色はこの島に天竜人が来たという噂を聞いた時、ただふーんとだけ思った。天竜人とは世界貴族と言って、まぁ世界的に認められているらしい貴族のことらしい。そんなことはどうでもいいし、自分には関係がない。島の人間によって迫害を受けているらしいが、知ったことでは無かった。
どうやら、島の人間が天竜人を捕まえたらしい。
そう聞いて色が気まぐれに見物しに行った時、そこは地獄のような光景だった。人々は天竜人を吊り下げ、火で燃やし、弓で子供たちを狙う。これじゃあどっちが悪人だかわかったものでは無い。
あぁ気分の悪い見世物だったとその場を立ち去ろうとした時、叫び声とともに悪寒が背筋を走った。咄嗟に振り向くと島の人間はみんな地に伏せ、三人の天竜人が居るのみである。様子を見るにあの悪寒はどうやら短髪のほうの子供から発せられたものらしい。しかし、ただの子供の殺気では島の人間がみんな倒れるとは思えない。
へぇ。
面白い、と思った。この世界には未知のものばかりだ。悪魔の実しかり、海王類しかり、ならば今のこれもなにか関係があるのではないだろうか。
色は目隠しをされているが故に状況の掴めていない子供の真下へと移動する。未だ燃え続ける炎。誰かが何とかしない限り、彼らは助からない。
「ねぇ、貴方たち。助けてあげようか」
そのままじゃ降りられないだろう?と聞けば父親と思われる男は嬉しそうにいいのですか!と叫ぶ。まず先に島の人間がどうなったか聞くべきだとは思うがそこまで気が回らなかったのか。そう思っていればめそめそと泣いている子供が聞いてきたのでとりあえず極度の緊張状態により倒れたことにした。
「まぁ無条件で、という訳には行かないけどね」
「な、何が望みですか」
「金品などは持ってない!」と叫ぶ男にそんなもの誰が欲するかと思う。
「金は有り余ってるんでいらないさ。それより私は泣いてない方の子供に興味があるんだ」
見えない視界の中で女の声がその場に響いた。どうやら自分に用があるというそいつに再び体が熱くなるのを感じる。その熱を込めたままになんだと返せば、女はおどけたような声を出して笑った。
「貴方がこれから私の下に着くことが条件だ」
まぁ、天竜人にわかりやすく言えば奴隷かな。
そう宣う女に熱がそのまま沸騰する。ぶっ殺してやると口に出すまでそう時間はかからなかった。天竜人である俺が人間如きの奴隷など、認められるはずがない。父親も弟も焦ったような声を出す。しかし、余裕そうな女。当たり前だ、なぜならここで女がドフラミンゴ達を見捨てればそのまま目覚めた人間たちによって殺される。自分たちの生殺与奪はこの女によって握られているのだ。拒否権なんてものははなから存在しない。
……だったら、今だけ頷いてやればいい。安心したところで後ろから殺すだけだ。
「交渉成立だね。いやー良かった良かった私としても目の前で人が死ぬ様は見たくない」
建物に登ったらしい女によって引き上げられる。吊り下げられた時間はそこまで長くは無いはずだが、地面へと置かれた時随分と久しぶりのような感覚がした。そして、目隠しが外されてクリアになる視界。目の前にいるのは自分とそこまで年の変わらなそうな女の子供だった。若干女の方が長く生きているぐらいだろう。
火の回らないうちにとすぐに建物を飛び出して民家から離れた場所へと回り込む。走ったことで乱れた息を整えると、女は手をこちらへと差し出してきた。握手、ということらしい。
「私は東色。町外れの屋敷に住んでる」
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」
……あの大きいだけの貧相な家か。
ならば今すぐに殺すというのは難しい。けれど、いつかこいつは必ず殺すと、手を握りながらドフラミンゴは誓った。
随分嫌われたものだなと翌日、早速家に来てもらったドフラミンゴを見ながら思う。まぁ確かにわざと嫌われるような言い方をしたのも事実だが、そもそもこういうプライドの高い子供に下手に出るべきでは無いというのが自論である。まぁ自分を見る度に殺気を出すほど警戒させたのは想定外だったのは認めよう。
それにしてもまぁ……。
「貴方汚いな」
