2話

 考えが及ばなかったと言えば嘘になる。
泥だらけの傷まみれになったドフラミンゴを色は慣れた手つきで手当していく。

色の下に置いたとはいえ、村人たちにとってそれは関係の無いことである。彼らが凶行に及べば自分はそれを止める術は泣く、またその気持ちを止めさせるほどの権利も持っていなかった。ちらりと大人しく手当されてる彼の方を見れば、その顔は怒りや悔しさで歪んでいる。

「殺したい?」
「殺したいとかじゃねぇ。絶対殺すんだ」

その言葉を聞くと、色はふぅと息を吐いてドフラミンゴの頭を撫でた。別にその殺意をどうこうする気もない。そもそも既に何人もの人間を殺している自分が言える立場でもないだろう。それに、その殺す人間が自身と関係がないのであれば興味はないし、どうとでもすればいいと思った。
「じゃあ、殺せるようにこれからもよく学ぶといい」と言えば、驚いたようにこちらを見つめる。そして暫くすると何処か居心地が悪そうに目線をずらした。

「あぁそうだ」

色は青いサファイアを取り出して魔術をかける。
そして完成したものを首飾りへと加工してドフラミンゴへと渡した。これは?と不思議そうな彼に礼装の説明をする。

これは認識阻害と気配遮断の魔術を掛けた礼装である。その名前通りにこれを持てばよっぽどの事をしない限りは誰かに見つかることもないはずだし、見つからなければこうやって傷つけられることも無い。

そう言えばドフラミンゴはどこか微妙な顔をした。まるでもっと早く渡して欲しかったとでも言いたげである。まぁそこで口に出さないのが彼のいい所であるのだけど。この数ヶ月の付き合いでこちらの考えは何となくわかってきたということなのだろう。
色は善人では無いし、他人から見ればどちらかと言えば悪人である。興味もなく、親しくもない人間に施すほど親切な人間では無いのだ。

言うなれば、まぁドフラミンゴは色が施すに値するほどの関係値になったということではあるが。


「人にものを贈るのはこれが初めてだ」

 ボソリと聞こえたその言葉にドフラミンゴは驚きに目を開いた。数ヶ月の付き合いではあるが、シキの性格は十分理解したつもりではある。その上で自分にこれが送られたということは彼女にとってそれほどの価値に自分がなったということなのだ。しかし、驚いたのはそこではなかった。
これが初めてということは、今までそれほどの関係性になった人間がいなかったのだろう。数ヶ月の自分以上の人間が居ないなんて普通であれば考えられない。

そして口を開きかけて、すぐに噤んだ。
ドフラミンゴは馬鹿ではない。一度冒した過ちをもう一度繰り返すようなことはしないし、それに自分には誓ったことがある。だからこそ、シキにそこまで感情移入する訳には行かないのだ。


***


 最初の出会いから半年が経ったが、ドフラミンゴの助手はまぁまぁ悪くはなかった。彼自身能力が高かったのだろう。少し物を教えれば多くをこなすことの出来る人材だった。研究のために拾ってきたとはいえ、いい拾い物をしたと思う。それに時間がある時とはいえ、魔術以外の事も教えればちゃくちゃくと覚えていくのだから将来がやはり楽しみである

さて研究のことではあるが、特に天竜人の人間との違いは見られなかった。まぁそこは期待してはなかったが、問題はドフラミンゴのあの圧について。

「もう一回やってみてくれ」
「ん」

ぱきり、と音を立てて割れるガラス。
これが一番頭を悩ませているものだ。現実、これがただの圧力であるならばこうやって物理的に物に影響が及ぶとは考えられない。まぁ別世界だから、と言ってしまえば楽なものだが、それはただの逃げでしかないのだ。
現状として一番考えられる考察としては放たれた強力すぎる生命エネルギーによって影響を及ぼしているという大雑把な物でしかない。この工房の設備が潤えば、もう少し細かなところまでわかるのだろうが、ここはそこまで発展してないし、そもそも色自身機械を扱うことが出来ないのでお手上げ状態であった。

