結局は愛してる


「ねえ、お願い私と心中を…」
「イヤです!」

皆まで言わせるかと僕は即座に彼の言葉を遮って拒否する。
すると彼は膝をかかえると口を尖らせて「ちぇっ」と云ったのだが、はっきり云って全く可愛くない。


…なんでこうなったんだ


『アイツだけは止めておいた方がいい』

ついこの前、そう云っていた国木田さんの言葉に今更ながら思わず共感する。
確かにそうだ、なんて失礼ではあるが思ってしまいそうになった。

それでも僕は……、

そこまで思考を巡らせたが、すぐに停止させる。
そしてそのままこの淡い気持ちも一緒に吐き出すためにはぁとため息をついた。

「どうしてだい?」
「今の状況を考えてください!」

ん?と不思議そうに首を傾げ、そう問いかけてきた太宰さん。
いやいやいや!どうしてだい?じゃないだろ!とツッコミを入れそうになるのをグッと堪える。
嗚呼、いけない!彼の流れ(ペース)に乗せられてしまうのは今の状況的に非常にまずい。
僕はまだ口を開き何かを喋りかけた太宰さんの口を両手で塞いだ。
冷や汗をダラダラと流しながら周りの音を拾うことに意識を持っていく。


「おい!そっちから声が聞こえたぞ!」
「ちっ、聞かれたか」
「…っ!」

バンバンバン!!

その声とともに大きく響くのは銃声。
やばい!気付かれてしまったかもしれないと焦りながらビクビクと震える。
そして恐怖が僕の心を飲み込もうとした時、ムニっと何かが僕の頬を摘んだ。その手の持ち主は先程から僕が口を押さえている太宰さんだ。
太宰さんへと視線を動かす。パチリと目が合った太宰さんは彼の口を押さえている僕の腕を退かした。
そしてニヤリと妖しく笑ったかと思えば、僕のすぐ目の前にその端正な顔が近づいてきた。
そして僕の耳元に顔を近づけると一言。

「積極的だね、尊」
「……ヒッ、ぎゃあああッ!!!」

突拍子もない彼の行動に思わず悲鳴をあげた僕は悪くないと思う。耳がむず痒いし、声が無駄に色っぽい。そして久しぶりに呼ばれた本当の名前。
顔に熱がぶわっと集まってきた。そしてそのまま静止(フリーズ)した。


「おい!いたぞ!」
「やっちまえ!お前ら!」


次にはっと意識を取り戻したとき、聞こえてきた敵の言葉に絶望した。
やらかしたっ!そうだよ、今この人達から逃げてるのにっ!と後悔してももう遅い。
僕の声のせいで隠れている場所が完全にばれてしまった。
僕のすぐ近くで「あーあ、気づかれちゃったよ。敦くん」とクスクス笑っている太宰さん。
いやいやいや!笑ってる場合じゃないからね!と睨むが効果はなかった。


もう一度云おう。
どうしてこうなってしまったのだろう。


◇◆◇



そう遡ってみれば、今日の朝の出来事にたどり着く。
今日は元々非番で出勤する必要が良かったため、いつもより遅めに起床した。
それから暫くぼんやりと天井の木目を意味もなく見た後、起き上がり布団を畳み押し入れの中へとしまい込む。
そして朝御飯に好物のお茶漬けを頬張っている時、それは起きた。

コンコンコン

玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。
その音を聴いて箸を音を出さないように茶碗の上に置いた。
やばい、嫌な予感がする!という警告音が頭に鳴り響いた。
僕はそっと部屋の中を音を立てないようにして移動し、その扉から一番遠い部屋の角に縮こまった。

コンコンコン

また扉を叩く音が聞こえる。
それを聞いて、疾く何処かに行ってくれと念じた。
ふと、この前ナオミさんから聞かされた怪談話を思い出して青ざめる。
しかし、これは怪談話ではない。
あの扉を叩いている人物には検討がついているわけで…。

コンコンゴンゴンドンドン!

