■ ■ ■

*:刀剣破壊表現などがあるので注意して下さい


「……。」
「……。」


目の前には私を睨みながら座っている刀達。私の両隣には、私と同じように正座をして座る2人の男の子。
冷や汗をかき、内心ブルブルと震えている私とは対象的に2人は涼しい顔をして座っていた。
さて、この状況はどう打開すれば良いのだろう。なんて考えてみても何も浮かんでこない。

ああ、逃げ出したい。

逃げ出したいのは山々なのだが、この部屋の唯一の出口は目の前の刀達の背中側にあるため逃げ出すことなど出来やしないのだ。

首筋を冷や汗がスっと伝う。重いため息をつきたいのを我慢してゴクリと呑み込んだ。

完全に逃げ道が絶たれた今、まあ逃げ出すのは無理だな、うん。だって逃げる以前に困ったことが一つある。

「…っ」

足がビリビリと痺れてて立てないのだ。
誰か助けろ下さいです……!


◇◆◇



どうしてこうなってしまったのだろう。それは遡ること十数分前。


「ん、もう朝…。」

戸の隙間から入ってくる陽の光がとても眩しくて目が覚めた。取り敢えず起き上がろうとするが何故か起き上がれないことに気づく。

「あれ…、体が重いな…」

寝起きでぼんやりとした思考を引き摺りながら、隣を見れば目の前には綺麗な顔をした男の子の寝顔がある。

どういう事だ?夢か何かか?そう混乱しながら寝返りを打ち反対を見る。

「……」

そちらにも可愛らしい男の子が眠っていた。


「どういうことぉぉお!!」


驚きやら何やらで思わずそう叫んでしまった。私ってこんな大きな声出せたんだ、なんて頭の片隅で自分に驚く。

すると、

「朝早くからうるさいですよ!」
「どうした?小僧!?」


という感じで私の大声を聞きつけた刀達が私の部屋の前へと駆け足で集まってくる。

私の大きな声に驚いて、両隣で寝ていた2人の男の子達も飛び起きた。そのお陰で起き上がれたので、ズサっと音がつきそうなくらい素早く部屋の奥へと後ずさる。そして部屋の前にいるだろう刀達の方と男の子達を口をぽかんと開けたまま交互に見つめた。


「入るぞ」
「え、あ…ちょ…っ」

部屋の外から聞こえてきたその言葉に、ちょっと待ってほしいと言おうとするが、咄嗟に言葉が出ずに止められたなかった。

静かに襖が開いた。
彼らはこの部屋の中を見るなり驚いたような悲しいような表情を浮かべる。その視線の先には2人の男の子。
しかし、彼らから視線をこちらへと向ける彼らの目は凄く怖かった。

え?私は何かしてしまったのだろうか?


「…小僧、これはどういうことだ?」


三日月さんの鋭い眼光が私を射抜いた。
恐ろしさで震えそうになるのを抑え、彼の目を見たあと首を振る。
しかし、不服そうに顔を歪めた彼らに説明を要求された。

こっちだって何が起こってるのか分からない…。そう言いたいが口の中が酷く乾いていた。声を出しづらい。

取り敢えず先程まで使っていた布団もそのままに、彼らの前に3人で正座をした。


「その二振りは勝手に鍛刀したのか?」
「いいえ」

その問いに首を振る。

「政府から持ってきたのか?」
「いいえ」

その問いにもまた首を振った。

「……ではこの2振りは何故ここにいる?」
「…分かりません」

彼の問いにそう返せばぞわりと何かが突き刺さる。
もしかしたらこれが漫画とかでいう殺気とかそういうものなのかもしれない。
心臓が掴まれたような、とまではいかないが悪寒と震え、そして恐怖を感じた。
強がって抑えたいのは山々だが、自然とこのようになってしまうためどうにもならない。

暫くの間、沈黙が続いた。
ただただ静かだった。

本当に逃げ出したい。

そのことだけが頭の中をグルグルと回っている。
しかし、この状況じゃとてもじゃないけれど無理だ。
不可能に近いどころか不可能だと言い切れてしまうくらいには。

逃げ道はないし、足は痺れるし…ときっと傍から見れば絶望的な表情を浮かべている私は畳を見ながらぼんやりと考えた。
いつもなら20分ほど正座でいることなど、どうってことないのになあ。
それなのになぜか今日は既に足が痺れてしまっている。

