間違いだらけの僕の話


僕は中島敦。本名は中島尊と云うのだけれど訳あって敦の方を名乗っている。
まあ察した方はいるだろう。
そう、とある漫画の主人公である。……というかとある漫画の主人公に成り代わった人間である。前世は別の世界で生きていた訳だが生まれ変わったらこの世界にいた。
前世のことを思い出したのもここが漫画の世界だと分かったのもつい最近である。
それは、とある任務で……って僕は一体誰に対してこんな説明をしているのだろうか。
そんなことを思いながら、意識を戻し前を見ればニコニコと笑う人物がある。森鴎外、それがその人の名前だ。
彼はポートマフィアの首領であり、そして僕の上司である。そう、僕はポートマフィアの構成員になってしまった。もう一度云う。ポートマフィアの構成員になってしまっていたのである。原作崩壊もいいところである。
しかし、入ってしまった以上僕にはどうすることも出来ない。

どうしてポートマフィアの構成員になんてなってしまったのだろうと云う後悔を胸に抱きながら現実逃避気味にあの日のことを思い出した。


◇◆◇



僕はあの日、何日も何も食べていない状態だったためか空腹だった。行く宛などないため川辺を彷徨っていた訳だが、それも遂に限界に達し倒れてしまった。虚しくなる腹の音を聴きながらどうすることも出来ず、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
ああ、お茶漬けが食べたいなあ、とはっきりとしない意識の中で孤児院で人の目を盗んで食べたお茶漬けを思い出す。
その事を考えると更にお腹が空いてしまった。

遂には、そうだ!もういっそのこと盗んでしまおう!とまで考える。

自分が生きる為なんだから、とどうにか力を入れて起き上がる。お前に生きている意味などないという心の声を無視して、周りを見回す。

次に通った人から盗もう、と震える声で小さく呟いた。
ブオオン、と音がした。はっと振り返れば、単車(バイク)が一台通り過ぎる。いや、流石にあれから取るのは至難の業……、いや確実に無理だろう。
気を取り直して次!と意気込みまた周りを見回す。

「ん、気配……?」

ぬっと顔を前方に見える川へと移せばその川を流れていく人のようなもの、…否、どうやら人のようである。
慌ててそちらへと近づいて見る。ああ、本当に人間だということを確認して狼狽える。
その人の脚が浮いたり沈んだり、時にはクルクル回りながら流れていくのを呆然としながら見た。

もしかしたら腹が空きすぎて幻覚でもみているのだろうか?

という考えから自分の頬を思いっきり引っ張ってみた。

「…ッ…」

あまりの痛さに思わず涙目になる。
もう少し手加減をして引っ張れば良かった、などと後悔した。
却説、これが夢ではないとすると……、と視線を川へと戻す。
あ、カラスが止まった。死んでるのかな?自殺かな?
なんて考えながら流れていくソレを見つめる。
中島尊として18年を生きてきたが川で流される人を見るのはこれが初めてだった。
これは引っ張り上げた方が良いのだろうか?
でも、水死体を見るのは厭だしなぁ。
よし!見なかったふりだ!そうしようと思いながら立ち篭める罪悪感を抑え地面を見ていれば、何か叫んでいる声がした。
人だ!と思い顔を上げれば対岸で誰かが走っていた。金髪で長身の男の人だ。
彼は流れていく人に何やら云いながら追いかけていってしまった。やっぱり助けた方が良かったのでは、とは思いはしたものの、流れて行った人の姿はもう見えなくなっていた。
もう既にここから原作崩壊していたことに気づくのは暫くあとになる訳で…。後から凄く後悔することになった。

「………はあ」

何だか疲れたとその場に尻餅をつきぼんやりと川を見ていた。もう人からお金などを盗む気も無くなっていた。というかよく考えてみれば、小心者の僕にそんなことなど出来やしないな、と先程までの自分を思い起こし苦笑する。
このまま餓死する運命なのだろうか。ああ、でも僕には生きていたい理由も夢も何も無いんだよなあ。
なら、いっそ死んだ方がマシなのだろうか。
なんて思考が段々と暗い方へと沈んでいく。
ぐうう、とまた力の抜けた音が響いた。

「はあ…」

と、またため息をついてお腹を手で抑えた。
絶対に餓死なんかするものか、と意気込んでいた数日前の自分が何だか羨ましいなんて思いながら近づいてくる「死」というものの恐怖で身震いした。

トン

「……っ!?」

誰かの手が自分の方にトンと乗せられ、飛び上がった。慌ててその手の持ち主を見上げれば、一人の男の人が微笑みながら立っていた。
僕は立ち上がるとその場から2、3歩後ろに下がってその人と距離をとった。

「ああ、すまないね」

驚かせるつもりはなかった、と苦笑するその人とは随分と親しげな笑みを浮かべるが、全くの初対面である。困惑の表情で彼を見つめていればその人が口を開いた。

「最近はここの近くで虎が出ると聞いたもんでね。今は一応昼だけれどこんなところに一人でいるのは危ないと思ったんだ」
「……は、はあ…。って虎っ!?」

そう説明してきたその人の話の中の「虎」という言葉に反応して思わずもう一歩下がれば、足が石に引っかかってしまい、バシャンッという音とともにすぐ後ろの川の中で尻餅をついた。

「おやおや、大丈夫かい?」
「…はい。すいません」

心配して手を差し出してくれたので、素直にそれに甘え謝りながら立ち上がった。
あーあ、濡らしてしまったなあ、と忌々しげに自分の着ている襤褸(ぼろ)を見遣る。まあ元から薄汚れているし、寧ろ今の僕にはこれくらいの方が善いような気がする。

