本を捲るその前に

『あれ、まこちゃ……』


ん、という最後の一文字は続かなかった。何せ当の本人が物凄い速さで私の口を手で塞いだから。結構いたかった。
しかし彼の頑張りは虚しく、聞かれたくなかったあだ名はばっちり彼のチームメイトに届いたらしい。前髪で目が見えない人なんてお腹抱えて笑っている。まこちゃんは不機嫌そうに舌打ちをして、私を睨んだ。


「何してやがる……」
『そりゃ、試合会場にいるんだからWC観戦というか……応援?まこちゃんも?』
「その呼び方やめろ……」
『……中学の時からこれじゃん、なんで今さら怒るの』


うるせえと睨まれる。でもこれで花宮くん、と呼ぶようになったらそっちの方が不機嫌になることはわかっている。彼はとっても天の邪鬼だし、性格が悪いし、素直じゃない。失礼なこと考えてんだろ、と私の額を思い切り叩くのも照れ隠しとか、気まずさからの行動だと思って許してあげよう。いたいけど。

そのあとまこちゃんが黙りしているから、私は試合に視線を戻した。私とまこちゃんのよく知る相手がなんとも性格の悪いプレイングをしている。あぁ、生き生きしてるなぁ。
まこちゃんはボソッと「ほんっとあの人は相手にしたくねぇな」と呟いた。

今日のカードは、桐皇と誠凛。インターハイ東京都の予選決勝リーグでもぶつかり、その時はキセキの世代の力を見せ付けた試合だった。才能っていうのはこわいなぁ、と思うけど今そんなこと呟けば隣の人に何されるかわからない。無冠の五将、彼らも素晴らしい才能があって輝かしい成績を納めているけれどキセキの彼らの前じゃあ霞んでしまう。


「お前バスケ好きにでもなったのかよ」
『ん〜……好きとかじゃないよ。中学の頃のバスケは嫌いだから、マイナスが0に戻ったぐらい。あ、今の推しは誠凛』
「……チッ」
『怒ると思った。でもしょうがないじゃん、理想なんだから』
「お前今日桐皇応援じゃねえのかよ」


そう、そうなのです。私は「心ちゃん応援してな、その方がワシ、力出るわぁ」と言われたから足を運んだのだ。まぁあの人も力出る云々は別に本気で言ってはいないけど。こういう誘いを無視したら後々面倒なのだ。
桐皇のプレイは別に好きじゃない。チームプレーをしていない、とまでは言わないし、確かに強くて良いチームだ。でも、個人技が目立つというか役割がきっちり別れているし、あっと驚くようなものやときめきがないんだよなぁ。キセキの青い人はもう凄すぎて驚けない。

思っていることをそのまままこちゃんに伝えると、少し目を見開いたあと楽しそうにあの変な笑い方をした。ふはって。


『霧崎も好きじゃないよ、スポーツなめんなって思う。てか普通にやった方が多分強いよ、まこちゃん馬鹿でしょ』
「殺すぞ」
『馬鹿。あ、違うな……バァカ!』
「よし、殺す」
『ほら静かにしないと怒られるよ?』
「誰に」
『おにーちゃん』


そう言うと、まこちゃんはぴたりと動きを止めた。
私を試合に誘ったまこちゃんと共通の知り合い、まぁ私の場合知り合いどころか身内なわけで。先程絶妙なタイミングで3Pシュートを決めた今吉翔一、それが私の兄。つまり私は今吉心。我が兄ながら、本当怖いし性格悪いなぁ、と試合を見ていて感心する。


『……まこちゃん、本当おにーちゃん苦手だね』
「あの人のこと得意な人間とか存在すんのかよ」
『言えてる』


兄妹仲は良好だと思う。私はお兄ちゃん大好き!なんて言うキャラじゃないし、好きか嫌いかを聞かれても正直わからないとしか言えない。好き嫌いを判断しようがない、私の場合家族ってそういうベクトルにいない。家族愛だとかそういうのって特別意識するものでもないと思うし。
……まぁそんな話は大事じゃなくて、性格の悪い兄と仲良くて、この隣にいる性格の悪い花宮真とも仲が良い。口に出したら絶対否定されるけど。兄とまこちゃんだと、兄がまこちゃんを構い倒していてまこちゃんは逃げてる。仲は一方通行、って感じかな。まぁ苦手がられているのわかっていてやってるんだろうけれど。
そんな二人と仲が良い私も、けして性格がいいわけじゃあないと思う。物事に関しての興味は薄い自覚はあるし、ぶっちゃけ自分以外はどうでもいい。

正直バスケだってそんなに興味はない。今は嫌いではないけれど、細かいルールなんかは覚えていないしやりたいとは思わない。大変そうだし。私はあくまで見ているだけ、物語の外の人間。

誠凛を推しているのは、ああいう馬鹿正直な人だらけのチームは兄やまこちゃんを見てきた私からすると相当新鮮だから。彼らはまさに主人公、スポーツものや青春ものの小説は読まないから説得力ないかもしれないけれど、諦めずに食らい付く姿勢はなんとも王道だと思う。そういう姿は不思議な魅力で満ちていて、目を惹くのだ。私みたいに、サトリとゲスが両隣にいるとよりその王道は輝いて見える。
まぁ霧崎みたいなヒールがいるからまた彼らの正々堂々とした姿が際立つんだろうね。


『誠凛は見てて心踊るね』
「踊ってるような顔しろよ、真顔人間」
『笑うべきじゃない場でも嫌みったらしく笑えるおにーちゃんに、表情筋は全て持っていかれたんだよ』


お陰さまで笑うべき場でも笑えない妹が完成した。と、明るく(私なりに)言えばまこちゃんは変な顔をした。別に表情筋が死んでいることを悲しくも 思わないんだけど、まこちゃんや兄からすると表情や目線から読み取れる情報が少ないと落ち着かないのかもしれない。こちとら本心や弱味なんか握られたくないけれど。


『……さて、帰ろっかな』
「最後まで見てかねぇのかよ、途中も途中だろ」
『顔だしただけで褒められたい。別にこの後誠凛が逆転しようがしまいが、私の生活に変化はないしね』
「推しどうしたよ」
『推してるよ、でもここで勝てないなら推し変も有り得るなぁ。だって主人公は逆光こそ輝くでしょう』


強い強い光り、青いキセキは眩しすぎる。その光に溶けてしまうのか、照らし返すのか。


『私は最終章が発売されてから本を一気に読みたいタイプだから、こんな序盤じゃあまだあらすじを確認するぐらいだよ。まだ彼らは二冊目あたり、こんなんじゃ読みごたえがないんだ』


これ以上見ていたら、最終章発売前にネタバレ踏んじゃったみたいじゃない。

(20180127)

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