はぁと息を吐くと色はソファの上へと寝転ぶ。

「しばらく休憩しよう。私は寝るからドフラミンゴはそこら辺の本でも読んでおいて」

そう言って目を瞑るとごそごそという布の擦れる音だけが聞こえる。そしてそのまま意識を落とした。

 ドフラミンゴはシキが寝たことを確認するとこの部屋の引き出しからナイフを取りだす。そしてそれを彼女に跨って、心臓の位置へと照準を合わせた。

確かに彼女には世話になったし、ゴミ漁りをしていたあの頃より全てがマシになっていることは事実だった。ただ、最初に出会った時自分は誓ったのだ。いつか寝首をかいて殺すと。
もう既にある程度生きていけるほどの宝石や金を彼女から盗んだ。つまりはもう自分は彼女を利用しきったのだ。これ以上彼女の元にいるということは自分が一方的に利用され続けるということである。それは元天竜人であったドフラミンゴにとっては何より許せないことであった。

そのまま心臓目掛けて突き刺す。途端に溢れ出る赤い血は自分の頬まで飛び散った。無意識に上がる口角に、胸中には安堵が広がる。しかし、それを嘲笑うかのようにシキの体に青い回路が浮かび上がった。これは、確か以前見せてもらった魔術刻印とか言うやつだ。それが今、何故と思う間もなくその怪我をした場所に陣が展開された。そしてどんどんと収まっていく血液にドフラミンゴはやっとこれが治癒魔術であることに気がつく。焦っている間にも徐々に傷跡は消えていき、シキはうっすらと目を覚ました。

「やっとか」
「……は?」

自分が情けない声を出したことは分かる。それでも彼女が今口にした言葉の意味が分からなかったのだ。

曰く、シキは自分の思惑に気がついていたらしい。
毎日少しずつ金が無くなっているのも、宝石が持っていかれているのも気がついた上で放置していたと。そして元々の自分の性格から考えてそろそろ殺しに来るであろうことを予測していたと。

それを聞いて、自分の行動は全て彼女の手のひらの上で踊らされていたことに過ぎないことに気付かされた。カランと自分の持っていたナイフが床に落ちる音だけがその場に響く。

「そんなに辞めたいのか」
「当たり前だろ!俺は天竜人なんだえ!!」

自分が間違えて天竜人の口調を喋ってしまったことにも気付かずにそう叫ぶ。するとシキは何を思ったのかソファへとドフラミンゴを倒して、向かい合わせに寝っ転がった。

「じゃあ貴方が私を殺せたらこれは解消しようか」

ここで殺せば魔術を使えない人間は誰も入ってこられないし、シキを養女と思っているこの屋敷の人間も暗示が解けて忘却されるため誰に気が付かれることもないという。

そういえば、ここの人はシキが暗示をかけただけで全く血の関係はないんだったか、と思い至る。しかし、なんでそれを自ら言ったのかと言えばシキは笑って「だって殺される気がしないから」と言った。

「舐めやがって……絶対殺してやる」
「出来るものならね」

「今は眠たいからこのまま」と言って抱き締められたままシキは眠りへと落ちる。そんな彼女の顔を見ながらふとドフラミンゴは思う。

そういえば彼女は自分よりたった二つ上なだけでそこまで自分と体格的に違うところは無い。いつもは大人っぽい言動のせいでもっと大きく見えるが、実際に横になって並ぶとすこし色の方が背丈があるくらい。顔も年相応の幼さを孕むものだと言える。しかし、可愛いか可愛くないかで言えば、美少女と例えられるそれだ。うーむ、とまじまじと見ていれば、シキの顔が穏やかに緩んだのが見えた。そしてドフラミンゴを抱き締める力が少し強くなる。それに、まるで見てはいけないものを見たような心積りを感じて、ドフラミンゴは少し顔を赤らめながら目を逸らした。

くあと欠伸をする。どうやらぽかぽかとした人の温もりにどうやら自分まで眠くなってしまったらしい。こんな殺されかけた直後に寝るシキもだが、血塗れになりながら寝る自分も自分だと嘲笑する。そしてそのまま眠気に逆らうことなくドフラミンゴは目を閉じた。


 色はドフラミンゴの弟であるロシナンテと交流したことはほとんどなかった。理由で言えば、ドフラミンゴが許さなかったとか、自分自身興味がなかったとか様々ではあるが、とにかく話したことはあの出会ったあの日だけだった。

