いつかの思い出がからっぽになるまで


___ザァー、…ザッ___ザッ………

それは砂嵐のような音を立てながら、深く深く私の心を抉っていった。


ガバッ

「……っ!!」

慌てて飛び起きた。
心臓がきゅうっと締め付けられたかのように痛み、息が詰まる。冷や汗が気持ち悪い、寒さなんてないのにゾクリとたった鳥肌を擦る。
暫くしてから、ここが何処かを認識し、寝る前までの記憶を脳から受け取り、咀嚼しながら自分の震える肩を抱き、乱れてしまった息をゆっくり整える。
そして大丈夫だ、あれは夢だったのだと暫くの間只管にそれだけを自分に云い聞かせ落ち着く。


その行為が昔から私が行ってきた"一連の流れ"である。


幼い頃から特に意味もなく見続けてきた夢があった。
いつも<誰か>が私の目の前で死んでしまうのだ。
初めは本当に何なのだろうか、とこの悪夢に対して疑問に思っていたし、それと同時に最悪な寝起きになってしまうため苛立ちさえ覚えていた。
あれから幾年も経ったというのにこの夢は相変わらず私に付いて回る。それはもう影のように。執拗いったらありゃしないと一体どれだけぼやいたことか。

幼い頃は<見知らぬ誰か>だったその人はいつだってぼんやりと輪郭が曖昧だった。しかし、何年も見続けているうちにそれが誰だかはっきりと分かるようになった。

その人が自分の友人だということに気が付いたのはつい最近のことである。

今までは姿が何となくぼやけていて誰だか認識が出来なかった筈なのに、その日は迚(とて)も鮮明にそして残酷に私に夢を見させた。
あの滑稽だった悪夢はその日から本物の悪夢になったわけで…__


「…なあ、太宰 」
「なんだい?織田作」
「顔色が悪いが…」
「……ああ、問題ないよ」


最近は彼に会うとどうしてもあの夢がチラつき気が気じゃない。このように彼との会話に集中出来ず、無意識のうちにぼんやりとしてしまう。"最悪"を考えていた為か彼から見れば、私の顔色は相当酷いものだったのだろう。
心配そうに此方を見やる彼の表情はいつになく真剣だった。それに問題ないと首を振り、悪気はないのだろうけど私のその醜い顔を映した水面を掻き消すように、コップに入っているものを飲み干す勢いで呷(あお)った。


この世には正夢という何とも可笑しいが全く笑えない夢がある。彼の異能力と少し似ているそれは時に私たちに残酷なものを見せてしまう。
もしこれがだ。もし、もし本物の正夢だったとしたら私はどうすればいいのか。
彼は大切な友人で…、それでいて……と氷が溶けて音を鳴らすコップを見つめる。透き通るそれを目に映したあと目を閉じた。


___…いや彼はただの大切な友人だ。


だから夢のように死なせるわけにはいかない。
今日は急用で安吾は居ないけれど、次もそのまた次
も3人で集まって一緒にくだらない話に花を咲かせて談笑したいのだ。

「……っ」

ズキリと頭が痛んだ。思わず目を細めながら頭を軽く抑える。最近こういうことがよくあるため、またかと思いながら痛みが沈むことをぼんやりと祈った。

「本当に大丈夫なのか?」
「…嗚呼。…うん、問題ない」

私の顔を覗き込んで心配そうな表情のままそう問うた彼に先程と同じように応える。
ほら、そんな顔しないでおくれよ。君にそんな顔は似合わない。いつものように笑っていてくれれば、私はそれで、それで………。


「今日はもう終わりにするか。次は3人で飲むとしよう」
「………そうだね」


それ迄には体調を整えておけ、と相変わらず私が体調を崩していると思っている彼はそう続ける。確かにこれは傍から見ればそのように思われるのかもしれない。ただ友人が死んでしまうと云う悪夢に魘されているだけなのに。現実に起こるなんて云う保証はどこにもない不確かな曖昧模糊というものが良く似合う「それ」なのに。

しかし、その「ただ」が本当にそれだけなのだと信じられない自分がいるのだ。まるでそれは本当に現実になるぞ、と云わんばかりにギュッと強く強く胸を締め付ける。可笑しい。何が可笑しいって?……それは幾らか自分の中に答えはある。しかし、言葉にしようとすると何とも形容しがたいものだ。結局あたりをぼんやりと彷徨いすっと音もなく消し去っていくだけだ。



