2話

 駅のホームには沢山のホグワーツ生で溢れかえっていた。そのどれらも数ヶ月は離れ離れになる両親との一時の別れを惜しんでいる。シキにはそんな相手はいないのでまだ人の少ない列車の中に一足先に乗り込んでコンパートメントの場所を取った。

今日から新しい学年での学校生活が始まる。と言っても明確に変わるのは三学年からで、二学年にそこまでの変化はない。少し内容が難しくなるぐらいだが、ほとんどの内容はすでに頭の中に入っているためそこまで困難なことは無かった。それに教科書より詳しいこともウォルに魔術を教えながら、ついでに聞くことが出来たし。
そういえばウォルのことだが、シキが学校に行っている間は同時制作していたホムンクルスに任せている。もともとは家と工房の管理を任せるためだけに作った個体だが、ついでに世話も任せた。まぁ彼自身は微妙な顔をしていたが、まだ基礎の基礎から学んでいるのだからしばらくはそれで事足りるはず。

現在の彼の体は器がホムンクルスのため、魔法生物が生まれて直ぐに魔法を使えるように、本能で魔力回路は使える。しかし術式を知らないがために魔術を使うことが出来ない状態だ。(本来であればホムンクルスの魂に記憶が刻まれるためそんなことは起こりえないのだが、魂を作れば器として機能しなくなるのだからそうする他なかった)。だからまぁ、魔術師として赤ちゃんである彼にとってシキの知識の一部を持つホムンクルスは充分先生になれるのだ。

窓からホームを眺めながら発車を待っていれば、ノック音が響く。ちらりとドアの窓を見れば書店で見た顔があった。

「やぁこの間ぶり、かな」
「そうだな。ここ、僕も座っていいか?」

どうぞ、と荷物を退けて席を進めれば、いつもの二人を引連れたドラコが横に座る。クラッブとゴイルの横には座りたくないらしい。まぁシキとしても彼らの隣は苦しそうではあるから体の細いドラコの方が楽ではある。
しばらくすると列車は車輪を動かし始めた。流れてゆく景色を車窓から眺める。

「そういえば、父上が君のことを褒めていたよ」
「おや、本当かい?それは良かった」

楽しそうにそのことについて話すドラコ。随分嬉しかったらしい、彼にとって自分がそこまで重要な位置にいた事に驚いた。シキは特にこれといって特別なことをしたつもりは無かったのだが、貴族であるドラコにはそれが嬉しかったのかもしれない。
そんなこんなでガヤガヤと学校へと着くと、向こうの方ではハグリッドが一年生を呼んでいる。どうやら二年生以上は馬車に乗っていくらしい。馬は魔法生物で、骸骨の体に爬虫類のような顔、コウモリのような翼を持った生き物だった。結構おどろおどろしい見た目をしている。

「シキ、そんな何も無いところで何してるんだ?早く馬車に乗ろう」
「あぁ、すまない。あまり馬車に乗ったことがなくてね」

「日本にはあまりないのか?」と聞いてくるドラコに適当に頷く。何も無い、何も無いか。どうやら馬車を引いているこの馬はドラコには見えていないらしい。鎌かけにこの馬車がどう動いているのか聞けば、「さぁ、独りでに魔法で動くようにしてるんじゃないか?」との返答だった。この馬が幻覚であるとは思えないし、なにかの個人での条件差があるのだろう。それが何かは分からないが、そのことを気にとめながら、今後本を読んでいけばいいだけの話だった。
そうして昨年とさほど変わらない風景に同じように食事をとる。そういえば、クィレルがいなくなり次に来たのはまさかのギルデロイだった。どうしてあのような人間をとは思ったが、まぁもしかしたら研究者のような理論立てが苦手なだけで経験はあるのかもしれない。希望的観測に過ぎないがそうでなければ困る。

「久しぶりねシキ」
「あら、シキ貴方また教科書ボロボロじゃない」

寮の部屋へと入れば同室であるダフネとミリセントの姿があった。二人は荷解きをしている最中だったようで部屋には四方八方に服などが転がっている。ダフネがすでにシワだらけになった二年の教科書を手に取ると、あら?と不思議そうな声を上げた。

「闇の魔術の防衛術の教科書がないじゃない」

「買い忘れたの?」と首を傾げるミリセントに買ってないだけだと言えば、どこか納得したように頷く。どうやら彼女たちにもその理由は何となく分かるらしい。

そうしてみんなが寝静まった夜、こっそりと寮を抜け出した。目指す場所はグリフィンドール寮。たしかジニーとかいう女の子の荷物に入れられた日記を手に入れておきたかったのだ。それに今はほとんどの生徒が帰ったばかりで疲れ果てて寝ていることだろう。つまり、ちょっとやそっとの事じゃ起きずらい。まぁ確認するなら今しかないと言うやつだ。唯一の懸念点で言えば教師の見回りではあるが、これは魔術で気配を消せばいいだけの話である。念の為動きにくい学校指定のローブではなく、礼装としての機能を持たせた自身のものを体に羽織った。

