■ ■ ■

「…うわ」

びっくりした。
はっと意識を戻せば、目の前にあるのは三日月さんの何というかもう言葉では言い表せないくらい綺麗な顔。誰だってこんな綺麗な顔にすぐ近くで覗き込まれてたら絶対に驚くだろう。実際、私は驚いた。心臓がバクバクと鳴っている。

すぐに思考を転換し、つい先程まで自分が見ていたアレは夢か何かだったのだろうか…と考える。何だか酷く恐ろしく、そして悲しいものを見た。はぁ、と小さく息を吐くと俯いて、いつの間にか目に溜まっていたらしい涙をさっと拭いた。


「…小僧」
「はひっ、あ、はいっ!」

……うわあ、めっちゃ変な声が出た…。顔に集まる熱を無視して顔を上げる。そういえば、なんでまたこんな至近距離に彼はいるのだろう…。
はっ、まさかまた話を聞いてなかったとか…。それに怒ったか呆れたかで三日月さんが私の目の前に来たとか…。

それはやばいっ!

もしかしたら刀でスパーンとかグサッとかってされるかもしれない…!
そんな想像をする。それは嫌だ。まだ私は生きていたいのだ。
それに死因が人(てか刀だけど)の話を聞かなかったせいで殺されるとか笑えない…。いやむしろ一周回って笑えるかもしれない。
あはは、それを考えると笑えてきた。笑えてきたのは怖すぎて頭のネジがぶっ飛んで行ったのかもしれないけど…。と、自分の頭の中を巡る恐ろしい連想のためか色々と脱線し、現実を逃避しようとする思考を落ち着かせる。今そんなことを考えても、この状況はひっくり返らないのだから。

さて本当にこの状況をどうしようか…。まずは色々な誤解を解かなければ行けない気がする。多分、昨日の夜について話せばいいのかな?
えっと…、何て言えばいいんだ?と頭の中で端的に整理する。

寝ていたはずなのに目を覚ましたらいつの間にか外にいた。何故か勝手に足が動いて池の中に入ったら、幽霊みたいに透けた今両隣に座ってる男の子達が出てきた。それで池の中を指さしたから探るとバラバラの刀が出てきてそれを集めたら急に自分と彼らが光ったそれで目を覚ましたら男の子達が一緒に寝ていた。

一応纏めてはみたがこんな感じだろうか?突拍子のない話の連続である。そんなこと言っても信じてもらえるかな?
絶対お前ふざけてるな!って怒らせて、グサッだよ。
じゃあもう1回「分かりません」って言おうか?
いやでもそれだとさ、話を聞いても無駄だなってスパーンってされるわ。

「……」

…あれ?結局何しても私、殺されない?色々と考えを巡らせて行き着く答えに冷や汗が出た。
え?やだよやだよ…!どどどどうすればっ!
……土下座込みでやれば、大丈夫かな?いやでも何に対して土下座してるのかよく分からないよね。

何か策はないのか、と考えるが特に浮かばない。
誰か助けて欲しい…なんて願ってもこの本丸に私の味方なんていないだろう。
むしろバリバリ敵対心持ってる人達の集まりだ。
思わずはぁ、とため息つきそうになるが不審な目で見られたくないのでまたゴクリと呑み込んだ。

その時、

「…ちょっといいか」

低めの声が静かな部屋に響いた。口を開いたのは、黒髪の男の子だ。皆の視線が彼に集まる。


「や、薬研…」

一期一振さんが小さな声で呟いたのが聞こえた。黒髪の彼は薬研くんというのか。あ、そういえば先程のあの夢のような現象のときもそう呼ばれていた気がする。なんて考えながら、一体どうしたのだろうと私も彼へと視線を移した。

