はじまりの体育館裏
夏の陽射しが照りつける体育館。
蒸し暑さと緊張で、選手たちは汗を拭いながら必死にボールを追いかけていた。優も例外ではない。
コートの上ではクールに、無駄のない動きでチームメイトにパスを出す。
だが、その集中した顔も、笑えばほんのり可愛い笑顔に変わる。
「オレ、あの子に告白するんだ!」
花道の声が響き渡る。
周囲の友人……桜木軍団のメンツは一瞬戸惑い、次の瞬間には笑い声とツッコミの嵐。
「花道、落ち着けって!」
「いや、無理無理!今日言うって決めたんだろ!」
「いけ!花道!」
洋平は少し離れた位置でため息をつきつつ、仕方なく付き添っていた。
(正直、こんな大騒ぎのせいで試合どころじゃない……)
心の中で苦笑しながらも、ふと視線がコートの中心にいる優に向く。
優の動きはクールそのもの。無駄のないパス、的確なディフェンス。
誰よりも落ち着いているように見えて、笑うとほんのり可愛い。
「集中してるときの顔、かっこいいな……」
洋平の胸の奥で小さく、何かが弾けた。
体育館の裏、夕方。
花道は玉砕した。告白されたチームメイトが去り、桜木軍団に慰められる空気が漂う。優はチームメイトを追いかける前に少しだけ立ち止まる。
花道と一緒にいた男子が、壁にもたれかかっていて。
ちょっと不良っぽいのに、視線は真っ直ぐで――。
「……さっきの試合、見てた。あんた、結構すごかったな」
洋平の声に、優は思わず胸が高鳴る。
「えっ……ありがとう! 私、そんなにすごくないけど…嬉しい」
心の奥が熱くなる。初めて、誰かに自分の頑張りを認められた気がした。
洋平は少し照れくさそうに、視線を逸らす。
「いや、マジで。集中してるときの顔、かっこよかったぞ」
(目を合わせた瞬間、心臓が跳ねるのを感じる)
その瞬間、優の胸に小さな火花が散った。
忘れられない、初めての“誰かに見られた感覚”。
そうして優の夏は終わったのだった。
帰り道、夕暮れ。練習試合や大会を終えて部活も引退し、制服姿で歩く清田と優。
川沿いの道、秋の空気は冷たくなりつつある。
「オレさ、高校は海南行くって決めた」
幼馴染の清田信長。いつも通り真っ直ぐで、力強い声。
「……うん、知ってた。ノブならそうだよね」
(笑ってみせるけど、少しだけ胸がチクッとする)
「優も来いよ。海南の女子バスケだって強いし、一緒にやろうぜ!」
ほんの少しだけ、俯いて黙る。
優は、迷っていたことを今ここで言わなきゃと思っていた。
「……ごめん。海南、行かない」
「……は?」目を丸くして立ち止まる信長。
「ノブのお母さんから聞いてると思うけど……家のこともあるし、バスケはもう高校ではやらないって決めたの」
「だから、湘北に行く。おばあちゃんの家の近くだし」
清田は、しばらく言葉をなくす。
一緒に走ってきた幼馴染が、突然、自分の未来から遠ざかっていくようで。
「……バカだな、お前。あんなに頑張ってたのに」
でも、それ以上は責めない。彼の性格だからこそ……
「うん。バカかも。でも、決めたんだ」
真っ直ぐに笑って見せる。その笑顔は、夕日に照らされて儚く見える
清田は小さくため息をつき、優の頭をぐしゃっと撫でる。
「……絶対後悔すんなよ」
二人の間に流れる沈黙は、秋の風よりも少しだけ冷たかった。
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