僕と君とで意味を作ろう


にゃー

そう鳴きながら、足元に擦り寄ってくる真っ白い子猫の背中を屈んでゆっくりと撫でてやれば、気持ちよさそうに目を細める。

「〜っ」

それが堪らなく可愛くて、思わず顔を綻ばせながら自分の上で先程から行われている言い争い(乏しあい?)みたいなのを視界から投げ出し、完全に無視し猫との世界に没頭することにした。

ただ抱き抱えて上げたかったが僕の片手はとある人と繋がれているため、そこは大目に見てほしいと心の中で子猫に謝罪する。


「手前ェ、毎度毎度何処から湧いて出てくンだよ」
「…うふふ、気になるかい?」
「全然。さッさと消えろよ」
「いいよ、敦くんも一緒にだけど」
「ああ!?」
「おお、怖い怖い…」

上からそんな会話が聞こえてきて、上を見上げれば恐ろしい程に笑顔の太宰さんと目が合った。
彼は僕と中也さんの繋いでいる手に向かって、自らの手を手刀のような形をして、「はい、ちょっきん」とか何とか云いながら離そうとしてくる。
それに対抗してなのか僕の手を握る中也さんの力が強くなった。
痛い、と心の中で悲鳴を上げながらもどうすることも出来ないので、不思議そうに僕を見ている猫に苦笑を返すことしかできなかった。


「…痛い」

この謎の攻防が何時まで経っても終わりそうも無かったので僕の手はもう限界である。ついつい声に出てしまった言葉を聞いて中也さんが僕の手を握る力を少しだけ緩めた。
すると、目敏くそれに気付いた太宰さんは好機(チャンス)とばかりに笑みを浮かべて、更に攻撃しようとしてくる。
しかし、中也さんがサッと僕の手を引きながら数歩下がったため、僕も引っ張られながらそれに従う。
その様子を見て太宰さんはちぇっと舌打ちをして詰まらなさそうな表情を浮かべた。


「手前ェ、いい加減にしろよ」
「えー」

怒気を含んだ声音で太宰さんに向けてそう云う中也さん。それに驚いて、子猫はどこかへと逃げていってしまった。しかし、太宰さんはそれに動じることなくまたニコニコと笑みを貼り付ける。


「そういえば太宰さん。仕事はいいんですか?」


今日は確か何かの依頼を請け負っていた気がするんだけどなあ、と思いながらそう尋ねれば彼はああ、と云って曖昧に笑った。

「全然問題ないよー」
「問題、大有り、だ!…大莫迦者がァ!!」
「げっ、国木田君…」

問題ない、と云いながら腰に手を当てうんうんと頷く太宰。
その後ろの方から凄い勢いで走ってきた国木田さんが眉を吊り上げ、鬼のような形相でゼェゼェと息を切らしながら太宰を叱りつける。
それを厭そうな顔をしながら見る太宰さんを見て更に国木田さんの声が大きくなった。
僕の後ろでは中也さんが、「そンなやつさッさと連れてッてくれ」と小声で呟いていたため思わず苦笑を零した。


「依頼があるからあれ程駅前に10時に集合だと云っただろう!」

もう既に10分も損したぞ!と怒る国木田さんによく10分でこの人を見つけたなと寧ろ感心した。

「えー、だって電車の時間まであと11分あるし、敦くんが中也といるの気に食わないし」
「それでも集合時間は守るべきだ!それにこいつは非番なのだから良いだろう」

国木田さんのもっともな発言に詰まらなさそうに口を尖らせ何やらブツブツと云っている。

「兎に角だ。急がねばこの時間帯は乗客が多い。行くぞ!」
「うわ、引っ張らないでくれ給え。」

サッと時計を確認した国木田さんは、太宰さんの外套を掴むと早足で歩き出す。それに若干体制を崩しながらも引っ張られる太宰さんは観念したようにれに大人しく従う。そして最後にこちらをチラリと振り向いたのを見て、中也さんがハッ鼻を鳴らして笑った。



「手前も大変だな」
「…あはは」

若干疲れた声音でそう云われ、笑うことしか出来なかった。それでも楽しいです、と云おうとしたがそれは心の中だけにしておく。そういう話をすると中也さんは決まって悲しそうな表情をするからだ。


「さてと、今日は何をする?」
「…うーん、どうします?」

質問を質問で返してしまったが、まあ致し方ない。お互いが非番だということを知ったのはつい昨日のことで、真逆休みが被るだなんて思ってもいなかったのだ。だから何の計画も立てていないため、今日の過ごし方から考えることになった。

「取り敢えず家来るか?」
「え、あ、はい」

突然のその発言に少し驚きながらもブンブンと頭を縦に振れば笑われた。顔にぶわっと熱が集まり思わず顔を両手で押さえた。これ、どうすればいいんだ??と悩んでみるがどうにもならない。あー、堪らなく恥ずかしい。


「今日ゆッくりしようぜ。」
「はい」
「横腹怪我してンだろ?」
「っ!?…な、なんで知って…るんですか」

確かに先日の依頼の時に不意をつかれ、敵のとある異能力が当たって怪我してしまったそこのことは、まだ誰にも何も云ってないし、そんな素振りも見せないように気をつけていたのに…。