コソコソと泥棒のように移動して恐らく、グリフィンドール寮付近であろう場所へとたどり着く。寮ごとの入口は他寮には隠されているため正確な場所までは分からない。しかし、徹底的に隠されている訳では無いため、ある程度の場所は推察できるものだ。壁に手を当て、眼鏡を取った。
その瞬間広がっていく赤い線の世界に辟易しながらその部分の線をなぞった。瞬間砕け落ちる壁、中へはいるとここは談話室だったらしい。横にある暖炉には暖かな火が灯されていた。

そうしてなるべく物音を立てずに、寮内を物色していく。恐らくあるとすればウィーズリーの誰かの部屋。第一候補で言えば、日記を入れられていたジニー本人だろうか。女子寮のどこに彼女の部屋があるかは分からないため、とりあえず1年生のエリアを扉を開いて探す。そしてそこを片っ端から開いていくとやっとジニー本人を見つけた。枕元に日記とペンを置いて寝ているのはどこか奇妙な光景である。これは、もしかしたらこの日記にかけられたものによって魅了でもされているのかもしれない。普通であればこんな怪しい本をここまで持ってくるとも思えなかった。

「ここで何をしておるのかね?」

さっさとグリフィンドール寮を抜け出して壊れた壁へと手を当てる。魔眼によって切られたものは修復出来ない。しかし、錬金術によって新たに作り直すのなら話は別だ。そうして何とか分からない程度には修復し、安堵の息を吐いた頃にコツと足音が聞こえた。
その先を見れば、見慣れた男の姿。男の持つ杖はシキへと向けられている。どうやら壁の修復に集中していた間に来ていたらしい。魔術で気配を消すことは出来るが、それは見つかりにくいだけでこう至近距離まで実際に来られると話は別だ。よりにもよって彼か、とも思った。

「おや、お久しぶりですね。ちゃんとお風呂には入ってます?」
「余計なお世話だ。それより我輩の質問に答えてもらおう」

そういって杖を振れば、体が縛られたように動かなくなる。逃がすつもりはないということか。だが、こちらとしてもさっさと日記を持ち帰りたいために遠慮願いたいところ。さぁどうするか。

「ただの夜の散歩ですよ。夜は魔力が高ぶるのでたまに寝付けないんです」

まぁ嘘は言っていない。今日はそういう事情ではないというだけで、その時は実際に夜風に当たりに行ったりもする。
そう言うと少し溢れ出る魔力を感じたのか、スネイプはフンと鼻を鳴らして杖を下ろした。途端に体が動けるようになって、少し重心が傾く。おっとっと。

「君を見つけたのが我輩で助かったな」
「あぁ、先生はスリザリン生の味方ですもんね」

つまりはスリザリンだから見逃してもらえるということだ。それにしてもわざわざ魔法をかけるのはやりすぎなのではと抗議したが、私が助手だからの特別対応らしい。そんな特別対応は嬉しくないのでもう少し優しく扱ってくれてもいいのでは。ま、そんなことを彼に求めても無駄だということも知っているが。

「寮の点数を落としたくないのならさっさと戻るべきだと思うがね」
「それもそうですね」

では、とスネイプとすれ違う。ちらりと目線だけを送ればぱちりと目が合った。その瞬間彼の眉間に少しシワが出来たのはきっと見間違えではない。
窓から見える月は静かに私たちを照らしている。

 寮へと戻ったあと、部屋には戻らずそのまま談話室で日記を開く。特に魅了等の魔法はかかってはいないように見えるが、日記なのに白紙なのはどういうことなんだろうか。分霊箱であるこれが何も無いわけが無い。取り敢えず、と羽根ペンにインクをつけてヴォルデモートとページに書き込んだ。
すると文字は紙へと溶け込み、下に別の文字が浮かび上がってきた。

"お前は誰だ"

成程、これは確かにあのぐらいの年齢だったら楽しいものかもしれない。どうやらこれは過去のウォルと会話ができる代物らしい。書き込んだ者の魔力を吸って会話が成立するようだ。

"貴方、トム・リドルとは初めましてか。私はシキ・アズマ。未来の貴方の協力者、って言っても取引の上のね"
"取引?"
"あぁ、貴方は体を失ってしまってね。分霊箱で魂だけになったところを私が体を提供してるんだ"

今までの経緯と取引内容、そして何故私がわざわざ分霊箱を手に入れようとしたのか。全てを話した後、さて、と話題を切り替えた。

"まぁ貴方なら何故私がここまで話したのか分かるだろう?"
"取引か?そうだな……大方僕を調べさせる代わりに手足となって動く、とか"