段々と大きくなる音。
それのせいで更に恐怖を感じた。

「あーつしくん!!」

ああ、やっぱり太宰さんだっ!と自分のことを呼ぶ声を聞いた途端に頭が痛くなる。

「おーい…。あれ?居ないのかい?」

そんな声が聞こえてきたので、うんうんと頷いた。
せめて休日くらいゆったりと過ごさせて欲しい、なんて思った僕は絶対に悪くない筈だし。

「…仕方ないかあ。」

という呟きが聞こえてきたのでほっといきをついた。多分、諦めてくれたのだろう。物音がしなくなった。

しかし期待は次の一瞬で破られることになる。

「この扉、壊しちゃっていいかな?」
「…は?」

その言葉に一瞬固まる。
いまなんて云ったこの人はっ…!
ここここ壊すだと…!
その言葉の意味をしっかりと理解した途端に僕はその扉へと走り出した。

「…いいよね」
「…ぎゃあああ!!だだだ駄目ですっ!や、やめて…」

そう叫んで慌てて鍵を開けて扉を開いた。

「やあ、敦くん。おはよう。」
「……は、はぁ」
「そんなに慌ててどうしたんだい?」

ニヤリと端正な顔を歪めた彼は、ああ、そんなに私に会いたかったのかい?と云ってニヤニヤと笑った。

「い、今、扉を壊すって…」
「…?何のことだい?私がそんなことするわけないだろう」

まだ寝惚けているのかい?とまるで何も知らないと云うように笑う彼に呆れる。
そんなことするわけがない、と云ってはいるが彼ならやりかねないわけで…。

「…と、ところで何の用です?」

顔を引き攣らせながらそう聞けば、よくぞ聞いてくれたとばかりに彼は口を開いた。

「逢い引き(デート)しようじゃないか…って突然閉めないでくれたまえ」

間に合ってます、と彼の言葉を途中で遮り扉を閉めようとする。
ギチギチギチ、扉が悲鳴をあげた。
閉めようとしたら太宰さんがそれを阻止する。
一生懸命扉を閉めるのに力を入れるが、明らかに向こうの方が優勢である。全くびくともしない扉に泣きそうになった。

「で?どうだい?」

物凄い力で扉を押さえているわりに涼し気な顔でそう続ける太宰さん。怖い怖い!誰か、誰か助けて…!

「え、遠慮します」
「因みに私は『はい』か『うん』か『行きます』しか受け付けていないよ」
「なっ!?僕に拒否権は…!?」
「あるわけないだろう」

いや、なんなんだこの人。ガキ大将か何かなのか!拒否権ないってどういうこと、と泣きそうになる。僕が項垂れている間に、いつの間にか僕の腕を掴んでいた太宰さん。その曇りなき笑顔が怖くて半泣きでゆっくり頷いた。

さらば、僕の穏やかな(にしたかった)休日。


そんなこんなで彼と出掛けることになってしまった。彼はとある飲食店へと着くと外に設置されているテーブルへと座った。この店は基本食べ物を注文するときにお金を払う形態の店なので食べ終えればそのまま店を離れることが出来る。(因みに商品によっては持ち帰りもできる)

彼はいつもの自殺談義を楽しそうに僕に語りながら、優雅に珈琲を飲んでいた。傍から見れば、その様はとてつもなく美しいと思われるが会話の内容が残念過ぎる。

「いやあ、それでね。いい感じで川を流れていたらね」
「…はあ」
「急流のところが途中にあるのだけれど、そこでね。丁度飛んできた魚を捕まえたのさ」
「へえ、凄いですね。」

彼の話をチョコレートケーキを食べながら聞く。
真逆太宰さんが奢ってくれるなんて…、と彼がこれを買う際にお金を払ってくれたときは驚いたが、なにも云わず、有り難く頂いている。
このクリームすごく美味しい…と思わず顔を綻ばせて感動していればクスクスと云う笑い声が目の前から聞こえてきたので、顔に熱が集まる。が、気づかないふりをして無心で食べた。