「先刻太宰に耳打ちされた」
「…え」

気怠げにそう呟く中也さんの言葉に驚いた。どうやら太宰さんは気付いているらしい。誤魔化せていなかったかとがっくりと肩を落とした。

「まあ、あいつのあの云い方だと他の奴等も気付いてるみたいだけどな…」
「…えっ、そうなんですか?」

太宰さんはあんな人だけど周りをよく見ているし、カンも鋭いから致し方ない。乱歩さんにはとっくに気づかれていそうだけど、他の方にも気付かれているのか…。と更に更に肩を落とす僕の頭を中也さんがポンと軽く叩いた。

「まあ、誤魔化すの下手そうだしな」
「あはは、否定はしません」

確かに演技だの誤魔化すだの嘘つくだのと云ったことはあまり得意ではない。どうしても表情や行動に出てしまうのだ。まあ、これは前世の自分もそういう人間だったから今更変わることはきっと難しいだろうな、と心の中で苦笑した。


「まあ兎に角、家に行くか」
「…はい」

腕を引かれたのでそれに素直に流される。ちゃっかり僕の歩幅に合わせて歩いてくれる中也さんに嬉しく思いながら、自分より高い彼を見上げた。
太陽にキラキラと光り輝く髪が綺麗だ。拘っているらしい帽子もよく似合っている。
自分なんかがこんな眩しくて温かい人の隣に居てもいいのだろうか。それは何時も頭の中を過ぎる考えだ。前にそう云った感じのことを尋ねてみれば、手前は莫迦か、と笑われた。優しく優しく笑われた。
今までそう云った経験が無かったためか、何かが僕の奥の奥の方を震わせる。
なんだかむず痒くて、照れくさかったな。
真逆こんなことになるなんて、ついこの前までは想像すらしていなかった。


「…い、おい!」
「…はひ、…うわっ…」

呼ばれているのに気付いて、返事をしようとしたら噛んだ。恥ずかしい。
そして、おまけとばかりに段差に思いっきり躓いた。それを咄嗟に中也さんが支えてくれる。

「前見ねェと躓くッていう前に躓くとか手前…」
「え、…あ、ありがとうございますっ!」

呆れたようにそう云われた。と、取り敢えずお礼を云おうと思いそう云えば、「おう」という言葉が返ってくる。

「全く気をつけろよ」
「はい」

はあ、とため息つきでそう云われ、気をつけますと頷く。それを確認した中也さんはまた歩き出したので、僕も腕をひかれるまま着いていく。
忙しなく人が入り乱れる大通りを抜け、少しだけ傾斜のある坂道を上りそして曲がり角を曲がったり、信号を渡ったり……。


その道を歩きながら僕は考えた。
時々中也さんと雑談をしながら色々なことを考えた。
そういえば原作の僕は男なのだから中也さんとこんな仲になることはきっとないだろうなということ。
また中也さんの作る料理は美味しいから食べたいとか、この道の桜は綺麗だと聞くから見てみたいとか、こんな幸せが長く続けばいいのになどということまでかんがえた。



中也さんの住むマンションに着いた。
それなりに家賃の高そうなそこに帰ることはそんなに多くはないそうだ。まあ、仕事も仕事だしなあと思いながら彼のあとに続く。ここに来たのは今日が2回目だ。矢張り慣れないためか緊張する、凄く。
中也さんの部屋の前まで着くと彼は鍵を取り出し、それを使ってロックを開けた。そしてドアノブに手を掛けて開けると僕に先に入るように云われたので、それに頷いてお邪魔しますという言葉と共に中に入った。


「うわっ」

矢張り広いなと部屋を見回しながら考える。落ち着いた色で統一されていてなんだか凄く落ち着くな、なんてしみじみと思いながらその場に立ち尽くしていれば、突然背後にいた中也さんに横抱きにされた。

「…っ!…ちょっ…!?」

え?え?と混乱しているうちにリビングの方へと進んでいく。そして黒のソファに僕を座らせると、彼は僕の前で膝立ちになる。

「あの、中也さん…?」
「……」

突然のことだったので一体どうしたのだろう、と思いながら尋ねるが一向に返事は帰ってこない。
彼の視線は僕の脇腹を捉えてた。そう、丁度怪我した方の。
中也さんは突然、なんの遠慮もなく僕の服を捲る。


「え、何するんですかっ」
「……はあ」

流石にこれは、と思い羞恥に襲われながらもそう声を上げるが全く動じない中也さんは、雑に巻かれた包帯に隠されているそこを見ながら溜息をついた。少しくらい何か云ってくれたらいいのに。

「ただのかすり傷ですよ」
「…そうか?」
「…っ、いたっ!何するんですか!?」

突然、傷口を押してくるから思わず悲鳴に似た声で痛みを訴える。それを聞いて更に溜息を深くした。


「何処がかすり傷なンだ?」
「いや、本当にかすり傷なんです!つつかれたら痛いに決まってるじゃないですか」

そう抗議すれば、彼は僕の服を捲るのを止めて隣に腰掛ける。シーンと部屋が静まり返っているため、何だか凄く気まずくなってぼんやりと目の前にある本棚を見る。案外読書家なのか分厚くて難しそうな本が並んでいた。