あのドフラミンゴによる殺人未遂の翌日のことである。色がいつも通り待っていれば、ドフラミンゴがロシナンテを連れて家へと現れた。聞けば、そこそこの関係になりそうだからと互いを紹介することに決めたらしい。とはいえ、今後関わっていくこともあまりなさそうではあるが、まぁ断る理由もない。とりあえずロシナンテには先にドフラミンゴとともにお風呂に入るように言って、自分はダイニングにて紅茶を飲みながら静かに待つ。

小綺麗になって戻ってきたコラソンを見るとドフラミンゴと比べ、随分と気が弱そうな印象を受ける。用意された食事を食べると居住まいを正して色の方へと顔を向けた。

「やぁ、二度目ぶりかな。私は東色」
「ドンキホーテ・ロシナンテ……」

人見知りなのかそれ以上の会話は弾まない。ちらりとドフラミンゴの方を見れば呆れたように溜息を吐く。するとびくっと肩を上げた後に口を開いた。

「えっと、ご飯とかありがとう」

あの、えっとと言いずらそうに四方八方を見る。そうして覚悟を決めたかと思えば、兄上に酷いことはしてないかと聞いてきた。全く、随分愛されているんだなとドフラミンゴの方を見れば、驚いたように目を見開いている。その間抜け面を指摘すれば、途端に頬を赤くして照れた。

「そんなことはしてないさ。もちろんする予定もない」

まぁ信用しなくても良いが。

そういうと何処かホッとしたように息を吐くロシナンテ。そして何を思ったのか父上も、と口に出しかけたところでドフラミンゴがロシナンテの口を塞いだ。うん、まぁ賢明な判断である。

何故、自分が父親まで世話しなくてはいけないのか。正直彼らの父親のことは馬鹿としかいいようがない。これから行く場所の下調べもせず、更には元々あった地位を捨てるなど普通であれば考えられないのだ。下調べをしていたらこうなることは予測できただろう。地位を捨てなければ、その地位で助かる人間もいただろう。
あぁなんて馬鹿。
バカに興味は無いし、わざわざそれに付き合うつもりもない。

「それに貴方たちも本来なら手を貸してあげるつもりは無かったからね」

ドフラミンゴに面白い力があったから手を貸した。それが無ければ、色はそのままあの場を後にしていたことだろう。そう言ってスっと目を細めるとロシナンテは盛大に驚いてドフラミンゴの後ろへと隠れた。

「だから言っただろロシー、んなことこいつに言ったところで無駄だって」
「で、でも……」
「おや、酷いじゃないか。人を人でなしみたいに」
「実際そうだろ」
「否定はしないね」

 ドフラミンゴは自分の後ろに隠れる弟を見ながら顔を顰める。半年の仲ではあるが、シキのこういう部分は少し苦手であった。まだ自分の方がマシなのではないかと思うほどに冷たい眼差し。確かに全ての人に彼女は平等ではあるが、それは博愛ではなくその全てに無関心というだけ。そうでなければ本人である自分たちにまでこんなことを言うだろうか。

多分、シキの過去に原因があるのだとは思う。
以前に家族の話を聞いた時の眼差しは今でも忘れられない。きっと彼女が心を閉ざすだけの何かをその家族がやったのだろう。自分であればどうだろうか、とドフラミンゴは思う。
もし、自分が家族もいない一人ぼっちの人間だったら。ロシーは好きだ。母上も好きだ。天竜人という地位を捨て自分たちをこんな地獄に落とした父上も恨みはあれど、やっぱり今でも好きという気持ちはある。どんなことがあってもやっぱり一人ぼっちは寂しく、辛いものであると思うのだ。

「そんなに人の顔を見てどうした?」
「いや、何でもねぇ」

こんな考えはやめるか。少なくともシキは同情されることは望まないし、ドフラミンゴもそんなことをする気は無い。結局、彼女は自分が殺すまでの付き合いに過ぎず、余計な情を抱く方が無駄というものだ。確かに他の人間よりは自分の中での立場は彼女は高いが、自分は天竜人なのだから下であることには変わりない。



何故か自分の言葉にズキリと痛む胸を不思議に思いながらドフラミンゴはロシナンテを連れて屋敷を出る。先程まで晴れていたはずの空はいつの間にかどんよりとした雲に覆われていた。