さらば愛しの下らない僕ら



「あーつしくん!」
「…ひっ!?」

何だ、この状況?
後ろには壁、目の前には太宰さん。
顔のすぐ横に彼の右手があって、反射的にというか無意識にという左方向に逃げようとしたのをその手によって阻止された。
すぐ近くに太宰さんの顔があって思考回路が停止。そしてすぐに稼働。…いや、やはりすぐに停止。
一瞬出てきた思考や言葉などのそれらを作る作業もやめだやめだというように砕け散った。僕に残ったのは中途半端に作られたそれの残骸、つまり曖昧な何かで表現のしようもないものだった。


「あれ…?」
「……ん?」


おっかしいなー、なんて云って首を傾げる太宰さんを困惑しながら見上げた。

「女の子ってこういうの好きだと聞いたんだけどね」
「…はい!?」

なんだそれ。
いや、彼が云いたいのは所謂『壁ドン』と呼ばれるもののことだろう。てか何でそれを僕で試そうとするんだ。前世の僕でも全くキュンなどとしなかっただろうし、今の僕でもしないよ。現実ではこれで胸が高鳴ることなんてないと思う。寧ろ突然の驚きと恐怖で心臓が縮み上がりそうだ。

「…ちぇ」
「………はあ」

僕の反応に詰まらなそうに舌を打ち、離れていった彼を見て思わずため息をひとつ。うーん、と唸りながら何処かへふらっと行ってしまった太宰さんの背中を見て、更に深い深いため息が出る。


最近太宰さんがおかしい。
元からおかしいけどそれがさらに酷くなった。

彼が聞けば心外だなあと笑うかもしれない。けれどやはり可笑しい、…かもしれない。断定できないのは、先程云った通り太宰さんは突然突拍子もないことを普通にやってしまうからだ。
一応国木田さんに最近太宰が可笑しいですよねと聞いてみたが、アイツの奇行は昔からだ、とさも当然のように一蹴され何とも云えない気持ちになった。

それにしてもなあ……。矢張り何かある気ががするんだけどなあ。先程の壁ドンだけじゃない、何を思ったのかじっとこちらを見てくるし、買い物に付き合わされるし、一緒に川に落ちそうになるし、後ろから抱きつかれるし……。あ、これが俗に云うパワハラ、セクハラと云うものなのだろうか。いまいちそれがどういうものなのかよく分かってはいないが。若しくは新人への洗礼?それとも僕が凄い暇人に見えるのだろうか。考えれば考えるほど矢張りよく分からない。

しかし、あの勢いはどうにかならないだろうか。僕は中々に自分は小心者だと思っている。いや、実際にそうなのだが。だから彼の行動にどうしても圧倒されてしまう。このままじゃあ、心臓が幾ら合っても足りない。困ったなあ、なんて思いながらまた重い重いため息をついた。

「……あれ?」

何だか太宰さんのことばかり考えてる気がする。


◇◆◇



「敦君ってどういう男が好みなんだい?」
「…………はい?」

依頼を1つ解決し、日暮れのヨコハマを太宰さんと二人で歩いていた。朝から曇っていて尚且つ黒い雲も見られたため、雨が降るかもなあなんて考えていたが、降り出すことも無く昼過ぎには快晴に変わっていた。今回の仕事の内容的に外を回るものだったので有難いなあと天候に恵まれ、且つ任務も…いや、任務だけは無事に済んだのでよかった。だけ、と云うのも途中で例の如く川に飛び込もうとしたり、綺麗な女性を探したりすることに夢中になる太宰さんを止めなければならなかった。まあ何だかんだあったが、今日もどうにかなったので良いかと結論づけて太宰さんと帰路についたわけだが…。

んん?彼は今…と暫し考える。橙色の光に柔らかく照らされた太宰さんを見ると、何かおかしな事を云ったかい?とでも云うようにこちらを見ていた。…全く本当にどうしたというのだろう。僕の異性の好みなど聞いたって何の得にもなりはしないというのに。

「…さあ。誰かを好きになったことが無いので何とも。と云うか今まで恋愛にあまり興味が無くてですね」
「ふうん」

よく考えてみれば前世でもある意味で生活を満喫していたから、恋愛なんてどうだって良かったような気がする。というか、人に尋ねておいてその薄い反応は一体何なのだろう。全く気紛れなんだから。それにどうして仕事の先輩と恋バナをしなければならないのだ。

「突然どうしたんです?」
「うーん、少し気になってねえ」

何だかいつもとは様子が違う気がする。…いや、でも気の所為かもしれない。考えてもよく分からないそれにはあとため息をついて先程までのことを有耶無耶にしてもう一度太宰さんを見た。すると彼もこちらを見ていたようで、目が合った。

