憧れが恋に変わる
遙君…。
あの泳ぎを見て以来、自分でもよく分からないけど遙君は私の憧れになっている。授業中、彼を観察するのにも緊張して目を合わせられない。今のは相当なストーカー発言になってしまったから聞かなかったことにしてもらおう。
「あ、名前髪切ったんだ!」
華ちゃんとはとても仲が良くなって、今では親密な関係になっている。
クラスで一番仲良くなった。後々聞くと、華ちゃんと美優乃は従兄弟らしい。同じ血が繋がっているから、性格も少し似ているわけだ。そりゃ仲良くなるよね。
『うん。7cmくらい切ってもらったの』
「うんうん。いいねその髪型!」
『ありがとう!』
誰かに髪の事を気付いて欲しかったから、とても嬉しかった。
そして、一番先に気づいて欲しかった遙君をチラリと見ると、いつものように机とご対面していた。気づくわけないよね…。気づいても言ってくれないだろう。そんなに仲が良いわけでもないから当たり前と言ったら当たり前なんだけど。
あれ?なんで遙君に一番最初に気づいて欲しいの?
華ちゃんとか美優乃にだって気づいて欲しかった。
でも…なんで?
多分、いつの間にか憧れは恋心に変わっていったのかもしれない。
特に飾るわけでもない、ありのままの遙君を見てきて、私は心の中で何を思ったのだろう。曖昧な自分の心に問いただしたくなってきた。
他人の恋愛話は嫌でも耳に入ってきた。
あぁ、恋っていいな、なんて思いながら聞いたりもした。
自分には無理だろうと諦めていたけど、実際に自分が恋する立場になると、あの時の女の子たちの会話の意味がよく分かる気がする。
そう思い始めても今の現状が変わることなんてないことくらい分かっている。私は大きくため息をはいた。
***
結局今日も教室でただ一人本を読んでいた。
時間を忘れさせてくれるほど熱中して読んだので、時刻は校門が閉まる30分前だった。
危ない危ないと、急いでカバンに物を押し込んで押し潰して履いていた靴を正しい形に戻して静かな校舎を走った。何の部活にも所属していない私が運動すると息を切らすのが相当早かった。
中学校の時もうちょっと運動しておけば良かったと未だに後悔している。
校門はまだ閉鎖されておらず、20分前に出ることが出来た。
(さて、家に帰ろう)
カバンを持ち直して家までの道を見ると前方に遙君を発見した。
いつもは橘君と一緒に帰っているハズだけど、
確か今日は家の用事で早退したんだっけ?
『は、は、遙君…。』
声をかけてしまった。そんなつもりはなかったのに。
「……お前は。苗字…?」
疑問系だけれど、名前を覚えてくれたことに小さな喜びを感じた。
『うん。…その、今から帰り?』
「あぁ。……髪。」
さっきと変わらない表情なのに今日は特別に見える。
それは私自身の意識の問題だと分かっている。
…鈍感だと思っていた彼はきっと気付いていたのだと思う。私が髪を切ったこと。その事を褒めて欲しいなんて思っていないと言ったら嘘になる。今はまだそれでいい。また、少しずつ仲良くなって行けばいいんだ。
とりあえず、今日は小さな喜びに乾杯するとしよう。
そうして大きな空を仰いだ。
ああ、今日も空が綺麗な青に染められている。
(恋人になるなんてまだまだ先の話)
素直に赤くなる頬に遙君の細い指が滑る。
何をする訳もない。ただ大きな手の温もりを感じていた。