ああ、またため息が出そうだ。

まあため息などついたら不審な目で見られてしまい、もっと空気が悪くなるのでやめておくけれど。

さて本当にどうしたものか…と思いながら、そう言えばさっきからずっと静かだな、と両隣にいる男の子の顔を見た。


「あ……」

あれ?もしかしてこの2人、昨夜の夢のようなものに出てきた子達なんじゃ…。

彼らの顔を見た瞬間、昨日の奇妙な夢のような、でも何処か現実味のある体験をしたことを思い出した。

ん?もしかしてあれは夢ではない…?
いやいやいや、でもそんなことある筈ない…!
あれは夢であり、二人の男の子達が出てきたのは偶然でそんなこと…!

とまで考えるが、やはり頭のどこかで昨日のあれは夢ではないぞ、と言っている気がする。


そんなことを考えていた時、頭の中にくぐもった声が聞こえた。


……グスッ…ごめんなさい、ごめんなさい……。

この部屋の中で今の瞬間に喋った者は一人もいない。
もしかしたら空耳かもしれない…、なんて思ったとき、またそれは聞こえた。


グスッ、なんで…ですか?
なんで二人を…
ごめんなさい……



「……っ」

バチっと何か白い光のようなものが目の奥で光って弾けたような、そんな感覚。
ぱちぱちと瞬きを何回がする。
あれ?今のはなんだろう?気のせい?
なんて思いながらまた瞬きを一つ。


ぱちり


次に目を開ければ、なぜか景色が一変していた。

「…ここは、どこ」

そう呟いた声が反響している。
先程まで、あの部屋で正座をしていたはずなのに、と考えながら周りを確認した。
広い廊下は薄暗く何だか気味が悪い。少しだけ空いた障子から見えた部屋を見たとき彼女は既視感を覚えた。
ふと視線をとある方向へと向けた。
そこに見えたのは一つの池。
見覚えのあるそれを捉えて、「いや、まさかとは思ったけれど」と彼女は頬を引きつらせる。
濁ってはいないものの、少しだけ色が暗い気がした。
それだけを確認して確信した。
障子が破れたり、壁や柱が傷ついたりはしていないものの、ここはあの本丸だと。

ザァー、と景色が少し変わった。
突然色が消え白黒になった世界。

グス、グスッ……うっ…

誰かの泣き声が聞こえる。
そちらを見れば、座り込んで何かを抱きかかえている一人の男の子。
その何かは、形はバラバラだし白黒のせいで色はわからない。
でも、ここから見える限り何かの破片のようなものの気がする。


ザァー


またテレビの砂嵐のような音がなる。
次は白黒では無かったがやはり薄暗くて先程とはあまり変わらない気がした。


「こいつは何も悪くはないんだ!」
「そうですよ!」


そんな声が聞こえてくる。
先程と同じようにそちらへと視線を移す。
二人の男の子が一人の男の子の前に立って、女の人に何かを言っていた。
その二人の男の子が一緒に正座をしていた子達で、一人の男の子が虎を連れていたあの子、五虎退くんだった。

二人の男の子が一生懸命に何かを訴えているのだが、それを聞いている女の人は全く興味がないというような表情をしているし、その目は冷たい。

男の子達が何かを言えば、女の人は頷いた。

「そう、分かったわ」
「それなら!」
「…そうね、もう要らないかな」
「…っ!!」

彼女がそう呟けば、三人とも驚いた顔をしたあと、その顔が恐怖に染まった。

「今剣!五虎退を連れて外に!」

黒髪の方の男の子がそう言えば、頷いた銀髪の男の子、今剣くんが五虎退くんの手を引いた。

「…ー、ーー、ー…、遅いわよ」

何かを呟いた、いや唱えたその女の人はそう言うと不敵な笑みを浮かべた。
彼女の背後の方で、黒い影が蠢いた。


「………!!」

私はというと、危ない!!そう言って駆け出そうとしたのだが、何故か声が出ず足がその場に縫い付けられたように動かない。
足元から顔を上げた。

蠢いていた黒い影が物凄いスピードで黒髪の男の子の前へと来た。
男の子は苦し紛れに刀を抜いたが、それがいけなかった。
黒い影はその男の子の刀へと向かい、取り囲んでからパキリと嫌な音を立てて折ってしまった。

