夕焼け空と君に唄う


「わぁ…」

ふと、足を止めて空を見上げた。
鮮やかなオレンジ色が私の目に飛び込んできた。
その暖かくて優しい陽だまりですら私には眩しく感じて、思わず目を細めてしまう。

今日の夕日は何時もより綺麗だなぁ。


そんなことをつらつらと考えながら、人気のない道をゆったりと歩く。特に急いで帰る理由もないので今日はたっぷりと時間をかけて沢山道草をしてみた。

公園で小さい子供とブランコやら滑り台やらの遊具で戯れてみたり、遊んでいる子達をぼんやりとながめたり、すぐそこの海まで行って意味もなく貝殻を集めてみたり、砂で遊んでみたり、特に読みもしないのに本屋に行って本を物色してみたり。普段しないのでとても満足した。暫くは外出したくない。

オレンジ色と薄い紺色の交わる空をぼんやりと見上げながら、今日の自分の行動を振り返ってみて我ながら呆れてしまいはぁ、とため息をつく。


今日は朝から何もすることがなく物凄く暇だった。そのため久しぶりに散歩でもするか、と昼前に外へと出たわけだが、すぐに帰ろうと思っていたのにもうこんな時間になってしまった、とたまたま目に入った時計を見て苦笑を漏らした。
ああそう云えば、何時もなら「外に出るの面倒くさい」などと云って、仕事や用事があるとき以外はあまり外に出ようとしないので、「ちょっと散歩行ってくるね」という私の発言に驚く父の姿は中々に面白かったなあ。
まるで何か悍(おぞ)ましいものを見たような顔をしてこちらを三度見くらいしていたし…。
そんなことを考えながら歩いていると、なぜか突然地面が消えた。


「……っ…うわっ」

ふわり、と浮遊感に襲われる。

あ、そうだった。
この道を進むと確か長くて無駄に急な階段があるんだった。だなんて今更ながらに考える。
あーあ、考え事をしながら歩くものではないな、なんて冷静な思考は心の中で呟いた。
地面との距離なんて怖くて見たくなかったので、思わず目を閉じる。

却説(さて)、どうしたものか。
結構長いこの階段から落ちるのはさぞかし痛いだろう。
あ、でもまだ階段を転がりながら落ちるのよりも、今みたいに高い場所からただ落ちるだけの方が痛くないかな?いや、こっちが痛いかもしれない。
まあ結局は痛い思いをするのだろうから、この事について考えるのはやめようと頭の隅っこに放り投げた。

はあ、傷だらけで帰ったらみんな怖いだろうな…、説教とかされるのだろうか。それは何だか嫌だなあ。
父やエリスちゃんの説教も中々怖いが、それよりも怖いのは……。と考えて背中がゾッとした。
彼の説教を想像するだけである意味涙が出そうだ…。

あ、そういえば彼は先程まで私の目に映っていたあのオレンジ色みたいだったな、と現実逃避気味に考え始める。髪の色だけでなく、暖かくて優しくてとても眩しいところなんかが特に似ている気がする。なんて場違いなことを思考する。


「……」


もうそろそろ地面に着く頃だろうか?とまるでスローモーションのように長い滞空時間を味わいながら考える。
相変わらず目を開ける勇気がなくて、閉じたままなので自分がどれくらいの高さにいるのかが分からない。
心の準備なんてものはしない、いや出来ない。落ちるのは矢張り怖いし、怪我をして痛いのも矢張り嫌だ。
そして帰って怒られるのが1番嫌だ。
それをどうにか回避したいところだが、私の異能力はこういうことには全くというほど役に立たない。
異能力が使えない状況にいる自分は普通にか弱い人間なのでどうしようもない。これはもちろん嘘ではない。本当にそこら辺の人間のようにか弱い。

