新入社員の歓迎会があるんだ』
「ふーん、お前ドジだから、気抜いてたらお持ち帰りされるんじゃないの」

徹君はいつもそうだ。普通の女の子にはかけないような言葉をすぐに言ってくる。限定という言葉に弱い私でも、非道い言葉をかけるのが私限定だなんて嫌だ。

『大丈夫。私を襲う人なんていないから。いくら男性でも可愛い子狙っていくと思うよ』


しかし、私が対して可愛くないのは事実だ。むしろ徹君が5年間、私を見捨てないでいてくれた方がおかしい。もっと綺麗でお似合いの人が周りに沢山いると言うのに、別れる素振りを見せない。さすがに5年も一緒にいれば情が湧いてしまったんだろう。振るにも振れない事情があるに違いない。


「そうだろうけどさ、万一って事があるでしょ。お前は可愛くないけど一応女なんだから」
『その万一は100年経っても来ないと思うなぁ』
「あーほんともう、まぁいいや。気をつけて行ってきてよ。せいぜい楽しんでくるんだね」
『うん』

徹君は私に可愛いと言ってくれない。最初の頃は初々しさもあって言えないのだろうと思ったけど、今の今までずっとそうだ。好きという簡単な言葉さえ言ってくれない。

しばらく前から名前を呼んでくれる回数も減った。お前とか、おい、とか。もはや名前を呼ぶ気がないのだろう。

もし、徹君が私と別れたいと思っているのなら身を引こう。
さすがに5年という期間は決して短くなく、思い出から消すには長すぎる期間だ。

だけど、もし、そうならば。私から切り出さなければいけないのだろう。

ここ最近ずっと考えてきたことだ。一時の感情に流されたわけではない。

だから、私は決心をした。

明日、徹君にはっきり言おう。

決心をしながら不安定な感情は、どの道を進むのか分かっていない。

***

「って名前が言ってたんだけどさ!絶対有り得ないよね!あんな可愛いのに襲われないわけないじゃん」

昨日の夜名前が当然のように言ってきたセリフを岩ちゃんにも伝える。

「うるせー仕事中だ」
「俺はもう休憩入ってまーす!でもさー、なんであんなに自分に自信ないのかな」

彼女は自分の魅力に微塵も気づいていない。5年が経過してもその可愛さには磨きがかかっている。どの瞬間を切り取っても彼女はとても魅力的だ。

「お前がドジだの可愛くないだの本人に言ってるからだろうが!可愛いって本人に言ってやれ!」
「俺がけなしてスネる顔可愛いし、なーんか止めらんないんだよね」

しかし彼女に自信がない理由の一端を担っているのは紛れもない俺だった。元々大人しめだったけど、それに拍車をかけたのも俺だ。

俺以外に名前を好きになる奴はいないんだと分からせるためだった。勿論、実際そんな事はなく、彼女の会社にコアなファンがいることは分かっている。気が気ではないのが現状だ。


「本当性格悪いなお前」
「ひど!俺はただ名前が好きなだけなの」

全力で貶してくる岩ちゃんは相変わらずだ。

「苗字に言ってんのか」
「何を?」
「好きだって」
「言ってないよ」
「……」
「何、その目!」
「お前、振られても知らないぞ」
「名前に限ってそれはないないでしょ」

そう慢心していたのが裏目に出たらしい。丁度その日、彼女が俺の家に来た。今日も相変わらず可愛いが、言ってなんかやらない。というか言えなくなっていた。馬鹿みたいなプライドがそんな単純で簡単な想いを伝える事すら許さない。


『ごめん、すこしだけ距離おかせて』

家に帰ると彼女からそんな言葉を聞かされた。既に帰る支度をしている。

「え、なんで」
『その、徹君って本当に私のこと好きなのかなって、不安になる時があるの。私って可愛くないし、よ、夜だって満足させてあげられないし…。徹君にとっての私ってなんだろうって考えたらキリがなくて』

あぁ、俺のこと真剣に考えてくれてるんだ。でも、俺から離れたところで名前は我慢できるかなって思うと少しワクワクしてきた。果たして俺なしでどれだけ生きていけるんだろう。


「分かった、いいよ。」

どうせ名前は俺が恋しくなってすぐ戻ってくるだろうって思った。でも、逆に俺が苦しくなるだろうとは少しも思っていなかった。

この時淡白な返事をしたから余計にそれを助長していたことも、別れてと言われなかったことがどれだけ良かったのかも知ることになる。
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