二人して落ちてゆく
赤月帝国の追手から逃れ、束の間の休息を得た夜。
本拠地のバルコニーでは、冷たい月光が二人の影を長く落としていた。
「……ナマエさん。まだ、起きておられたのですか」
振り返ると、そこにはいつもの手慣れた手つきで煮出し茶のカップを持つグレミオが立っていた。その顔には隠しきれない疲労の色があるというのに、彼は私を見ると、いつもの穏やかな、けれどどこか寂しげな微笑を浮かべる。
「グレミオこそ。坊ちゃんは、もうお休みになった?」
「はい。今は、安らかなお顔で。……今のうちに、少しでも体力を戻していただかないと」
グレミオは私の隣に並び、手元にあるカップから立ち上る湯気をじっと見つめた。
私たちが背負っているのは、一国の運命と、そしてあまりにも過酷な「真なる紋章」の宿命。
「……時々、怖くなるんです」
グレミオの低い声が、夜風に混じる。
「坊ちゃんをお守りするためなら、私はどんな泥にまみれても構わない。命を投げ出すことさえ、厭わない。……ですが、そう願えば願うほど、私は坊ちゃんを独りにしてしまう道を選ぼうとしているのではないかと」
それは、過保護な従者としての顔の裏に隠された、彼の「業」のようなものだった。
私も、同じだった。
坊ちゃんが傷つくくらいなら、代わりに自分が砕ければいい。その純粋すぎる願いは、いつしか狂気にも似た執着へと姿を変えていく。
「私たち、似てるわね、グレミオ」
私が彼の袖をそっと引くと、グレミオは困ったように笑い、私の手をその温かい掌で包み込んだ。
「ええ……。救いようがないほどに。坊ちゃんという光を失わないために、私たちは、自分たちが暗がりに沈んでいくことを選んでいる」
どちらかが止めるべきなのに。
「そこまでしなくていい」と、互いに言い合わなければならないのに。
私たちは、坊ちゃんを守るという大義名分を抱えたまま、共に底なしの献身へと沈んでいく。
「いいですよ、ナマエさん。……二人で落ちていきましょう。坊ちゃんが歩む道が、少しでも平穏であるなら……その下に、私たちの屍がどれほど積み重なろうとも」
グレミオの指先が、私の指に深く絡まる。
それは愛というよりは、同じ「呪い」を共有する者同士の誓いだった。
「どこまでも、一緒よ。グレミオ」
「はい。……地獄の底まで、お供いたしますよ」
月は静かに二人を照らし続ける。
愛する主君を光の中に留めておくために、自ら深い闇へと「二人して落ちてゆく」その選択を、二人は一度も後悔しなかった。
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