1話

「気分は?」
「普通だな」

 培養液から出て来た彼に服を渡しながら彼の様子を紙に書き込んでゆく。
つり目に赤い瞳、少し長めの黒髪はどこからどう見ても美青年だが、胸にはめ込まれた赤い宝石が人外であるというのを露わにする。サイズに合うようなシャツとズボンを適当に見繕ってきたが、宝石は透けてはいないようで良かった。

帰ってきた時、彼は蛇に取り憑いて玄関に丸まっていた。

シキに気がつくなり、遅いと言って首元に巻きついてきた彼を連れて拠点に入る。そんなことを言われても体を作るのに必要なものや今後に大切なものを買っていたのだからしょうがあるまい。取り敢えず彼をテーブルに下ろして買ってきた宝石を取り出す。

「なんだそれは」
「宝石」

そんなもの見ればわかると怒る彼を無視して、
宝石にいくつかの塊に分けた。

「一旦出てきてくれない?」
「何故だ」
「説明はやること終わったら」

そう言えば怒りながらも出てきた彼と分けたうち一つの宝石を同期させる。さすがに高い値段を支払って本物の宝石を手に入れただけはあって、錬金術の偽物とは違い魔術の質が桁違いに変わった。蛇に戻った彼に確認を含め、説明を始める。

「貴方の魂は今とても不安定で、魂がある生き物じゃないとしがみつくものがないから取り憑くことが出来ない。だから魂のない空の器を作ってもすり抜けてしまう。この宝石は言ってみれば楔だね」

魂が留まれるための

そう言えば納得したらしい。「ま、これでホムンクルスに入れれば、魂の不安定さも減るからあなたの怒りっぽいのも治るよ」といえばヴォルデモートはまた怒鳴り声を上げた。全く煽り耐性がない。
さて、今まで疑問に思っていたことではあるが、何故こんなにも魂が不安定なのか。それを質問してみたところどうやら分霊箱という魔法によるものらしい。分霊箱とは自分の魂を分けてものに宿らせることでそれがある間自分が死ぬことは無くなると言ったものだった。

「だからか」

魂というのは高次元的な存在で物質界に留まることは通常出来ない。死んで少しならば大丈夫だが、少し時間が経てば直ぐに霧散してしまうのだ。それを彼が留まることが出来たのは分霊箱というものでほかの魂を物質界に留めていたからそれに引きずられるように本体も留まることが出来た。

「ふーむ、でも非効率的すぎるな」
「お前の世界ではどうなっている?」

そう言われて彼に言っていいものかとも思ったがそう簡単に出来るものでもない。まぁなんかあったら自分が止めるかと考えて説明を始める。

「まず普通に延命魔術がある。これを使えば理論上は何十何百と生きていくことが出来る。しかし、これは自分の寿命を無理に伸ばしているだけでいつかはガタが来て終わる」

「次に身体を使い魔に変えて、他所から魔力を調達して生き延びる方法。ま、これは非効率的すぎるから私はあまり好きではないね」

「これは最もポピュラーだが、自身の死徒化。死徒、分かりやすくいえば吸血鬼だね。吸血鬼になれば血を飲むだけで不老不死になれるからこれを目指す魔術師は多いんだが、まぁ難しい。なれたやつより死んだやつの方が多いと思う」

「最後にこれは私が今研究しているもの、第三魔法だ。第三魔法は魂の物質化。これを成功させれば限定的な蘇生も不老不死も夢じゃない」

少し声が上ずってしまって、喉を鳴らす。ヴォルデモートは気にしていないのか魔法?と尋ねてきた。

「お前の世界にあるのは宝石魔術だとかルーン魔術とかだろう」

流れるように言われて驚いた。宝石魔術は今確かに見せたがルーン魔術を見せたことなど一切ない。何故、と口に出せば、記憶を読んだと詫び入れずに言った。聞けば、相手の記憶を読む魔法があってクィレル先生との取引の時にこっそり読んだのだとか。だからこそ、シキの話を真実だと知り、契約書にサインをしたと。
「まぁこの体では上辺だけ見るのが精一杯だった」とは彼の言。なるほど、席を立った時に魔術を習った時のことが頭をよぎったのはそれが原因だったらしい。油断も隙もないと思うと同時に家族の過去が流れることがなかったのは安心した。

