毒をひとさじ隠し味

「お前、試合の時は控え室で待機しとけ」


それが言い渡された約束の中でも、一番重要なものだった。
帝光中学バスケ部マネージャーを引退した後、誰にも進学先を告げることなく受験した霧崎第一高校。バスケ部には関わらずに高校生活を送ろう、そう思っていた入学初日の私の前に現れて殆ど無理矢理バスケ部に入部させたのが、無冠の五将の一人、悪童と呼ばれる花宮先輩だった。

表向きは爽やかで丁寧な先輩だが、中身はその異名通り。誰が悪童なんてつけたのかしら、ぴったりにもほどがある。

関わる気のなかったバスケにまた関わることとなり、またマネージャーなんてしているわけだけれど、花宮先輩は公式試合なんかに私を連れて行きたがらない。いや、控え室まではセーフだけれど、ベンチには控えさせて貰えない。それじゃあまりマネージャーとしての意味はないんだけどな、と抗議してもうるせぇ黙って言うこと聞け、と怒られるだけ。
じゃあせめて他校の試合偵察とか情報収集しましょうか?って聞くとそれもいらない。会場うろうろするな、と。本当普段は人使いが悪いくせになんなのか。

そして今はWC予選。相手は誠凛。見知った顔を、控え室のモニターから見つけた。相変わらず霧崎は酷い試合をしているし、どうにも花宮さんは誠凛にいる鉄心が嫌いなようだ。
誠凛はまさにチームプレー。仲間のために、仲間と戦う、理想のチーム。黒子くんは素敵な学校に行ったんだな、と口許が弛んだ。
でもでも、霧崎だって素敵なチームなんだよ。

いてもたってもいられなくて、怒られるの承知で私は第3クォーターと第4クォーターの間ののインターバルに入るのに合わせ、ついにコートへの扉を開けた。


「…!てめぇ何出てきてんだ」


予想通り、花宮さんは私を視線だけで殺すんじゃないかという目で見てきてつい笑った。


『頑張る先輩たちにドリンクとタオル持ってきただけですよ』
「心サーンキュ!」
『ほら、花宮さんも原先輩ぐらい素直に受け取ってくださいよ』


先輩方にタオルとドリンクを渡して(花宮さんにはこれでもかというほど舌打ちをされた。)、そして一つ深呼吸をして突き刺さる視線に目を向けた。インターバルなんて二分しかないのに、怒ったり驚いたりそんなことしてる場合じゃないよ両校とも。


『そんなに見られると穴があくよ、黒子くん』
「……星宮さん、どうしてそこに」
『霧崎のマネージャーだからね』


目を見開く、かつてのチームメイト。私と同じく、帝光のバスケに絶望した一人。彼は全中が終わったあと退部してしまったため、そこから殆ど会うこともなかったけれど。先ほど、観客席からも懐かしい声が聞こえたから他のキセキの世代も来ているのかな。あぁ、別のコートでは今緑間君も試合しているんだっけ。


『ね、黒子くん。私たちの選択は極端だと思わない?』
「何が、ですか」
『帝光バスケが大嫌いな私たち、貴方は戦うことを選んだ。私はただ逃げて…逃げた先で壊してくれる人を見つけた』


そう、思いがけない出会いだった。
あの言葉は私を救ったと言っても過言ではない。


『”天才だろうが秀才だろうが壊れりゃ結局ただのガラクタなんだよ”、黒子くん』
「星宮さん、貴女はそんな人では…」
『そんな人になっちゃったんだよ、私も帝光に壊される側だったもの』


散々壊されたのだから、壊してもいいでしょう?

黒子くんが息を飲むのを目の前で見ながら、後ろから満足そうな笑い声を聞いた。
あーあ、すごい嫌な予感。これ絶対原先輩あたりムービーとってるでしょ。振り返れば案の定、カメラがこっちを向いていた。しかしそれを持っていたのは原先輩だけじゃなく、皆さん揃って構えていて。


『何してるんですが先輩たち正直引きました…』
「心が珍しく好戦的だったから記念にな」
『誰が好戦的ですか古橋先輩。私は戦う気なんかないですよ。あ、でも黒子くんは帝光出身の中で貴重な良心なんですよ。ただ一人と言ってもいいレベルなので、彼は壊さないで下さいね』


もう一度黒子くんと目を合わせ、にっこり笑った。
きっとこの試合、霧崎は負けちゃうね。だって黒子くんが怒っている。彼が一番許せないタイプのバスケだもの。私は鉄心を壊すことも、火神くんを壊すことも興味はない。それなら秀徳戦を本気でやって緑間くんを潰してほしかったぐらい。……まぁ、緑間くんも良心寄りではあったから許そう。


『毒は浸かってみると、甘くて居心地がいいんだよ黒子くん』


指をぱちん、と鳴らしたとき第4クォーターの開始が告げられた。

(20180112)

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