星が見えない。
今日は特に星が見えない。
代わりにその日の満月はいつになく大きくそして美しかった。きっとこの満月の光があまりにも輝いているので星が見えないのだろう。そうある人は夜空を見上げて言葉を紡いだらしい。
その日彼女は一人で歩いていた。
カツン、カツンとリズムよく音を鳴らしながら崩れかかっている壁を気にすることなく、ヒビの入った肖像画になど目もくれずただ歩いていた。
迷路のような廊下を迷うことなく歩いた後、風化したその建物には全くといって相応しくないと思われる傷ひとつない大理石の階段をのぼる。
のぼり終え、そのまま真っ直ぐ歩けば王座のようなものがそこにはある。
きっといつの時代かの偉大な王が国を見下ろし満足気に座っていたのだろうということを思わせる、そう豪華絢爛という言葉をそのまま体現したような王座だ。
彼女はそれを見据えながら近づき、そして数メートル手前で立ち止まると片膝をついた。
「・・・・・っ・・・」
が、数秒後には両膝をつく形になった。
王座のあるその場所の遥か上に造られた窓から差し込む月光により彼女の姿が改めて映し出される。
女であるはずなのに何故だか男物のそれも何処かの王や王子を思わせるような立派な格好をしていた。
しかし、体中傷だらけで白地のところには赤黒く血が滲んでおり、よくよく見れば両膝をついている地面のすぐ横には赤い血だまりがすでに出来始めていた。
よくその傷でここまで歩いてきたものだ、と誰かが見れば呟いたかもしれない。
しかしながら、ここにいるのは彼女一人だけである。
彼女の体こそはボロボロでとても痛々しい姿ではあるが、まだ死んでない、むしろ今までになく光とそして強い意志のこもった目で相変わらず王座を見据えていた。
ザッ
おもむろに剣を抜いた。
刃が月光に照らされて怪しく光る。
彼女はそれに目を移し、一瞬だけ悲しげに目を細めたが、何か覚悟を決めるように目を瞑ると持ち替えて刃先を自分に向けた。
そして思いっきり自分に・・・・・・・・・。
星が見えない。
今日は特に星が見えない。
代わりにその日の満月はいつになく大きくそして美しかった。きっとこの満月の光があまりにも輝いているので星が見えないのだろう。そうある人は夜空を見上げて言葉を紡いだらしい。
そして段々と赤く染まる満月を見て涙を流しながらもう一つ言葉を紡いだらしい。
「・・・・・・こんな未来など望んでなかったのに」
変えられるものなら変えたい、と。
遠くから鳥の鳴き声と川のせせらぎが聴こえる。
どくんどくん、というもやけに大きな音も聴こえる。
この音は結構近いところから聴こえる、かも。
それらを目覚ましがわりに意識が覚醒した。ゆっくりと重たい瞼を押し上げ目を開けた。
「っ、まぶし・・・い」
木々の間から差し込んでくる木漏れ日に思わず目を細めてしまう。
あれ?思ったよりも掠れた声が出た。それに何だか喉が痛いな・・・。
・・・あー、でも今はそんなことよりとにかく太陽が眩しいな、と手を顔の上に持ってこようとした。
そう、持ってこようとした。
「あ、れ・・・?」
何故だろう?手が動かない。
鉛のように重たくて全くといっていいほど力が入ってくれない。
それに手だけではなく体全体がまともに動いてくれない。
これはどういうことだ、と自分の状況を確認するために視線だけ動かした。
「・・・・・・」
まず目に入ったのはボロボロになった服。
所々破れたり解れたりしているし土や赤黒いシミもついていた。
破れたところから見える肌には痛々しい傷や、青い痣が沢山見えた。
そしてまだ乾いていない赤いソレが流れているのも見える。
なるほど、どおりで体が全く動かないわけだ。このままここに居たら死んでしまうななんて、他人事のように思ってしまう。
だって全然痛みを感じないのだ。
それに何故こんな状況に自分が居るのかが理解が出来てないため、若干現実逃避まで始めてしまっている。
まあ、そう感じてしまうのも仕方ないのかもしれないけど。
「あつい」
また掠れた声で呟いた。心做しか体が更に重くなった気がする。
思考もだんだんはっきりしなくなってきた。
あー、これは熱が出てきたのかも。
さっき暑いとは言ったが寒いような気さえしてくる・・・。
もしかしたら自分は本当にこんな所で死ぬのかも・・・なんて、あーあ。
また他人事のようにそう考えながら、重くなる瞼に逆らうことなく瞼をゆっくりと閉じた。
「あれ?こんなところに人が・・・。何してるんだぜー?」
「・・・ん・・・?」
突然、どこからともなく元気な声が聞こえてきた。
目を薄らと開けば誰かが自分を覗き込んでいる気がする。
これは幻覚とか幻聴とかそういうのかな…。
「うわっ!け、怪我してるんだぜ!?・・・・・・生きてる・・・?」
そんな驚いている声が聞こえてきた。
声からして少年かな?