「一応、魔法はある。そして、その魔法を解析し、到達するのも魔術師の目標」

魔法と魔術の違いは現在の科学でできるか否かということだ。今の発展した科学では魔法のほとんどが魔術へと落ちた。しかし、ここでは全てが魔法とされ、だからこそ質が低くなっているように思える。『時間旅行』や『平行世界の運営』、それに『無の否定』など、時間はある程度干渉出来るようだがそれ以外はめっきりだった。一応ヴォルデモートにも聞いてみたがそんなものは聞いたことがないらしい。

そんなこんなで特別講義は終わり、そして現在へと戻る。

「それにしてもお前の心理は全く分からん」

彼の状態を一通り紙に書き込んでいれば、吐き捨てるようにそんなことを言う。

「おや、別に単純だよ。私はただ研究の邪魔をされたくないだけ、私にとって研究が一番でその他は有象無象に過ぎないだけだよ」

他人も自分もただの研究の道具なのだ。

 さて、話は変わるが現在の日付は8月の初めである。椅子にかけてある上着とこの間届いたリストを手に取って出かける支度をしていればヴォルデモートはどこに行くんだと問いかけてきた。
今まで彼の体作りに時間を使っていたせいで自身にあまり時間をさけなかったのだ。9月1日には列車に乗らなくては行けないことを考えると、本の予習も含めそろそろ買いに行きたい。それを伝えれば着いていくと宣う彼。つい顔を顰めてしまったのはしょうがないことだろう。彼は一応闇の帝王として名を馳せていたし、何か問題を起こされて私に損害が及べば面倒なことこの上ない。

「断ろうとしているようだが、お前ダイアゴン横丁に行ったことないだろう?」

そんなことも読み取っていたらしい。つまり「案内してやるから自分も行かせろ」と言いたいのだ。確かに漏れ鍋という所を通れば横丁の中に入れて、グリンゴッツでお金をおろし、ブロッツ書店で教科書が購入出来るという情報しか知らない。どこに何があり、どうやって買うのかという具体的なものは一切分からないのだ。だからこそ魅力的ではあるが、ヴォルデモートを連れていくというリスクと比べれば腰は重たくなる。

「条件がある」
「なんだ」

それくらいは想定内なのだろう。促すように顎をくいと動かす。

「まず、仲間や部下を見つけても接触しないこと。変に情報が回って私の研究が邪魔されても面倒だ。貴方がいつかは復活したいことは分かっているからどっかでコンタクトが取れるようにする。だからそれまで我慢して欲しい」
「次は」
「二つ目は私の目の届く範囲にいること。まぁ道案内する前提なんだからどこかに行くことはないだろうけど」

最後にノクターン横丁に行かないことを言えば、なかなかに大きめの舌打ちをして渋々わかったと頷いた。やはり、裏があったらしい。ノクターン横丁で彼が何をするのかは分からないが、自分に利益があることでないのは確かだろう。やはり、知識だけはいくらあっても困らないものである。

「……まぁこれじゃあ不平等ではあるからね。代わりに魔術を貴方に教えようか」

そう言えば、ヴォルデモートは驚くほどあっさりと手のひらを返して、そういうことならと条件を全て飲んだ。やはり魔術はこの世界ではシキしか扱うことの出来ない技術だからなんだろう。おそらく彼は自分が一番上でないと許せない人間だ。だからこそ、魔術をも自らの力にして、他者よりも優れているという自覚を増やしたいのだ。まぁ全ては推察に過ぎないが、時計塔で同じ目を見てきたからこそ確信を持っていえる。

「そういえば、あなたのことなんて呼べばいい?」

ヴォルデモートと呼ぶ訳にも行かないし、慣らすために普段から反応出来るやつと言えば「何でもいい」と返ってくる。曰く他者に気取られずに演じることなど容易いことらしい。今では闇の帝王として名を馳せていた彼だが、ホグワーツ生だった頃は優等生で通っていたというのだからまぁ信用してもいいのだろう。情緒不安定だったのも魂が安定したおかげで落ち着いているようだし、人間の上に立つものとして人心掌握は得意そうではある。

「じゃあウォルっていうのはどう?」
「安直だな」
「おや、安直だからこそいいんじゃないか」

ある程度「ウォル」の設定を決めた後、彼を伴って一緒にイギリスの町へと出た。

ウォルの案内の元、漏れ鍋からダイアゴン横丁に入ると、中は酷く賑やかに盛りあがっていた。グリンゴッツでダンブルドアから渡された鍵でお金を下ろして、懐へとしまう。そうして書店へと向かっていくさなかで変に魔女から視線が集まっていることに気がついた。ちらりと原因であろう彼を見るが全く気にする素振りも見せない。なるほど、そういう視線にはなれているらしい。

