◇49 8月18日その後A
絶品ピザとバニラシェイクでお昼を済ませたあと小一時間かけて買い出しを終えた私に、レオリオはまるで宇宙人かなにかを見るような顔で迫ってきた。
「たったそれだけか」
正確に言うと、レオリオの視線は私でなく、私の持っている買い物袋に注がれている。
「はい」
「少なすぎんだろ!」
レオリオはそう叫んでから今横を通り過ぎたボディコンお姉さんのバッグほどの大きさをした買い物袋を私から取り上げ、無遠慮に中を覗き込んだ。
「やめてよもーっ!相変わらずデリカシーないんだから!」
中身は歯磨き粉など、手持ちだけじゃ足りなさそうな消耗品だけなので見られたって困りはしないけど、女の子の持ち物はもう少し扱いに気を遣って然るべきでしょうが。
「だってお前……もっと服とか、テキトーに買って置いときゃいいのに」
「持ってきたの洗濯したら着れるじゃん」
「さっき100回手に取ったり戻したりしてたシャンプーはどーしたよ?!『どの匂いにしよ〜』とか言って散々悩んでたろ」
「ちゃんと買ったよぉ!違うやつだけど」
ぐちぐちと文句を言うレオリオに袋を持たせたまま、中をまさぐってつるんとしたボトルをサングラスの前に突き付けた。トリートメントも買ったよ。必要なものは揃ってるでしょ。二つとも手に取って見せればさすがに反論の余地はないだろう。
と思ったが、それは誤算だった。
「いいのか?さっきの候補とはえらい違いだが」
まあ、レオリオの疑問はごもっともだ。
私がお店で悩んでいたのはパステルカラーの蓋が付いた可愛いボトルのヘアコロンシャンプーだったのに対し、実際買ったシャンプーとトリートメントは飾り気のないパッケージだから。しかしこれにはれっきとした理由があるのだ。
「こっちの方が安かったからね!」
「かーっ!せっかくハンターになったってのにケチケチしやがってお前ぇ〜」
「うるさいっ!!ライセンスがあったって仕事しなくちゃお金は入ってこないのよ!!」
ハンター試験が終わって半年以上経つけども、私はまだプロハンターとして仕事をしたことがない。だってこの半年間は寝ても覚めても念の修行ばかりだったから。
常日頃ばーちゃんの仕事を手伝っていた分はお給料を出してくれていて、その貯金が少しばかり手元にあるものの、長旅の資金としては正直心もとない。
ライセンスのお陰で交通費や宿泊費は浮くにせよ、これからレオリオの家で約10日、ヨークシンシティでも10日ほど滞在することを考えるとなるべく余計なお金は使いたくないのが本音だ。
私だってなんの憂いもなくお買い物を楽しめるのならそうしたい。『せっかくハンターになった』のだから――
「そうだ!この街に仕事の斡旋所はないの?ハンターの!」
ハンターになったのだから、仕事をすればいい!
ヨークシンへ出発するまでの期間、ずっとレオリオに遊んでもらうわけにもいかない。受験勉強やプライベートの用事。レオリオにもやることがあるだろうし。
その間私は仕事をしていれば、あらゆる問題が解決する。
うーん、我ながら名案!
「あるっちゃあるんだが……」
「どこ?連れてって!」
斡旋所のこと、レオリオは知っているみたいだ。
でも明らかに乗り気ではなく、明日にしようとかシャンプーは買ってやるとかいくつか代替案を出してきたけれど、やる気の化身となった私が首を縦に振らないと分かると渋々案内してくれた。
「あんまオススメしねーけどなー」
レオリオがぼやいた真相をまだ知らない私は、斡旋所への道のりを鼻歌交じりに歩いていくのだった。
メインストリートから細路地に入り、海を背に向けしばらく歩くと、繁華街の活気は息を潜め、茶色く枯れた草や低い低木がまばらに生える荒涼とした風景が広がっていた。
アスファルトと土の混じった一本道を更に進むと、かまぼこ型の建物が一棟見えてくる。そして、その周りには「いかにも」って見た目のガラが悪そうなお兄さんやおじさんが5、6人ほど、低い石垣の上に座ったりしていた。
「ホテルならあっちだぜ、カップルさんよ」
ガッツのコスプレみたいな、でっかい剣を背負ったお兄さんが私達を見てそう言うと嫌な感じで笑った。この人もハンターなんだろうか。マントから覗く腕は背中の大剣を扱えるとは到底思えない見てくれだけれども。
というか、ざっと見た感じここにいる誰もが武器や服装ばかり仰々しくて、内面から漂うプレッシャーのようなものを全く感じない。ハンター試験で出会ったプロハンターの皆さんに比べると拍子抜けもいいところだ。
いけない。まずは「凝」!
念能力者はいくらでも「偽装」できる。だから注意してし過ぎることはない、とばーちゃんから口を酸っぱくして教わったんだった。だからこれも私達を油断させる罠かもしれない。
歩きながら不自然なオーラが出ていないか確かめたけれど、ひとまず大丈夫そうだ。
「こらこら。女性にそのような発言はおよしなさい」
意外にも「いかにも」の一人が、ガッツを諫めた。
くつくつと控えめに笑いながら石垣から腰を上げたのは、全身白い鎧に身を包んだおじ……お兄さんだった。毛量の寂しい白い長髪をなびかせこちらに近付いてくるもんだから、私は反射的にレオリオの影へ回り込んでしまった。おい、ってダルそうなレオリオの声が降ってきたけど、だってちょっと、クセが強すぎる!
「フフ、彼が失礼しました。ここはワタシに免じてお許……」
「大丈夫です!!」
レオリオ越しに私を覗き込んだ白い鷹(仮)はややパーソナルスペースが狭いこと以外何も非はないんだけれど、私達は最小限のコンタクトで振り切り、建物の中へ一目散に駆けこんだ。
「レオリオ、さっきの誰?有名な人?」
「知らねーよ!」
あー怖かった。
鳥肌の立った腕をさすって顔を上げると中には外と似たり寄ったりのクセ強集団がたむろしていて、レオリオがここへ行き渋った理由をようやく思い知るのだった。