「あぁ!?」
身体中は土汚れだらけで、しかも生ゴミ臭い。こんなんで工房に入れるのはちょっと、という感じだ。そこら辺にいる執事に風呂のお湯はりと食事を命じる。
そういえば、この家の主人にはもちろん彼のことは承諾済みである。元々、子供たちが傷つけられているのは彼らにとっても目に毒だったようで、しかし止めようにも止められなかったとのこと。まぁその考えができるのは天竜人に被害を受けたことがないからだとは思うが。それに止めようにも、なんてのはただの屁理屈で結局は世間体を気にした偽善だとは思う。まぁ色が今からする事になんの口出しもしないのならどうでもいいが。閑話休題。
風呂にお湯を貯めている間にシャワーだけでも、とドフラミンゴを引っ張って歩く。後ろから聞こえる「何すんだ」とか「やめろ」とかの抗議の声は全て無視だ。
脱衣所についてドフラミンゴに服を脱ぐように言う。しかしいつまで経っても警戒して脱がないので色が脱がそうとすれば、急いで自分から脱ぎ始めた。その間に自分自身も服を脱いで、一緒に風呂の中へと入る。普段なら異性と共にお風呂に入るなんてことはしないが、相手は8歳。意識する方がおかしな話であるし、それに工房に入る前に話しておくこともあった。
「ちらちら見てどうした?」
「……いや何でもねぇ」
並べてあるシャンプーやボディソープを片手にどこか迷っているドフラミンゴ。まさかと思い尋ねてみればそのまさかだった。
「まさか一人で風呂にすら入れないなんて……」
ドフラミンゴの髪を洗ってあげながら重いため息を吐けば、「うるせぇ!」と生意気な声が返ってくる。どうやら天竜人だった頃は使用人たちにやらせていて、今はそもそも風呂にすら入れない環境。まぁつまり一人で入ったことがないから石鹸の違いも分からないし、やり方も知らない、と。色の世界で言えば、スーパーで刺身しか売ってないことで海では刺身が泳いでいると思っている子供のようなものだ。まぁしょうがないとは思いつつも次はないと言ったのが今の現状である。
何とか泥汚れも落ちて、小綺麗になったところでその間に溜まったらしいお風呂へと並んでつかる。どことなく安心したように息を吐いたドフラミンゴを横目に目を瞑った。
「なんでここまで俺にするんだ」
「何が?」
「奴隷ならわざわざお前が世話する意味がわからない。少なくとも俺はしない」
真剣に色を見つめるドフラミンゴ。それに対して顔を顰めてこう言った。
「え、まだ奴隷って言葉信じてるの?」
一瞬間を置いて「はぁぁあぁ?!?!?」と立ち上がりながら叫ぶ。それをうるさいと頭を叩いて何とか座らせた。
「じゃあなんで奴隷って……」
「下手に出たら貴方私の事ナメるだろ。言うことを聞いて貰いたいのは事実だったし」
「だからって言い方ってもんがあるだえ!」
だえ?と聞けばなんでもないと咄嗟に口を閉じる。
「あぁ、だけど誤解しないでもらいたいの貴方を助けたのは私が利用したかったからだ。そうじゃなきゃ見ず知らずの貴方を助けるなんてことはしない」
色は善人ではない。
ただ、天竜人と人の違いや彼がどうやって人々を気絶させたのか。それを知るためだけに助けたのだ。まぁ助けた以上最低限の世話もするつもりではあるが、それは研究対象者としてでそこに情は無い。
そうやって言えば、どことなく面白くない表情ではあったが、だったら逆に利用してやるということにしたらしい。それを聞いてハッと笑う。ビジネスライクだがそれでいい、文句はなかった。改めて手を出すとあの時よりは軽く握る。
「じゃあ改めてよろしく」
「あぁ」
追記として、このあと話が長すぎてドフラミンゴが逆上せ倒れたことを記しておく。
***
魔術のなさそうなこの世界において、果たして神秘の秘匿が通用するのかどうか。それは自分にも分からないが、少なくとも工房に入れることになるドフラミンゴには話しておいていいとは思うのだ。
色は試験菅に入ったドフラミンゴの血液を眺めながら思う。ちらりと彼の方を見れば本を持ちながらそわそわと居所なくソファに座っていた。とりあえず今日のところは天竜人と人間の違いを確かめる為だけに留め、あとはそこらの本でも読んでおいてと言ったのだが、どうにも慣れていない場所だと落ち着けないらしい。うーんと色は眉間に皺を寄せる。