「え…?」

一瞬のことだったので何が起こったが分からない、そんな表情で折れたそれを見た男の子は段々と消えていく。
最後に見えたのは彼の頬を伝った涙だった。

「薬研!」
「そんな……!」


振り返った二人は思わず立ち止まった。
先程まで彼が居たところにあるのは鉛色の……。

「次は…どっちがいい?」

それを楽しげに見ていた女の人はそう言った。
ハッと我に返った二人は襖に向かって走る。そしてその前まで辿り着くと、今剣くんは五虎退くんの背中を押して外へと出した。
そして、パタンと音を立ててそれを閉めると、刀を片手で抜きもう片手で襖が開かないようにと押さえつけた。
外から五虎退くんの声が聞こえる。ガタガタと揺れる襖を背に、今剣くんは刀を構えた。


「…え?そんなっ!」

目の前にいる黒い影が攻撃してくると思ってそちらばかりに気を取られていた時、今剣くんの足元からも黒い影が素早く出てきてそして先程のように刀に纒わり付いた。

またパキリと音がした。

「………ごめん…さ…、いわ…と…し」

途切れ途切れに今剣くんが言葉を紡ぐ。
そしてそのまま消えていった。


そ、そんな…。

私はその光景をどうすることも出来ないまま、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
こんなのってない、何でこんなことが…。そんな疑問ばかりが頭に浮かんだ。


ごめ、な…い。…グス…ごめ……


ああ、まただ。また声が聞こえた。
ザァ、と景色が変わり次はあの池の前だった。
まだ濁っていなくてよく底まで見えるその池に何か光るものが見えた。
それが何か分かって涙が溢れてきた。


パチッ、また白い光が弾けた。
次、目を開けたとき最初に視界に映ったのは三日月宗近さんだった。

「……へ?」


◇◆◇



三日月宗近は鋭い目付きで新しい審神者になりに来たという人の子を見やる。
何故、ここに「この本丸にはもう居ないはず」の彼らがいるのかを問うてはみたたが、知らないやわからないの一点張りだ。
途端に静かになった部屋でどうしたものかと思考を巡らせる。

短刀達と背格好がそう変わらない、あるいはそれよりもひと回り小さいかもしれないソレを見て、彼は政府に呆れていた。
今までやってきた審神者は沢山いたが、この子供のように幼い人間が来たのは初めてだった。
まあ霊力はそこそこの人の子だろうと思っていたわけだが、手入れをあのような仕方で、しかも一人だけではなく何人もしたのには流石の彼も驚いた。
しかしいざそれを目の当たりにしてみれば、それは彼の想像以上のものだったわけだが………、いやこの話はもうこの辺でいいだろう。

それよりも、この二振りについて聞かなければいけない。
鍛刀でも政府から持ってきたわけでもない、…だとすれば何故彼らはここにいるのか。

この人間はもしかしたら本当に分かっていないのかもしれない。ならばこの二振りのどちらかに聞くべきか、そう考えて彼が口を開こうとすれば、


「あ……」

目の前にいる人の子が小さな声を上げた。皆、なんだなんだとそこに視線を集めるのだが人の子は固まったまま動かない。
そう動かない、ピクリとも。
先程まで恐怖などで震えていたはずなのに…。
一体どうしたというのか。
斜め下へと顔が向いているので、前髪が邪魔で表情は見えないが些かおかしい。三日月宗近はその人の子の目の前へと向かう。

「おい、小僧」
「……」

その声には全く反応を示さなかった。
何処か違和感を覚えつつ、また声をかける。

「…小僧」
「……」

その声に返事はしなかったものの、顔がゆっくりとゆっくりと三日月宗近を見上げた。

「……っ」

彼は絶句した。
この人の子は何故か涙を流していた。
しかし顔はこちらを向いているものの、全く視線はこちらを捉えていない。
遠い遠い虚空見つめていた。
何処かぼんやりとしていて生気がまるでないその瞳。

その色には見覚えがあった。


(君たちのことを信じていた)
(どうしてそんな悲しい目をしている?)
この悲しみは誰のためにあるの
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