◇48 8月18日その後@
「改めまして、おじゃまします」
「ただいま、でいいだろ」
「じゃあ……ただいま」
そう言って見上げた彼はきゅっと目を細めて「おかえり」と笑った。
空港目前でUターンした車に揺られ、戻ってきたレオリオの部屋。
昨日初めて訪れた時のように顎で示されたソファーへと腰を下ろす。
「適当にくつろいでくれ」という気遣いはありがたいけど、一晩過ごしたとはいえ他人のお家はどこかよそよそしくて気までは休まらない。
疲労感の残る体を背もたれにうずめて縮こまり、これまた昨日のように私は辺りを見回した。窓際に数枚掛けてある大きなシャツ。勉強机と本棚からはみ出たたくさんの本。生活感はあるのに部屋の中がかっちりして見えるのは家具や小物がどれもシックな色合いだからだろう。香水が置かれた飾り棚は本棚と同じトープカラーで、カーテンと寝具は愛用のジャケットに似た無地の深いネイビー。私の部屋とまるで違う。
ちなみに今レオリオのベッドにはブランケットがぐちゃぐちゃになって乗っかっている。あれを作ったのは……私だ。昨晩のあれこれの後、次に目を覚ましたらホテルのチェックアウトが差し迫った時間だったから、ベッドを気にする暇もなく大慌てで部屋を飛び出してしまった。
このまま放置するのも悪いと思い、私はベッドへ近付いた。ブランケットを畳み、手と腕でたるんだマットレスのシーツを大きく撫でつけた。
「レオリオ」
名前を呼んだらキッチンでごそごそしているレオリオがくいっと背筋を伸ばして顔を向けた。
「どうした?」
「そのー。洗濯機を、お借りしてもいいでしょうか」
「そりゃ構わんが……?」
疑問形の間延びした返事と共に、首の後ろをこすりながらレオリオもベッドのそばへ近付いてくる。悪いけど、答えは言いたくない。全然言いたくなかったから絶対聞こえないだろうなって音量で声に出したら「シーツが」だけで大方察したらしいレオリオのぽかんと開いた口が「ああ」と納得の相槌を打って、顔から火が出そうになった。
本当に、昨晩のアレは遅効性の毒だ。
最中は雑念の入る隙なんて無いくらい無我夢中で、ただそれだけだったのに、時間が経つにつれてあの時の自分が客観的に見えてきて恥ずかしいなんてもんじゃない。
「いーいー、オレがやっとくよ。ホリィちゃんはゆっくり体を休めなさい。きのーはつかれただろうし」
「疲れてないよッ!」
白々しい労いの次は長い両腕に拘束されて、前髪の生え際らへんを上機嫌の顎で何度かぐりぐりされた。
「とりあえず帰ってきたばっかなんだから、コーヒーでも飲んで落ち着こうじゃないの」
「缶じゃないやつ?」
「当然」
レオリオのシャツでいっぱいだった視界が、今度は優しいヘーゼル色に埋め尽くされた。
・・・
いつもレオリオが使ってるんだろうなってやつと、なにかの景品か貰い物だろうなってやつ。
ちぐはぐなマグカップに満たされたドリップバッグのブレンドコーヒーを、ソファーに座ってゆっくり流し込む。甘い湯気を吸いこんで、お腹に流れ落ちた温気が体の先端まで巡るとようやく心もほぐれる感じがした。
「シーツもだけど、自分の服も洗濯したいの。元々今日帰るつもりだったし、着れる服、今ほとんど無いんだよね」
なにしろ今回の旅はドーレを出発してサンドルフォードへ、近辺のホテルに数泊して直接ここへ来たから、キャリーケースに眠っているのは一度着た服ばかりなのだ。
ずず、とコーヒーをすすったレオリオがマグカップを置いて腕組みをした。
「ここに居る間必要な物もあるよな。あとで買い物行くか」
そういうことで、だらだらおしゃべりしながらコーヒーを飲み、シーツと色物の私服を洗濯機にかけ、くっついてお昼のバラエティをちんたら見たりしてから家を出た。
レオリオの家から車で十数分ほど走ると、のどかな住宅街を抜けて白壁の建物が立ち並ぶエリアに到着した。
入り組んだ細道をいくつか通ったあと、狭い駐車スペースに車を停めて外に出る。レオリオが言うにはここが街の中心地らしい。真っ直ぐに伸びた細長い道の両脇にはあらゆるお店がごちゃ混ぜに軒を連ねていて、真っ白な外壁の隙間からたまに見える海の、深い青色とのコントラストがとても綺麗だった。
「おい、置いてくぞホリィ」
私の手を掴んだレオリオは先導して道案内、と言っても一本道なんだけど、こまごまとナビゲートをしてくれた。品ぞろえがいいのはあの店、あそこはぼったくりだ、ここの空き地は昔本屋があった、などなど。普段から決して無口ではないレオリオだけれど、とりわけ饒舌な様子からこの街への愛着を感じて私まで楽しい気持ちになってくる。
ここが、レオリオが小さいころからいた場所なんだなぁ。
晩夏の太陽が降り注ぐ街をしみじみと見渡していたら、急に振り向いたレオリオが「先にメシにするか。あそこのピザはなかなかイケるぜ」なんて近くのレストランを指さした。
「おいしそ〜!食べたい!」
なんだかこれってデート、みたいじゃない?ううん。実質初デート、ってやつでは?
そう思ったらただの買い出しがもっともっと楽しくなって、繋いだレオリオの腕にかじりついた。
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