「なんだ」
「いや、ただ慣れているんだなと思っただけだよ」

ふんと鼻を鳴らすとすぐに前を向き直す。まだ雑談をするほどの仲ではないということなのだろう。まぁホムンクルスの製造の段階で彼の魂も一緒にポットに入っていたため、まともに話したのはあまりないのだから仕方の無いことではある。それに変に踏み込んでこないというのはシキとしても接しやすかった。

書店に着いた時、変に中が騒がしかった。有象無象の魔女たちがきゃあきゃあと囃し立て、カメラを持ったジャーナリストがその波へと突っ込んでいく。恐らくその光景で目が死んだウォルと同じ目をしている自覚はある。

「どうする?」
「俺様は断るぞ」

頭をガシガシとかいたあとにはぁ、と一つため息を吐く。私も行きたくはないが教科書を買わなければ困るのは自分自身である。日を改めるというのも出来るが、それは正直面倒だ。それに魔女ばかりが集まるあの空間にウォルを入れるのはもっと面倒なことになりそうではあった。目を離すのは心配ではあるが背に腹はかえられない。

「しょうがない……か」

召喚魔術で虫を一匹呼び出してウォルへと渡した。連絡用と監視用である。恐らく、これで隠れて条件を破るというのもしないだろう。彼にとってシキの魔術とはまだ未知のものであり、この虫が特別であるというのは見ればわかる。その状態で何かを起こすというのは明らかにリスクの高いことだった。

そうして彼と別れ、戦いの地である書店の中へと入り込む。どうやらこのたくさんの魔女たちの訳はギルデロイ・ロックハートとかいう魔法使いによるものだったらしい。そういえばリストの中に何冊かあったなと思考をめぐらす。随分な有名人らしい。確かに魔女が黄色い声をあげるのが分かるほどの顔をしてはいるが、神に愛された造形を見たことがあるためそこまでかっこいいとは思えなかった。
さっさとリストの本をかき集めて2階へと登る。一階でサイン会が行われているために人はいないが、声はまだまだうるさかった。

「やぁ奇遇だな」
「おや、ドラコ。久しぶりだね」

奥に進めば見知った顔が目に入る。あちらも気がついたようで手を振りながらこちらへと近づいてきた。聞くところによれば、彼も逃げてきたたちらしい。「なんで最近の魔女はあんなのが……」とぶつくさと文句を垂れていた。

「それ程すごいと言うわけじゃないのかい?」
「まさか!あいつの本を見てみるといい」

言われた通りに中を覗いてみれば、まぁなんだこれと言わざるを得ない出来だった。小学生の日記か何かか。書かれていることは全て自分の感想、相手に関しての考察もましてや説明までもない。自分がどうだったとか、自分がどうしたのかとか。無駄に文才があるのが腹が立つくらいだった。確かに小説としては面白いし、実際にこれを体験したのかと思えばすごいのかもしれないが、教科書としては及第点にすら至っていない。ほかの教科で指定された本と比べると雲泥の差だった。「言ってる意味わかっただろ?」と顔を覗いてくるドラコに対して頭を抱えながら頷く。そしてそのまま階段へと踵を返した。

「どこ行くんだ?」
「戻してくる。こんな本に金を使うくらいなら小説でも買った方がマシだからね」

そう言うとドラコも納得して見送ってくれる。そうして本を一冊一冊本棚に戻して階段付近へと戻ってくれば、魔女の黄色い声に混じって口論のような声が聞こえてきた。見ればドラコに似た男とウィーズリー共通の髪色を持った男が言い合っている。面倒だなとは思ったものの彼らの場所は会計のためにちょうど通る必要があるべき場所だ。避けてはこのうるさい場所から離れられない。意を決して踏み込めば、シキに気がついたハリーの一声でそれは沈静化された。

「久しぶりだね、シキ」
「こちらこそ、それにしても大所帯だね」

ちらりと見ればロナウドやクリスマスにちょっかいをかけてきた双子も見えて、どうやらウィーズリー一家と一緒に来たということらしい。双子の方は目が合うと「どうもスリザリンのお嬢さん」と体を乗り出してくる。取り敢えずハリーにばかり気を使ってもいられないのでドラコの方へと目を向ければ、いかにも不機嫌といった表情だった。