「あンまり無茶はすンなよ」
「……その言葉には頷けません」
「下手したら死ンじまうぞ」
「それはお互い様ですよ」
「…それもそうだな」

お互いこんな仕事に就いているのだからまあ仕方ないだろう。少しのことで命を落としかねないということは身に染みて分かっているつもりだ。今まで何回も死ぬかもしれないという状況に陥ってきたのだから。だから、寧ろこうやってのんびりとできる日々があることは、きっときっと凄く幸せなことなのだろう。なんて、考えてみたり。

「でもあンまり怪我して欲しくねェな」
「…はは、難しいこと云いますね」

そう云いながら何となく自分の手を見た。そこにはいつ出来たのかは忘れたが幾つかの小さな傷跡がある。少し時間も経っているので薄くはなっているが、一応女としてこれはどうなんだろうか…なんて思ってしまう。今更のことだが。それに同じような傷は体のあちこちにあるし、中には孤児院にいた時に出来たものもあるしなあ。
そんなことをぼんやりと考えていれば、僕の手に中也さんの手が重ねられた。大きなその手には僕と同じように小さな傷があった。


「温かいですね」
「尊は冷てェな」
「…冷え症です」

久しぶりに呼ばれた本当の名前に少し驚きながらもそう返す。何だか彼に呼ばれると心が温かいものに包まれたような気持ちになる。まあ、恥ずかしくてそんなことは云えないけれど…。

「なあ」
「はい…?」
「もし、俺が探偵社を辞めろと云ったらどうする?」
「…辞めませんよ」
「…だからもしもだッて云ッてンだろ」

顔を上げて彼の表情を見れば、その目が彼の言葉の真剣さを物語っていた。辞めろと云われてもなあ…。所謂自宅警備員などと云う者にはあまりなりたくないし、それに探偵社での仕事はきついことも嫌なこともあるにはあるが、楽しいし。
あと仕事を見つけられる自信が全くない。

「うーん、暫く無視します」
「うわ…中々傷つくやつだな、それは」

結局そういう答えに辿り着けば、苦笑を零す中也さん。まあ半分冗談なので気にしないで頂けると有難い。

「…じゃあ、もしも」
「はい」
「俺に手前を殺せという依頼が来たら?」
「……そうですね」

ああ、そうだった。そう彼の言葉を聞いて思い出した。彼はポートマフィアで僕は武装探偵社。その事を改めて思い出すと何だか悲しい。
時には共闘するときもあるが、時には敵対することもあるのだ。そしてその敵対している時に殺し合わなければならないかもしれない。これはあくまで可能性の話ではあるが、決して決して有り得ない話ではないのだ。

でも、それでも…。

「そんなの決まってるじゃないですか」
「……」
「全力で殺しに来てくださいよ。勿論僕も全力で対抗しますから」
「…っ」

ただそう云って彼に向かって笑いかければ、驚いたように目を見開いた。
素っ頓狂なその顔が何だか面白い。暫く固まっていた中也さんはほんの一瞬だけ悲しげに目を細めたが、すぐにそれを消してニヤリと笑った。

「それもそうだな」
「ええ。…ああ、でも」
「あ?」
「今日みたいな日はお互い全部忘れてゆっくりしましょう」
「ああ、そうだな」

たったそれだけだったとしても、それはそれで僕は良いや、なんて…。
そんな風に思ってしまえる自分は矢張り単純なのだろうか。例え明日殺されそうになってもその後には今日のように笑い合う、なんてそんなことが簡単に出来るはずはないことは厭でも分かっているつもりだ。


それでも、それでも……。

そこまで考えて、中也さんに笑いかけた。すると彼は本当に本当に僕の心が溶けそうなくらい優しく笑って、ぎゅっと抱きしめてくれた。
それに少し驚き、どうすればいいんだ??と悩んだ結果、彼のその大きな背中に腕を回す。
すると更に更に抱き締めてくる力が強くなって、心が何だか擽ったい。
それに照れながら一旦離れて彼の顔を見上げた。思ったよりも近くにその顔があって思わず後ろに後退ろうとするが、ソファの肘掛け部分が背中に当たりそれは断念せざるを得ない。
段々近づいてくるその顔があまりにも輝いて見えて、ゆっくりと目を瞑った。頬に優しく手を添えられた。

「…っ」

次の瞬間には唇に温かいものが触れる。噛み付くような勢いのそれにたじろぎそうになるも、矢張り肘掛け部分が邪魔をして無理だった。
顔が離れればまたお互いの顔を見つめあって、笑い合った。

ああ、やっぱり僕はこれだけでいいや。


(たったそれだけだったとしても)
(きっと僕はそれだけで十分なんだ)


◇◆◇◆◇◆

リクエストありがとうございます。
こんな感じで大丈夫ですかね…!?
切なくて甘いものというのを初めて書いたので、拙い文章になってしまって申し訳ございません。書いてて楽しかったです。本当にありがとうございました。

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