一段落ついたので、僕は飲み物片手に辺りを見回した。そしてすぐにある一点を見つめる。そこにはベンチに座る二人の男。1人は新聞を読んでおり、もう1人はただぼんやりと座っている。しかし、2人とも何処か落ち着かない様子で時折辺りを見回したり、彼らから見て真正面にある路地を凝視したりしている。
先程から太宰さんが時折そちらの方を気にする素振りを見せたので何だろうと気になってしまった訳だが、若しかすると若しかするかもしれない。
いやでもなあ、ただ美人な女の人が通り掛かって心中してくれそうと思っただけかもしれないしなあ。なんて彼のことだから有り得るなとも思った。
そんな風に考え事をしながら飲み物を飲み干した。口の中に特有の甘みが残った。

「…却説、そろそろかな」
「?何がです?」
「まあ、いまに分かるよ」
「はあ…」

立ち上がると皿とコップを返却口へと返し、少し前を歩く太宰さんに追いつくために少し早足になった。ふと先程のベンチを見れば、もう誰も座っていなかった。

「これから何処に行くんですか?」
「散歩だよ」

食後の運動に丁度いいし、と云った。彼の食後の運動と云う言葉を聞いて思いつくのは、自殺くらいしかない。否、普通はそんなこと連想してはいけないはずであるのは分かっているのだが、彼の場合は仕方ないと思う。『見て見て!天気もいいし、気持ちよさそうな川があるよ』と云って腕を引っ張られて一緒に川に落ちたことだってあるし、変な自殺法を知らぬ間に実行されそうになった。まあ今のところは大丈夫なのだけれど…。
しかし、今回もやばいな。少し警戒した方がいいのかもしれない。川の中になんて勿論落ちたくなんてないし。

そんなことを考えながら彼に着いて歩けば、彼は路地の方へと入っていくのでそれに続く。昼間ではあるはずなの結構薄暗いそこに何だか嫌な予感が過ぎる。

「あの…本当にこっちに行くんですか?」
「怖いかい?」
「…いや、そういう訳では。何だか嫌な予感が……ムグッ」
「しっ、静かに…」

太宰さんに手で口を塞がれた。突然のことに思わず肩が揺れる。彼を見上げれば彼は路地の奥の方へ目を向けている。僕もそれに倣い路地へと意識を持っていく。すると奥の方から誰かの声が聞こえてきた。

「……」

ああ、激しく嫌な予感がする。これなら川に飛び込んだ方がマシだったのではないか?むしろそんなことすら考えてしまう。口を塞いでいた手が離れた。その手は僕の腕をしっかりと掴む。余りにもしぜな動きだったので少しときめいた気がする。……が、状況が状況なのでそれを上回る恐怖の方が打ち勝った。声の方へと静かに進んでいく太宰さんの後で、必死に抵抗してみるがむしろ引っ張られてしまう。この腕から一体どんな力が出るのだろうと思うくらいには強い。結局抵抗は無意味に終わり項垂れることしか出来なかった。

路地に入って数十米(メートル)進めば、少し先に広い空き地のようなところが見えた。そこまでは行かず、近くに置かれたものの後に身を潜めてその先を伺う。先程の声はここからのようだ。先刻よりも鮮明に聞こえる男達の会話を耳を澄まして聞いた。

「例のは?」
「勿論、ここにあるぜ?…ほらよ」
「確かに受け取った。金だ、持ってけ」
「へへ、ありがとよ」

どうやらこの空間には男が5人いるようだ。そのうち1人は拳銃を片手に辺りを見回して警戒している。私服の男が大きめの荷物を渡せば、それを受け取った黒スーツの男は中身を確認してから後に控えていた人にアタッシュケースを渡すように指示をした。それらの光景を目にして確信する。麻薬の売買だと。薬を渡した男とすぐその横の男は先程太宰さんが気にしていた男達だ。そわそわと何処か落ち着かなかったのはそのためかと思案しながらどうするべきか?と太宰さんへと視線を送る。何やら考え込んでいた太宰さんは、僕の視線に気づくとにんまりと笑った。