「君、もしかして虎を知っているのかい?」
「………し、知らないですっ」
「あれ?そんなのかい?君はよく知ってると思った」
「よく、知ってる?」


ドクン、心臓がなって何かが頭に思い浮かぶ。ぐちゃぐちゃの倉庫、轟く振動、云うことの聞かない身体__。

ああ、思い出した。
そうだった。そうだった、僕が____、

「……知らないかい?」
「…………いいえ」
「……」
「知ってます。………僕がその虎です」

声を震わせながらそう呟く。そして目の前のその人をそっと見据えた。

「あれ?そうなのかい?ふーん。それはいいね。私は森鴎外。君、ポートマフィアに興味は?」
「…え?」


◇◆◇



そんな訳で色々と流された結果、僕はポートマフィアに入った。やらかした。そう思いはしたが今更な気がする。何たって前世の記憶が戻る前から僕はここにいた訳で、気づいた瞬間崩れ落ちそうになったが生憎任務中でしかも大勢の敵の前だったので無理だった。お陰で混乱し過ぎてやけくそになりながら敵を倒したらそれはもう凄かったなと色んな人に褒められてしまった。解せぬ。
嬉しいような悲しいような気持ちでは合ったがなってしまった以上致し方ない。
もう全力でポートマフィアをしようと決意した瞬間だった。

閑話休題、僕は今日何故首領(ボス)に呼ばれたのだろうか。
もしかして僕は何かしてしまったのだろうか、と云う不安に駆られながら首領のいる部屋まできた。
ニコニコとは笑ってはいるがその目は笑っていない。それが恐ろしくて震えそうになるがそれを何とか抑えた。

「中島君」
「は、はいっ!」

今までの沈黙を破るように発された声に僕は慌てて返事をする。若干声が裏返った気がするがきっときのせいだ、そう願いたい。

「そんなに緊張する必要はないよ」
「は、はい」

首領は苦笑しながら僕にそう云うのだが、返事だけは出来ても身体は云うことを聞かない。むしろ肩が先程よりも上がってしまった。
それを見て、また苦笑した首領は僕に書類を手渡した。
それを見るのだが何処から見たらいいのか分からず視線を彷徨わせる。
まるで履歴書のようなそれには自分の名前が書いてあるのが分かった。

「あの…これは……、な、70、億!?」

なんですか、と言おうとしたが口を噤んだ。
大きく70億と書かれているそれに、まるで頭を強く打ち付けられたかのような衝撃が走った。

「中島敦くん。君に70億の懸賞金がかけられていてね」
「懸賞金…ですか?なんで僕なんかに…」
「…ふむ、一応聞くが心当たりは?」
「全くないです」

何だっけ?確かこれ重要な話に繋がるんじゃなかったか。いや、でも何も思い出せない。前世のことを引っ張りだそうとするが、思い浮かぶことといえば白い鯨が出てきたような、出てこなかったような。

「しかしどうしようか。直接これが届いたということはここにいるのが分かって出しているのか。それともポートマフィアがヨコハマに精通していることを知って探し出すのに利用されているのか」
「……」

うーん、と云いながらぶつぶつと何やら呟いている首領は、どうしたらいいか分からず困っている僕のことを捉えるとニコリと笑った。

「まあ差し出しはしないさ」
「え?でも…」
「だってよく見ておくれよ。この紙に書いてある名前は中島敦、そして性別は男だ」
「は、はあ」

それが一体…?

「しかしここに中島敦、なんて云う男はいない。ここにいるのは中島尊ちゃんと云う女の子だからね」
「…え?」
「あれ?違ったかい?」
「い、いえ合ってます」

確かにそうだ。ここに書いてあるのは中島敦、そして性別は男。原作ならば確かにそうだが、この世界の僕はほぼ男装している状態ではあるが名前も違えば性別も違う。という捉え方ができる。

「だから安心したまえ。とりあえず云っておこうと思っただけなんだ」
「…は、はあ。ありがとうございます」
「うんうん。…あ、そうだ」
「…?」
「そういう事だから今度から男装禁止でお願いするよ」
「…え?」
「あと、名前は敦って名乗らないで尊って名乗ってね」
「……え?」
「あと、今度から定期的にエリスちゃんと遊んであげてね」
「………え?」


◇◆◇



「なんてことがあってですね。いやあ、笑えますよね僕なんかに70億とか」
「……はあ!?いや、笑えねェから」

部屋へと戻る途中に出くわした中原さんに先程のことを云えば彼は目を一瞬見開かせ僕の肩をガッチリ掴んだ。
いや、あの力強いですなんて云える訳もなく、悲鳴を上げている肩がぷるぷると震える。そんな僕のことなどつゆ知らず彼は根掘り葉掘り聞こうとするが、何故そのようなことになったのか分からないのだと首を降るしかなかった。

「はあ…」
「あはは……」

ため息をついた彼の隣で僕は解放された肩を擦りながら苦笑する。

「つまり今度から普通に女として生きろッて云われたッてことだろ?」
「そうなりますね」
「ふーん、まあいいじゃねェか」
「そうですかね?」

何が良いのかは分からないが、中原さんがそういうのなら良いのかもしれない。
中島敦、改め中島尊としてポートマフィアで頑張るしかないってことだけはとりあえず分かったからね。

((あれ?でも組合って人達が来襲しないっけ?))
((まさかポートマフィアに来る…!?))
(あ?急に冷や汗かいてどうしたンだ?)

◇◆◇◆◇◆
リクエストありがとうございます!これがうちのポートマフィアバージョンの敦君成主ちゃんです。原作通り組合は多分探偵社の方に来襲します。そしてお互いに困惑しながら微妙に原作沿いで進んで行く感じだと思われます。てか、森さんは本当にどうにかしてくれそう。意外と。てか、うちの敦ちゃん(見た目幼い)は森さん的にどうなのだろう。

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