一つだけ欲張りたい
「おーい、ナマエ!こんなところで何してんだ? 風邪ひくぞ」
大きな声と共に、肩にずっしりと重い感触が伝わった。
振り返るまでもない。解放軍の誰もが頼りにする剣士、ビクトールの大きな手だ。
「ビクトールさん。……星が綺麗だったので、少しだけ」
「星、ねぇ。風流なこったが、ここの夜風は冷てえからな」
彼はガハハと笑いながら、自分の着ていた上着を脱いで、私の肩に無造作に掛けた。ビクトールの体温が残る布地は、驚くほど温かくて、彼の使い込まれた剣の油と、どこか懐かしいような香りがした。
「……ありがとうございます。ビクトールさんは、これから宴会ですか?」
「おう。フリックの野郎がまた難しそうな顔して酒飲んでるからな。俺が盛り上げてやらねえと」
そう言って笑う彼は、いつも通り「頼れるアニキ」そのものだ。
けれど、ふとした瞬間に彼が遠くを見つめる横顔を、私は知っている。過去の傷を抱え、仲間のために剣を振るう彼の背中は、時々ひどく遠く感じてしまう。
「ビクトールさん」
「ん? なんだ?」
「あの……たまには、欲張ってもいいんですよ」
私の言葉に、ビクトールは一瞬だけきょとんとした顔をした。
「欲張る? 俺様が食い意地張ってるのは知ってるだろ。肉も酒も、いつだって人一倍だぜ」
「そうじゃなくて……。自分のために、何かを欲しいって思ってもいいんじゃないかなって」
ビクトールは黙り込んだ。
夜の静寂が二人の間に流れる。彼は視線を空に戻し、星を見つめたまま、少しだけ声を低くした。
「……贅沢な話だ。俺は一度、全部を失った男だからな。今こうして、信頼できる仲間がいて、守るべき場所がある。それだけで十分すぎるくらいだと思ってたんだがな……」
ビクトールは大きな溜め息をつくと、肩に回していた手に、ぐっと力がこもった。
「あんたにそんな顔で言われると、困るな。……封印していた『欲』が、顔を出しちまう」
「え……?」
不意に、彼が私の顔を覗き込んだ。
その瞳は、いつもの冗談めかした光ではなく、一人の男としての真剣な熱を帯びている。
「俺は、過去を背負って生きてる。この先も、平和が来るまでは止まるつもりはねえ。……だけどよ」
彼は大きな手で、私の頬を包み込むように撫でた。
「……一つだけ、欲張ってもいいって言うなら。俺の隣に、あんたが居てくれることを願っちまう。……これは、重すぎるか?」
「重くないです……。私も、そう思ってたから」
答えながら手を重ねると、ビクトールは堪えきれないといった風に、私をその大きな腕の中に抱き寄せた。
「そうか……。なら、決まりだ。どんな戦場だろうが、俺は必ずあんたのところに帰ってくる。……俺様のたった一つの『我儘』になってもらうぜ、ナマエ」
彼の胸の鼓動が、私の耳に力強く響く。
それは、どんな剣よりも強く、私を生涯守り抜くと誓ってくれるような、温かい鼓動だった。
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