「……おっと」
「…あ、嗚呼。済まないね」


気がつけば店を出ていた。気がつけばいつもの見慣れた、けれども何処と無く見慣れない歓楽街が視界に入っていた。夜だと云うのに明かりの眩しいそれらに無意識に目を細める。物思いに耽けっているうちに、織田作に連れ出されたようだ。彼は何故か「はあ…」と此方に聴こえるくらいに大きなため息をついた。何だ?と高いところにある彼を見上げる。

私の腕に何か"あたたかいもの"が触れる。遠慮なんてものはなくガシリと掴まれたそれは力強かったが痛くは無かったし、あの夢に悩まされる私にとって彼がちゃんとそこにいるという確かな証明になった。

「どうしたんだい?急に」
「何処かの誰かさんがふらっと迷子になってしまうような気がしてな」

何故だか、その言葉にドキリとした。別に図星なんか突かれちゃあいないのに。

「そう。それは済まないね。しかし私も子供ではないんだ。流石にはぐれたりはしないさ」
「……それもそうだ、と云いたいところだがそれはどうだろうか?」
「どういう意味だい?」
「さあな」

彼が一体何を云いたいのかが分からない。それに腕を掴まれるのは何だか違う気がした。その手を離そうとすれば案外すぐに離れた。いや、でも次は何だか物足りない。と私から彼のその大きな手のひらを握った。


「何だ、どうした?」


次は彼からそう問うてきた。意外だったのか少し目を見開いてこちらを見やる。その表情が面白くてつい笑ってしまった。


「何処かの誰かさんが何処か遠くへ行ってしまう気がしてね」
「そうか。それは済まないな。しかし俺は何処かの誰かさんと違ってふらふらと頼り無さげに歩いていたつもりはないんだがな」

お互いにお互いのことを"何処か誰かさん"なんて云い合い、何が楽しいのか皮肉混じりに言葉を交わす。

「……そう。君から私はそんな風に視えたのかい?」
「どうだろうな…」
「……ふうん」

なんだ随分と曖昧に云ってくれる。
顔に出る笑みとは反対に、何故だかこの胸のざわつきは収まってくれそうにない。先程から嫌に違和感を主張してくるそれは一体なんの感情なのか。焦燥、諦観、無意味、期待、いや、もしかしたら…なんてね?

夜だと云うのに人の多い歓楽街はまだまだ続く。自分もそこを只管往来するものになって、ただただ歩く。
見慣れた、けれど何処か見慣れない歓楽街は相変わらず少しだけ居心地が悪い。
なんて考えながら、ぼんやりと色とりどりの光に照らされる世界を眺めていたが、ふと何となくここから切り離されたくって目を瞑る。そしてすぐに目を開けた。矢張り何も変わらない。ギュッと握る手に力を込めた。
まあ、こんな動作1つで世界が変わるのならば、あんな夢で己を左右されることなどないし、こんなねじ曲がった自分など生まれちゃあいない。

物寂しくなって、いつか彼がしたように「はあ…」と出来るだけ大袈裟に大きくため息をひとつ零した。「幸せが逃げるぞ?」なんて無駄に綺麗な笑みを浮かべるもんだから腹が立つ。「お互い様だよ」そう皮肉混じりに応えれば、笑みを1層深くした織田作は「そうだなあ」なんて気の抜けた返事を返してきた。それに何が可笑しいのか分からないが、ついつい笑ってしまう。


ああ、本当にイビツだ、歪だ。
この世界も彼も私もあの夢も全て歪んでいて、何が本当なのかも分からない。なんてなんてつまらないんだろう。なんてなんて魅力的なんだろう。


まあ今はそんなことどうだっていいか。確かに今、この掌にはあたたかさが合って、そしてこの冷めきった心にも吐き気がするほど甘いぬくもりがある。これがあれば十分だ。これだけあればまだ大丈夫だ。根拠はないがそうふと思った。

そんなことを考えながら、ゆったりと時にふらふらと覚束無くでも確かに、煌びやかな街の中を2人で歩いた。1歩1歩その見えない足跡を軌跡を残すように、遺すように明かりと暗闇の中を縫って歩いていった。


私がこの空虚な世界でその現実に衝突するまで、あと___。


◇◆◇◆◇◆◇
リクエスト本当にありがとうございました!
少し仄暗い感じで書きたかったんです。
このお話では太宰成り代わり主は前世でアニメ全てを見ていた設定です。彼女の見ている悪夢はいわゆる前世で見たアニメの映像のことです。
明確に前世で見ていたという文は出てきませんが一応裏設定はそんな感じ。

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