というか正直、視界の端でずっとそわそわされるのは迷惑というかなんというか。他に誰かいる空間であれば、別に気にならないと思うが、ここは二人きりでそれに話してないから変に触らないように気にかけなくてはいけないのだ。それを彼に言えば「うるせぇ!」しか返ってこなかったし。よし、と腰を持ち上げてドフラミンゴを手招きする。
「なんだよ」
「いや、ここと私の力のことを話しておこうと思ってね」
そうして、魔術について詳しいことを話して言ったのだが、これがどうにも驚いた。魔術を使えない人間ならば、その理論を理解するのには相当な時間がかかる。しかし、ドフラミンゴは話したことを理解するのは勿論、それを元に考察するところまで出来ていた。まぁ年齢が年齢のため、その考察は幼稚としか言えないものではあるがそれでも誰にでもできることでないのはたしかである。へぇと関心しているとその視線に気がついたのか、何だとでも言いたげな目線を寄越した。
「めちゃくちゃ頭いいんだな貴方」
頭をゴシゴシと撫でると照れたようにやめろと怒鳴るドフラミンゴ。その姿にうんと頷く。
「よし決めた。貴方私の研究助手もやらない?」
「はぁ??なんで俺がそんなことやらなきゃいけないんだよ」
「別にいいじゃないか減るもんでもあるまいし。それに私も生きていくのに必要な学びぐらいは提供してあげるさ」
今圧倒的に彼に足らないのは知識と力である。それを本人も分かってはいるのだろう。そう言われうぐと押し黙る。まぁ力に関しても教えてやれない事はないが、師匠のせいで人体破壊に特化してしまった武術はどうにも勧められない。それに間違えて心臓を破裂させてしまった時、自身で治癒魔術をかけることが出来ないのならそれは死に繋がるからだ。閑話休題。
それからドフラミンゴの日常に色の研究助手が加わるようになった。研究対象でありながら研究助手とはこれ一体と他者が見れば思うだろう。まぁとにかく思うのはひたすらに有能であるということ。これはいつか大物になりそうだなと思いつつ、棚から必要材料を受け取る。そして暫くは時間が空きそうだからと好きにさせていれば、本棚から数学の本を取り出して読み始めた。ちょくちょくとノートにメモ書きしているのをちらりとみて、間違っているところを指摘していく。偶に応援の意味を込めて頭を撫でれば、照れながら怒ってくるのでそれはそれで面白い。
「そういえば、そこそこの頻度でここに来てるけど他のことは大丈夫なのか?」
まぁ自分としては有難いとは思うが。
「ここに来て飯もらった方が俺としても楽だからな。それに、ロシーの飯も貰えるし」
「あぁそういえば弟がいたな」
「そういえばって……会っただろ」
だって興味無いしと言うとドフラミンゴはドン引きした様な顔を向けた。
それにしてもそこそこ悪人面の癖して意外とお兄ちゃんしているらしい。まぁ自分達をこんな所へ連れてきた父親に関してはどんなに言われたところで許せないらしいが。
「お前の家族は?」
「ここの人はお前が暗示をかけただけなんだろ」と本からは目線を逸らさずに言うドフラミンゴ。まぁ自分の家族の話をしたんならこちらにもその話題が来るのは当然の結露ではある。しかし、家族か……。
ドフラミンゴはその質問をしてしまった自分を恨んだ。確かにいつも表情の変化があまりない女ではあったが、最近では慣れてきたのかそこそこ笑顔などを見せていたのだ。それが家族の話題になった瞬間、全てが削ぎ落とされた。
「みんな私が殺したよ」
これは自分が触れては駄目なものだ。まだ許されてはいないものだ。背筋を一筋の冷や汗が流れる。しかし、直ぐに表情は変わって元のシキへと戻った。自分の頭を撫でながらハイライトの少ない瞳でこちらを見つめる。
「まぁいつかそれは教えてあげるよ」
無表情ではあるが、どこかその瞳の奥に悲しみがあるのを見つけ、ドフラミンゴは何故か自分の方が胸が苦しくなった。咄嗟に本へと視線を戻せば、シキも話は終わりとでも言うように自分の研究へと戻る。どうにもあの表情は居心地が悪い。
二人きりの研究室は赤い宝石が静かに煌めいていた。