青を僕らの終わりの色に。


昨日の敵は今日の友。

そんな言葉を聞いたことがある。ということは昨日の敵は明後日は恋人なんて言葉もあるのだろうか。なんて、そんなことをふと思ってしまった。
ついこの間までたしかに敵…、だったはずなんだけどなあ。あれ?一体どこで間違ったんだろう。気がつけば泥沼に片脚どころか体の殆どをどっぷりと浸からせていたことに気がついた。


ぼんやりとした思考のまま、自分の手にある単行本の頁を捲る。最初はよくあるような王道の冒険物の普通の物語であったはずなのに、途中から恋愛要素が強くなり、気がつけば主人公の女は敵の犬猿の仲だったはずの男と恋に落ちている。そんな話。読めば読むほど話が迷走している気がする。

「うわぁ……」

そこまで読んで何だか微妙な気持ちになった。暇潰しにと思って何となく買ったその本を閉じる。パタンと云う音が小さく響く。それを鞄にしまってぐっと伸びをした。


ここ最近少しずつ陽が強くなってきたため、それを避けるようにして木陰の心做しか涼しいベンチに座っていた。散歩だろうか。"飼い主を"引っ張りながら元気に走り回る子犬が目の前を通り凄く癒された。飼い主さんはヒーヒーと汗だくになりながら子犬を追いかけている。お疲れ様です。なんて心の中で労いの言葉を紡いだ。


ガタッ

近くでその音がした。誰かが僕のすぐ隣に座る。
その"誰か"には見当がついている。そちらを見遣れば、僕と同じように走っていく子犬を目で追っている彼がいた。


「………待ったか」
「…いえ。先程来たばかりです」

間をたっぷりあけてそう聞いてきたその人に、何故だか敬語になって返事をしまった。
彼が初めて僕を見る。目の下には薄らと隈がある。これは何時ものことだけれど、やはり何度見ても心配になってしまう。取り敢えず無愛想なのも考えものなので、ニコリと笑ってみせる。彼の表情はピクリとも変わりはしなかったが。

「………」
「………」

しばらくの間無言の時間が続く。別に気まずいわけでもない。これもいつものことだ。ぼんやりとゆったりとした時間を交えながら、偶に思い出したかのように会話する。それはそれで良いものである。


「あ、飛行機雲…」

空をふと見上げた。ポツリ零れた。飛行機雲なんていつだって見ようと思えば見れるのに、ついつい声に出した。飛行機が過ぎ去っても尚、そこにあり続けるその白い線は青空に映えていた。いつまで経ってもそこにあるのできっと明日は雨だ。なんて誰かから聞いた「飛行機雲が中々消えない日の次の日は雨が多い」というものを思い出しながら考える。どこの誰かから聞いたかはわすれたが、その人は確かにそう云っていた。

「…っ」

ピタリ。冷たい何かが頬を滑る。そちらを見やればすぐ近くにその漆黒が見えた。いつの間にそんな距離を詰めてきたのか、すぐ隣に座る彼は僕の頬から手を離すと、先刻の僕と同じように空を見上げていた。その横顔は何を思っているのかは分からない。でも随分と穏やかなことだけは分かる。

「……明日は任務ですか?」
「ああ…」

先刻より近くから声が聴こえた。鼓膜を震わすその音が、飛行機雲よりも先にふっと消えていく。なら、彼の心は明日は晴れか?なんてどうでもいいことをぼんやり考えながら、その横顔を見詰めてみた。


「気をつけて。明日はきっと雨です」
「そうなのか」
「はい」
「全く降るようには見えないが…」


真っ青な空。ポツポツと小さな綿あめのような雲がほんの僅かに見える。確かにこんないい天気の日に明日は雨だと云われても疑うよなあ。


「本当ですね。でも、天気って突然変わるものですよ?………僕たちと同じように」
「…___い」
「へ?」
「変わらない」


風が吹いて、前髪を揺らしていった。何気なく口から零れた言葉をその声が攫っていく。視線を外して空を見上げた先に飛行機雲は無くなっていた。
ベンチの上に置いていた手に冷たい何かが重なった。ぱちぱち、瞬いてそちらを見やった。また目が合う。

「これからもずっと、変わらない」
「……」

息を呑む。ゴクリ。いつにも増して近い距離に驚いた。何時ぞやの戦闘以来こんな近くに彼がいたことはない。その声は酷く優しい。

「明日が雨だろうと、雪だろうと僕は変わるつもりは無い。明後日も、その先も…」
「……あの、」

何だ、この状況。この人がこんなことを云うなんて。それが酷く驚きだった。心臓がバクバク鳴る。それがどうしてかは分からなかった。

「これからもそこにいろ」
「………は、い」
「……ずっと」
「はい」


ほら、こんな言葉云うなんて。


「……」
「明日はきっと土砂降りですね」
「………ああ、そうだな」


それを最後に真っ青な空をぼんやりと2人で眺めた。重なったままの指から伝う体温がいつもよりも暖かくて、少しだけ笑った。


(わあ、雨が降ってきたよ国木田君!)
(くっ、俺としたことが傘を持ってこなかった)
((…本当に降ってきたなあ))


◇◆◇◆◇◆

リクエストありがとうございます!
私、気づきました。芥川さん、難しすぎる。でもこういう時はなんかほのぼのしてそうだなと勝手に思いながら書きました(笑)
書いてて楽しかったです、凄く。何となく似てる芥川さんと敦くん大好きだ……。

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