その返答に対してExactlyとだけ返す。やはり彼は学生時でも頭の回転は早いらしい。いや、もしかしたらこちらの方が冷静な判断面では上かもしれない。ヴォルデモートは知識は多いが魂をいくつも分けたせいで脆く、情緒不安定になってしまっている。ウォルになってからは霊媒医術で安定させているから幾らかはマシだが。いつかは何とかしないとな、あれ。定期的にメンテナンスしないと直ぐに不安定になるからかなり面倒なのだ。シキの研究が上手く行けば第三魔法を使って物質化させられるからいいのだが、そんな簡単に魔法にたどり着ければ何世代にも渡って根源を目指していないという話である。だから今は分かれた魂を元に戻す方が手っ取り早い、が彼が分霊箱をわざわざ壊してまでそれをするとは思えなかった。シキ自身も彼に敵対されるのは面倒だから壊したくはないし、誰か代わりに壊してくれないかなというのは秘密である。閑話休題。

"貴方にも悪い話じゃないはずだ"

シキは正体を知っていて、それに未来の彼と取引出来るほどの実力がある。他人の犠牲も厭わないし、ただ日記をよく見せればいいだけなのだ。自分としては破格であるとおもうが。

"いいだろう。僕も君を利用するだけ利用させてもらう"

そういうとリドルはこれからの計画について話し始めた。
まずは一旦ジニーにこの日記を返すこと。シキにはページを一枚とり、研究用と連絡用にする。(日記自体が壊れた訳では無いから本体とさほど変わらないらしい)
そして秘密の部屋を開き、バジリスクを使って学園を閉鎖に追い込む。誰もいなくなったところでジニーの体を生贄に復活を果たす、と。

"おや、本体はどうするんだい?"
"別に後から合流を果たせばいい。僕にはまず自分で動くことの出来る体が必要だ"

ハリー・ポッターと会うためのな。

名前を出してはいなかったが、どうやらもう既に知っていたらしい。成程、ジニーを通してある程度の情報収集はしていたか。

"で、私はどのページをもらえるんだい?"

するとしばらく考え込むように静かになった末、一枚のページを開いた。日付は12月31日、大晦日だ。彼にとって一番どうでもいい日なんだとか。そこまで言われると少し気になる。言われるがままにページを切り取って、試しに日記からそちらで会話を始めた。

"そういえばこの日記は何ができるの?"
"そう大それたことはできないさ。せいぜい魔力を通じて魂を操ったり、あとは僕の記憶を見せるぐらいだ"
"へぇ記憶……試しにこのページの記憶を見せることは?"
"……まぁ可能だ"

私が何か言いたいかはわかったらしい。「取引だからな」と渋々言うと、しばらくしてページは光り始めた。眩しさのあまり目を閉じる。そして次に気がついた時にはシキは白黒の世界の中に佇んでいた。目の前にはスリザリンの談話室で本を優雅に読む男の姿。これが彼の記憶ならばきっとあれがリドルだ。クリスマス休暇だからか誰もおらず、暖炉の薪の音だけがこの空間に響いている。どうやら五感は働いているらしい。……いや、どちらかといえば五感が働いてるというよりも彼の記憶を通して理解しているだけか。試しに周辺を見てみれば、ゴミ箱の中に「Happybirthday! Tom Riddle!!」と書かれた可愛らしい箱が捨てられていた。どうやら12月31日は彼の誕生日だったらしい。そこまで分かると体が引っ張られるように元の世界へと戻ってくる。

「彼の誕生日なのか」

わざわざ考え込んだ末にどうでもいい日といって渡してくるのは彼にとって特別であると言っているようなものだと思った。いつもああやって一人で誕生日を過ごしていたのだろうか。開き直れば楽なものをと思うが、あの年齢でそれは難しいのも分かる。自分より恵まれている人間からの施しというのも卑屈な人間にとっては迷惑なことこの上ないのだ。心から自分の生誕を祝ってくれる人間というのはあまりいない。どんな人間も心の奥にはエゴが見え隠れする。まァそれが人間らしさというものではある。

"どうした?同情でもしたか?"
"え?いや別にするわけないだろう。貴方の誕生日の過ごし方とか興味無いからね"

それとも可哀想とでも言った方が良かった?と言えば端的に結構だとだけ返ってくる。別にシキは自分の誕生日のことを思い返していただけだ。今年はどうしようか。ヴィンテージ物のワインの一本でも買おうかな。

深夜二時頃を回った頃、そろそろ寝るかと腰をあげる。今は学生の身なのだから明日に支障をきたす訳にはいかない。日記を持って自身の部屋へと向かう。今年も面白いことになりそうだ。