僕はそこ瞬間戦慄した。この笑顔は知っている。太宰さんがそれを浮かべる時は大抵良からぬことを考えているときだ。

「どうしたんだい?敦くん?そんなに見つめたら穴があいてしまうよ」
「………」
「あ、もしかして私と心中したくなったのかい?」

ほら!変な釦(スイッチ)が入ってしまった。今はそれどころではないというのに…!彼の発言にふるふると首を横に振れば、悲しそうな顔をされた。うっ、僕がその表情に弱いことくらい知っている癖に…!ワザとか!?いや、ワザとだろうな…。と思いながらもう止めてくれと心の中で叫んだ。
が、すぐにそれは無意味に終わった。

「ねえ、お願い私と心中を…」
「イヤです!」

いつもの癖でつい冒頭のように反応してしまったのだ。はっとやり取りが行われている方を見ればまだ気づいていないらしい。しかし、その数十秒後冒頭のように続くのである。


◇◆◇



「ひいっ…!」

情けない声を上げながら、銃弾を一生懸命に避ける。いくら今まで色々な依頼などを経験しているからとはいえ、怖いものは怖いのだ。自分の頬スレスレを飛んでいった銃弾に冷や汗が噴き出る。どうしようか。この男に近づければどうにかなるのだけれど。銃弾が切れるのを待って、それから反撃すれば…!

「このやろ…!…ぐぁっ!?」
「…っ!?」

一生懸命頭を回転させていれば、目の前の男が倒れる。

「敦くん、大丈夫かい?」
「え、あ。はい、大丈夫です」
「ふふ、それは良かった」

改めて周りを見回せばいつの間にか男達は全員倒れており、ぐるぐると目を回している。いつの間にか太宰さんが倒してしまっていたらしい。

「すみません。僕、足でまといになってましたよね」
「いや、いいさ。これは私の依頼だからね」
「は、はあ…」
「そんなことより、この男達を警察に引き渡さないとね」

そう云って、どこからか取り出したロープで男達を縛っていく。ぐるぐるぐるぐると巻かれていく様子を茫然と見ていた。

「あの…、そこまで巻かなくても…」
「?何処かおかしいかい?」

包帯男ならぬロープ男よろしくで巻かれた男達を心の中で哀れんだ。もはやただの蓑虫にしか見えないそれを横目に警察へと通報した。少しすれば、数人の警察官がやってくる。探偵社に来た依頼のことなどを軽く説明すれば納得した彼らは、男達を微妙な顔で見たあとご協力ありがとうございますと敬礼して去っていった。

「却説、敦くん。帰ろうか」
「そうですね」

どちらからともなく歩き出して路地を突っ切る。人混みに流れて来た道を辿る。何だかんだで良い休日になったかもしれない。太宰さんは結構性格はあれだが中々いい人でもあるし。『アイツだけは止めておいた方がいい』と云っていた国木田さんのことをまた思い出した。それに心の中で『結構そうでもないですよ』と返しながら彼の隣を歩いた。

しかし、それは起きた。とある橋を渡っていたときに。

「いやあ、それにしても相変わらずいい川だよね。この川は」
「……」

あれ?嫌な予感がする。なんていつものように考える間もなく逃げようとした僕の手を彼はすかさず掴んだ。その瞬間絶望に似た何かが駆け巡っていった。

「ひっ…」

ヒョイ、と横抱きにされる。自然すぎて全く反応出来なかった。変わる視界に困惑している頃にはいつの間にかバシャーンと云う音が聞こえて、水の中にいた。


(国木田さーん!)
(やっぱり前言撤回しますっ…)
(なんて今更後悔した)


◇◆◇◆◇◆◇

うーん、何だかギャグにあまりなりきれませんでしたね…。すみません。普通に書くとギャグ路線まっしぐらになりそうになるので必至に盛り返すのに、意識すると書けないとか天邪鬼かよ、私。
でも、とても楽しくかけました笑笑
本当にリクエストありがとうございました!


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