あれ、これって現実なのか?んー、どっちだろう。
・・・・・・まあ、どっちでもいいか。
「・・・痛い?」
恐る恐ると言ったふうにそう尋ねられた。痛い、痛い・・・か。それが全く痛くないんだよなあ、と思いながら言葉を紡いだ。
「・・・・・・全然」
「えっ、痛くないんだぜっ!?あ、でも生きててよかったんだぜ…」
いきなり声を出したためか、そう驚いたように声を上げたが、ちゃんと生きていたことに安堵したようだ。
確かにこんな所に倒れてたら、死んでるかもって思うだろな。
「・・・ねえ」
「ん?」
「水、とか持ってない?」
すぐ隣に膝をついている彼にそう尋ねる。
何だか凄く喉が乾いてる気がする。
水の音が聴こえるからすぐそこにあると思われる川か何かの水でも何でも良いから、とにかく喉を潤したかった。
「分かったんだぜ。えっと、確かここに水筒を入れてた気が・・・あ、あったんだぜ!」
隣からゴソゴソと荷物を漁る音がする。
そちらに視線をを移せば、茶色いふわふわとした髪を持ったセーラー服のような服を着た男の子が見えた。
水筒を手に取った彼がこちらに向き直る。
そして、背中に手を回してくれて起き上がらせてくれた。
「どうぞ、水なんだぜ」
「ん、ありがとう」
水筒に口をつければゆっくりと傾けてくれる。
少しだけ冷たいがちょうど良い温度のそれを飲んだのち、もう大丈夫だという合図に少し首を振れば、彼は察したのか水筒を離してくれる。
「本当にありがとう、ごめん。」
そう口にすれば、彼は首を振って眩しい笑顔で言う。
「どういたしましてなんだぜ!困ったときはお互い様だって、に〜ちゃんが言ってたんだぜ!」
にいちゃん?
「お兄さんがいるの?」
「ううん、に〜ちゃんはに〜ちゃんなんだぜ?」
「そ、そうなんだ」
「そうなんだぜ」
あだ名か何かなのかな?
「そういえば君は1人なの?」
ここには彼以外の人の姿は見当たらないし・・・。
あー、でもここら辺の子なのかもしれない。
そしたらこんな所にいても可笑しくないか。
「うん、1人なんだぜ。に〜ちゃん達とは前に″はなればなれ″になっちゃったんだぜ。」
「離れ離れ・・・?」
予想外の返答に目を丸くする。
これは聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
「・・・前って、いつくらい?」
「確かあのときは冬だったから、んー半年くらい前から?」
「半年・・・!?」
そんなに前から・・・。
彼の言葉に驚いていれば、
「にーちゃ、あれ?よく見たら女の子なんだぜ。じゃあえっと、ねーちゃんは?」
じっと逸らさずこちらの目を見つめて彼はそう言う。
「うん、たぶ・・・ん・・・・・・」
1人、と続けようとして何故か声が出なくなった。
「ねーちゃん?・・・ねーちゃんどうしたんだぜ!?」
「・・・っ」
だんだん彼の声が遠くなってる気がする。彼に返答しようとするのに声は出ないし。
「あつっ!ねーちゃん熱があるんだぜ!?」
「・・・っ・・・」
「ど、どうしよ・・・!ねーちゃん!ねーちゃん!」
彼が最後に何かを言った気がする。
何を言ったのか聞き取ることも出来ず、意識が遠くなった。
(お月様と子兎(?))
(二人の出会い)