「初めまして。君がシキさんだね。いつもうちのドラコに話は聞いているよ」

ルシウス・マルフォイだ、と手を差し出してきた男に笑顔で握り返す。どうやら顔が似ているこの人はドラコの父親だったらしい。この年でドラコが髪を撫で付けているのは不思議だったが、なるほど尊敬する父親を真似ているらしい。随分と可愛いところがある。

「そうなんですね、お恥ずかしい限りです。紹介が遅れてしまい申し訳ありません。私はシキ・アズマです」

そう言い終わったあと、ねっとりとした視線が絡みつく。息子の友人の品定めといったところだろう。過保護なのか、それとも家の権威を守るためか。

「君は純血をあまり意識しないと聞いたが」
「えぇ、ですが私自身純血主義は当たり前のことだと思っています。血筋とは歴史であり、代々守られている知識や家宝などもあるでしょう。きっとそれには一族全員の想いが詰まっている。それを魔法も知らなかった人間に渡したくないと考えるのは当然のことです」
「では何故だい?」
「私は魔女というよりは研究者ですから。ひとつの主義に囚われず、多角的に、客観的に物事を判断する必要があります。だからこそ純血は判断基準の一つにはなりますが、全てにはなり得ないんです」

そこまで言うと、そうかと再び笑みを浮かべるルシウス。どうやら合格点は貰えたようである。ドラコを引き連れて書店を出ようとするその後ろ姿を眺めながら、隣にいるドラコに「また学校で」と静かに手を振った。
ふぅと息を吐くとロナウドが君すごいねとこちらを覗いてくる。別にそこまで難しいことは無い。自分に譲れないことがある通り、相手にもそれがあることを理解しながら喋ればいいだけなのだ。これは知り合いがよく言っていたことではあるが、大切なのはホワイダニット、なぜそうしたのかだ。

「それに相手がどんなことをしたとしても先に手を出した方の負けだ。どんなときも笑顔で自分の姿勢は崩さないのがコミュニケーションのコツだよ」

そう言うともう一人の大人であるルシウスと言い争っていた相手がギクリと肩をすぼめた。まぁ彼は完全にそれが出来ていなかったし、とちらりと見ればそれに気づいたハリーがハッとしたように「この人はロンのお父さんだよ」と紹介をしてくれる。そしてロナウドがそれに続いて他の兄弟の紹介もしていく。まだ上に二人いるんだと言った時は多いなと驚いた。

「そういえば、ロナウド。貴方、休み前は私に怒ってなかった?」
「そうだけど……いまの話聞いてたら君をスリザリンだと意識するのが馬鹿らしくなったよ」

「ハーマイオニーにも散々言われたしね」と笑うロナウドにそう、と頷く。そういえばハーマイオニーの姿が見えないなと思ったらどうやらギルデロイに熱を上げているらしい。何がいいのか。ちらりと書店の奥にある時計を見ればそこそこ時間が経ってしまっていることに気がついた。「じゃあ人を待たせてるから」といえばそれぞれがじゃあねと見送ってくれる。それに手を振り返しながら早々に会計を終えて店を出た。

虫の位置をさぐって歩いていけば、着いたのは一店の喫茶店。中に入ってみればなかなかに落ち着いた雰囲気で客もお年寄りなどが多い。その店内を突き進みながら、先程別れた男の正面へと腰をかける。優雅に足を組んで珈琲を飲む姿は一種の絵画のように感じられた。

「遅かったな」
「あんな中じゃしょうがないだろう。それに知り合いとあったしね」

知り合い?と問いかけてくるウォルにドラコの名前を出せば、「あぁ、ルシウスのところのか」と珈琲をひとくち口に含む。どうやら、知り合いだったらしい。彼の年齢を考えれば、恐らく部下かなにかだったのだろう。

「あいつには日記を持たせていたな」
「日記?」
「俺様の分霊箱の一つだ」

あぁと頷きながら注文を取りに来た店員に自分にも珈琲をと頼む。どうやらルシウスは彼の魂の一部を預けられるぐらいには信用のできる部下らしい。その割にはその日記、ウィーズリー一家に渡していたが。
自分が魔術で宝石と魂を同期させたのだ。そのくらいは見ればわかる。まァそれを彼に言う義理はないし、シキとしても分霊箱は気になるのだ。変に彼が行動してその分霊箱を見られなくなっては困る。所詮彼はただの取引相手に過ぎないのだ。多少の協力はするが、それ以外はどうでもいい。アズマシキは魔術師なのだから。