「強いて云えば?」
「え?えぇ…?」

何だか最近随分とグイグイ来るんだよなあ、この人。最近の行動も言動もよく分からないとつくづく思う。

「…さあ?優しい人、とかですかね?」

なんて在り来りなことを云って笑ってみせる。誰だって取り敢えずは優しい人が良いだろう。まあ偏見であるかもしれないけれど。

「優しい人ねえ」

口元に手を持っていき何かを考える太宰さん。その姿は傍から見れば、サマになっており何だか芸術品のようにも見える。

「…本当にどうしたんです?」

もう一度そう尋ねた。彼は曖昧に笑って少し間を置いてから口を開く。


「なんだと思う?」
「……誰かに恋でもしてるんですか?」


何となく話の展開からそういう方のことかと考えながら、そう声に出す。彼は少しだけ驚いたような顔を見せてからふふっと笑ってみせる。なんだ?真逆、真逆__、


「正解だよ」
「…ええっ!?」

図星だと!?何処か楽しそうな表情になった太宰さんの頬はいつもより緩んでいる。あ、この表情は滅多に見ないかも。なんて心の中でそんなことを考えた。


「太宰さんに好かれる方って一体どんな人なんですか?」
「さあね。どんな人だと思う?」
「うーん、…うーん。改めて考えると難しいですね」
「そうかい?」


はい、と頷いて今まで考えてもみなかったことに思考を凝らす。暫く考えるが、何も思い浮かばない。


「分からないですね。…ああ、でも。太宰さんならきっとどんな女性でも落とせそうですね」
「どうだろうね。私の想い人は中々難しいかもね」
「へえ、意外ですね」


そんな女性もいるのか、と呟けば彼は大袈裟にため息をついて見せた。


「敦君はさ、最近の私はどう見えた?」
「最近ですか?いつにも増して……、うーん…グイグイ来るなあとは思いましたが」


奇行が多いです!…とは流石に云えない。しかし彼はきっと本気だ。ここで意気消沈させてしまうのは駄目な気がする。何か善い言葉はないだろうか。


「……」
「…え、えっと!こ、このまま自分を出して行ったらいい感じなんじゃないですかね!?」
「…ほんと?」
「はい!太宰さんはそのままで良いと思いますよ??」


…太宰さんの想い人よ、ご愁傷さまです。僕にはこれしか思いつかなかったんです!と心のなかで深く深くこれから凄く絡まれるだろうその人に謝罪をしながら、心做しか元気になった太宰さんを見て何とも微妙な気持ちになった。


「そっかあ。そうだねえ」
「はい!そうですよ!頑張ってください!」
「うんうん、有難う。当たって砕けろ…は拙いな。当たって当たって当たろうかな!」
「……アハハ」


うわあ、更に面倒な事態に向かってる気がする。当たって当たって当たるって凄いな。想像だけで怖すぎる。巻き込まれないように頑張ろう。僕にはそれしか出来ない気がする。


「うーん、じゃあ早速。…敦君!」
「は、はい!?」
「手を繋ごうじゃないか!」
「……は?…え?ええぇ!?太宰さんとですか?」


何故僕なんです?練習?練習台なの??怖すぎるよ、この人。しかも僕が驚きでたじたじしているうちには勝手に手を掴まれてしまったし…。


「あの?これは一体?」
「…え?もしかして分かってないのかい?」
「な、何がですか?」


何でそんなに驚いた顔をしているんだ、この人?


「…真逆ここまでとは…。私の想い人に検討は?」
「え?全くありませんけど…。僕の知ってる人なんですか?」
「……ふふ」
「え?」


何?今の意味あり気な笑みは?可笑しいことを僕は何か云ってしまったのだろうか?頭に疑問符を浮かべていれば、さらに笑みを深くした太宰さんは日も暮れて人通りの少なくなった道で立ち止まる。彼のすぐ後ろには綺麗な綺麗な月が登り始めているのが見えた。なんと神々しいことだろう。現実逃避気味にぼんやりとそんなことを考えた。


「私の好いてる人はねぇ……」
「え、はい?」
「__だよ」
「…………………え?」


待って。ん?今、言葉が全く認識できなかった。太宰さんは一体何と云った?一生懸命に飲み込もうとするのに聞き取れきれなかったそれは、僕の脳に何も情報を与えることなく、ただただぐるぐると渦巻き消化不良を訴えてくる。



「だから、私の好いてる人は君だよ。敦君___、いや、尊ちゃん」
「………ええええ!!??」


突然のことに僕は思わず声を上げて驚いた。そんな素っ頓狂な顔をした僕が酷く面白かったのか太宰さんは照れることもせず、クツクツと笑っているだけだった。


(国木田さーん!あ、ナオミさんも!これは一体どういうことですか!?)
(なんだ?気づいていなかったのか?)
(…え?)
(すぐに分かりましたわよ?)
(ええーー!?)


◇◆◇◆◇◆
リクエスト本当に有難うございます!たじたじって書くの難しいですね!思ったよりもたじたじやらおせおせやらにならなくて悲しい…。全く何でしょう?これ?若しかしたら少しだけ書き直すかも?でも、書いてて楽しかったです!これからもよろしくお願いします!彼女の返事は皆さんのご想像にお任せします!

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