「俺っちと今剣はこの審神者に鍛刀されたわけでも政府から持ってこられた訳でもない」
「そうですよ!」
「薬研、今剣…」

そう一息に言った薬研くんの言葉にうんうんと何度も頷く銀髪の子は今剣くんね。うん、彼も確かにそう呼ばれていたっけ。

「俺っちたちは元からここに鍛刀された刀さ。随分昔に折られて池に捨てられたがな」
「い、池に…!」

薬研くんの言葉に反応したのは五虎退くんだった。目を見開いて彼らを見つめている。その表情はとても驚いていて、しかも今にも泣きそうだった。

「よぉ、五虎退」
「またあえましたねっ」

薬研くんと今剣くんは彼にニコリと微笑んでみせた。
それを見てついに泣き出してしまった五虎退くん。その背中や頭をオロオロとしながら周りの刀達が撫でている。薬研くんと今剣くんは立ち上がって、五虎退くんに近寄り何やら言っていた。それのせいで更に泣き出す五虎退くん。それに周りの彼らは苦笑しながら慰めていた。
私の前にいた三日月さんもそちらへと近寄り、笑いながら語りかけている。


「……」

少しだけ和んだこの空間の中で、1人ゴクリと息を呑んで彼らの方を呆然と見つめた。頭の中が妙に冷えきっていくような感覚がした。聞こえてくる彼らの話からは先ほどの夢のようなものと共通する言葉がちらほら聞こえてくる。頭の中では、パズルのピースが埋まるように何かが繋がった。
もしかしたら先程の夢のようなもので起きていた出来事は本当にあったのではないか、と。それを考えると途端に怖くなってしまう。

1人だけこの世界から切り離された気分だ。明らかな温度差に、彼らから視線を移し斜め下の畳の目を見つめる。


「人の子よ」

誰かが私を呼んだ。顔を上げれば、今の今まで再会を喜んでいた刀達の視線が丁度私のことを捉える。

「どのようにして、この"折れたはず"の2振りを顕現させた」
「……」

どのように…?思わず首を傾げる。そして直ぐに思考する。
そんなことを問われても私には分からない。確かに昨夜は幽霊のような彼らと出会ったが何もしていないのだ。強いて言うなら折れた彼らを拾い集めただけ。他にはそのあと強い光が私達を包んで…、目を覚ましたら同じ布団で寝ていた。と再度そのことを考える。

「……」

やはり何もしていない、はずた。むしろどうしてこの状況になったのかを私が聞きたいくらいだ。私はただ首を横に振ることしか出来なかった。そしてその言葉を紡ぐことしかできなかった。

「分かりません」

シーンと部屋の中が静まってしまい、とても居心地が悪かった。少しだけ視線を上げれば何振りかの刀が私のことを睨んでいる。震えそうになる体を抑えるために彼らに気づかれないように手のひらを握りしめた。
ピリッと痛みが走り、そういえば手のひらを怪我をしていたということを思い出した。


「そう睨まないでやってくれ」
「そうですよ!このかたは、いのちのおんじんなんです!」
「…でもよぉ」
「……おこりますよ」
「す、すまねえ!」

そんな会話が聞こえてきた。はっと驚いてそちらを見ればこちらを睨みつけていた刀のうちの1振りに向かってムッと頬を膨らませている今剣くん。その後ろの薬研くんも他の人に色々説明している。


「みかづき、そのひとはいいひとですよ」
「ああ、それは俺っちたちが保証する」
「…ふむ」


私が呆然としている間に二人が三日月さんに対してそう言った。二人の言葉を聞いて三日月さんの視線がこちらを捉えた。何やら考えているようだ。


「……さて、どうしたものか」

鋭いその目はまるで品定めをしているようである。一瞬だけ息をするのを忘れてしまいそうになった。それ程の何かが私のことを貫いていったような気がする。



「みかづき」

また、三日月さんのことを今剣くんが呼んだ。三日月さんを見つめるその瞳は何かを訴えているようだ。


「小僧」
「…はい」

次は何を言われるのだろうか、と怯えながら返事をした。やはり帰れと言われてしまうのだろうか。それとも、二人に妙なことでもしたのかと問い詰められ殺されてしまうのだろうか。そんな嫌な予想しか思い付かなかった。


「…この本丸の審神者になってほしい」
「……はあ…、えっ!?」

その言葉に素っ頓狂な声が出た。半ば悲鳴混じりに驚愕する。この人、今何て?


「おい!何言ってんだよ!」
「そうだぞ!」
「三日月、正気か!」


この人は私に"審神者になってほしい"と言ったのか?