まあ大人しく落ちて、痛みを味わうしかないかと本当に長く感じる時間の中で諦めた。


「……っ、あれ?」


本当にそろそろ地面に当たっても良い頃だ。そうもう既に地面の上にいてもいいはずなのに、流石に地面に辿り着くまでの時間が長すぎやしないか?なんて不思議に思っていたとき、地面にしては何か柔らかいものが自分を包みこんだ。何故だかそれは迚(とて)も暖かい。


「…え…?」
「……名前!!首領に迎えに行けって云われたから来てみれば、手前は!」

大きな声が鼓膜を震わせた。
私の名を呼ぶその声は聞き覚えのある声だ。
恐る恐る目を開ければ綺麗なオレンジが私の目に飛び込んできて、思わず笑みを零した。

「あ、中也だ」

般若顔負けの怒りの表情を前面に押し出した彼を見上げながらそう云えば、更に目を吊り上げた。
それが迚も怖かったのでビクっと肩がはねる。

「…手前は…!!…はぁ…」

中也は何かを云おうとするのだが、はぁとため息をついて口を閉じた。長々と説教をされると思っていたが、特に何も云われなかったので少し驚いた。
目をぱちくりと瞬かせながら、未だに力が入ったままだった肩の力を抜いた。

「ち、中也?」
「……怪我はないか?」
「え?あ、あぁ、ないよ!転げ落ちた訳じゃないからね!」
「そうか、良かった」

ニヤリ、中也が笑った。
ドキリ、それに心臓が大きく高鳴った。
パチッ、お互いの視線が交わる。
ゴクリ、特に意味もなく唾を飲み込む。
ストン、と地面に降ろされた。
フワリ、中也が目を細めて私の頬を撫でた。

ただそれだけだ、そうそれだけだ。
でも、ただそれだけのことがとてもとても長く感じた。とても安心した。とても嬉しかった。とてもドキドキした。

彼の遠く後ろに見える空は日が沈んでしまっていて紺色に殆どが染まり、一番星が見え始めていた。
その中で彼のオレンジは凄く凄く眩しくてまた目を細めた。
すると、目尻を彼の親指が撫でてきたので擽ったい、と云って笑った。

「…なあ、名前」
「何?」

彼が私の名を呼んだ。
私と同じように微笑んだ彼の顔を見れば彼は云うのだ。

「綺麗だな」
「ん??何が?」

首を傾げる。
彼の目は私を捉えたままだった。
一体何が綺麗なのか。

「いや、なんでもねぇ」
「そう?」
「ああ」

んん?とまた首を傾げれば頭をぐしゃぐしゃと掻き撫でられた。

「うわ!ちょ、やめっ!」
「どうせぼんやりしてて階段から落ちたんだろ。帰ったらたっぷり説教な!」
「なっ!?」

中也は私を見て可笑しそうに笑ったかと思えば、さらりと下される死刑宣告。それにぴくりと頬が引き攣る。
嫌だ、それだけは嫌だ。
じりじりと後退して逃げ出そうとするが時すでに遅し、である。

彼の手がしっかりと私の腕を掴んでいる。
ジトっと中也を見るが、素知らぬ顔で私の手を引き歩き出した。

「さ、帰るか」

一瞬だけ此方を見た彼はそう云って笑った。

「…うん!」

逃走を諦めた私は、ああ本当に凄く眩しいな、なんて考えながら頷いた。
そして繋いだ手をギュッと握ってみた。自分でした事なのに気恥ずかしくて、カァッと顔に熱が集まる。
しかし、それは私だけでは無かったようで、無言で手を引く彼の耳が赤くなっているのが見えた。
もう殆ど夜なので日に照らされて赤く見える、なんてそのような現象では無いことは考えなくても分かった。

ドキドキと高鳴る心臓が彼に聴こえていませんように、それと説教がすぐに終わりますように。それだけをひたすら祈った。
しかし、後者だけはどんなに願っても叶わなかった。


(聞いたよ、名前)
(…なな、なんのことでしょうかっ)


◇◆◇◆◇◆

こここんな感じで大丈夫ですかね…!?
両片思いってなかなか難しいですね。
リクエスト本当にありがとうございます!

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