はっ、まさか幻聴っ!?というそんな考えが脳裏を過ぎるが彼の周りの刀達の慌てようから今のは幻聴ではないとすぐに振り払った。
数人の刀が立ち上がりこちらを指さして何か言っているが、あまりの驚きに理解することが出来ずただ音が耳に迷い込んでは消えていくだけだ。


「…少し前、政府からとある文が来てな」
「…文だと」
「そろそろ審神者をしっかりと置かねば、この本丸は消されてしまう、とな」
「なっ!」
「それはあいつらが……!」


冷静な三日月さんに対し、抗議の声を上げる刀達。そんな文が政府から出されていたという話は初耳である。ああ、でも。確か説明してくれた女の人がそれらしきことを後から言っていたような気がする。でも妙な言い回しだったんだよなあ。


「何か妙なことをすれば、このような齢10歳前後の幼い人の子などどうにでもできるだろう」
「…それも、そうだが」


…ん?…10歳前後?

誰かが放った言葉に思わず頬が引き攣る。いや、確かに身長は小さいけど、小さいけど!一応、15歳……。
聞こえてきた言葉は、今まで言われたどの言葉よりもグサリと刺さる。あれ?なんだか自分で考えて悲しくなってきたぞ。しょっぱい水が目から落ちてきそうだ、と場違いな方へと思考が傾く。


「ここは1度退くか」
「…そうだな。何かあれば…」

と言った感じで相変わらず私抜きで話が進められていく。どうやらこの本丸の審神者になることはいつの間にか承認されたようだ。ただ、気を緩めることは出来そうにないが。

口を開くタイミングが見つからないため、黙ったまま彼らの様子を伺っていれば意を決したように頷きこちらを向いて正座をした。

え、何この雰囲気。
と、一人だけ戸惑っていれば三日月さんが口を開く。


「主がこの本丸の審神者になることを認めよう」
「…ぁ、はい。ありがとう、ございます…?」

どのように返せばいいか分からず曖昧に返してしまったが、彼らは気にしていないようだ。相変わらず睨んで来る人はいるがその目にはどこか諦めの色があるので、きっと深夜とかに暗殺…とかそういう展開は起こらないかもしれなくもない。いやあってくれるな。


「よかった!あなたならきっと!」
「…え?」

突然、わーいと立ち上がった今剣くんは嬉しそうな表情を浮かべながらそう言うとこちらに物凄いスピードで駆け寄ってきた。

ドン

「…っ…うぐっ!?」

私よりも少し小さいだけであまり変わらない背丈の彼に思いっきり突進、いや抱きつかれ体が後に傾いた。バタン、という大きな音とともに畳にそのまま倒れこむ。…ちょっと背中が痛いかも。

「こら!」
「……おい、今剣!」
「あはは、すいません」
「……は、はあ」

突然の行動に困惑しながらも諌めようとしてくれる刀たち。ニコニコと笑みを浮かべている彼は抱きついたまま、謝罪をしたが全然謝られている気がしない。
あの、退いてもらっても…、とは言いたいが言える雰囲気ではないため身動きをすることが出来なかった。

次々と今剣くんの行動に周りから色々と咎める声が聞こえてくる。

それもそうだ。彼らからすれば私は警戒の対象なわけだしなあ。と思いながら擦り寄ろうとする彼を見上げた。
あれ?何だかちょっと顔がボヤけてる、なあ。と彼の顔を見ながら思う。まるで靄でもかかっているかのように霞んでいた。

彼の後ろの天井もぐるぐると回って……、回って?


「……」
「あれ…?あついですね。だいじょうぶですか?」


何故だか朦朧とし始める意識の中でそんな声を聞いた。大丈夫だと口を開こうとしたが言うことを聞いてくれない。口を開けば熱い息が出ていく。体が鉛みたいに重い。なんて思っているとヒヤリとした丁度よい冷たさが額にあたる。


「どうですか、やげん」
「…凄い熱だな。夜、池に入っちまったからな…」


そんな会話が聞こえてきたのを最後にプツリと意識が途絶えた。


(明日はいい日になるよ)
(そんな言葉をいつの日か言ってみたい)
僕らは明日が怖いんだ
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