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ゆったりと心地よい眠気の海に微睡んでいた。何者にもこの世界は邪魔されたくないなあ。そう思わせるくらいにここは酷く酷く心が落ち着いた。出来ることなら起きたくない、なんて冬の寒い朝に布団から出たくない現象のような感覚を覚えた。

しかしとある瞬間、ふわりと意識が浮上していくような感覚に陥り、私は目が覚めた。


「……こ…こは?」

少しだけ重たい瞼を押し上げれば見慣れない天井が目に飛び込んでくる。ぼんやりとした意識を起き上がらせながら、布団に入ったまま自分が寝ていた部屋を見回す。和風の造りでいつかのとあるテレビ番組で見た古風な建物を彷彿とさせられる。
この畳の匂い好きだなあ、とか、何だか昔の武士とかが住んでいそうなところだ、とか相変わらずふわふわとしている意識のまま考える。戦国時代などをモデルにしたドラマとかではああいう所に刀とか置いてあったりするな、なんてふとそんなことを思い出した。

…ん?刀…?

そこで初めて思い出した。自分が何処にいるのかも、どうしてここにいるのかも、どんな状況なのかも大体のことを少しだけ長い時間をかけて思いだした。
ああ、そうか。ここは本丸だ。
改めて周りを見回せば初日に隅の方に置いておいた荷物が目に入った。置いた日と変わらない姿でそこにあるため誰も触ってはいないのだろう。

「起きたか?」
「はい。えっと、おはよう…ございます」
「ああ、おはよう」

部屋に入ってきた薬研くんは私が起きていることを確認するとそう言った。それにコクリと頷き朝の挨拶の言葉を言えば、彼は微笑みながら返してくれる。そして、「熱を測れ」と体温計を渡してきたので先ずは起き上がってからそれを受け取って測り始めた。

「体調はどうだ?」
「そこまできつくはないです」
「…そうか。…顔色は良くなった、か」

ピピ、と音がして体温の確認をする。36度5分。うん、平熱だ。それを彼に見せれば、「もう大丈夫そうだな」と言いながら水を渡してきた。丁度喉が渇いていたので有難く貰う。

「ありがとうございます。本当に、色々と」
「ああ、別にいいさ。此方は色々と救ってもらったからな」
「…はぁ」

全然返せていない、と言う彼の言葉を聞いて気の抜けた返事を返す。全然救ったとかそういう覚えがない為どう反応すればいいのか全く分からなかった。薬研くんはそれについては気にしていないらしい。治ってよかったな、とただそれだけ言って笑った。…なにそれ、何その笑顔、不覚、かわいい。頭の中を巡るその言葉に感情に自分で苦笑した。

「…さてと、大将。これからどうする?」
「…?これから?」

突然の大将呼びに改めてここの審神者になったのかと考えた。まあ現時点で認めてくれていそうな刀は薬研くんと今剣くんだけだと思うけど。

「ここの刀は良い奴ばかりだが、人間に対しては少し厳しい。まあ色々あったからな」
「…うん」
「今までの事を考えるとこっからが勝負だ」
「勝負?…この本丸の刀剣達と??」

え?物理的にじゃないよね?もしそうだったら死ぬけど。先にお墓建てといた方がいい案件ですかね?なんて考えながら彼の言葉を待つ。綺麗な紫が少しだけ揺らいだ。

「いや、…少し違うが、違わないか。」
「…ん?」

どっちだ?その濁し方と言うか曖昧な言い方。……というか考えるだけで恐ろしい何かを感じるのだけど。刀剣だけじゃないとか?例えば、鍛刀とか手入れとか手伝ってくれる小さい式神くんも、刀装の子ももれなく皆お前の敵だぜ?みたいな何かかな?……違うよね?とガクブルと体を震わせたい。ガチで震わせたら何か引かれそうなのでやめておく。

「まあ、気にするな」
「……」

なんでやねん!?余計気になるやないか!?と関西の方が聞いたら、それこそツッコミと言うかお怒りというかそんなのを貰いそうなエセ関西弁でツッコミを入れた。勿論心の中で。

「まあ、そんなことより…」
「……うん」

全然そんなことよりじゃないけど。

「政府から色々と届いた」
「?色々?」
「ああ。今から持っこようと思うがもしキツいなら言ってくれ。また明日にする」

気遣うようにそう言われて心が揺らぐ。彼は本当にいい人(刀)である。今から持ってきてくれていいよ、と言えば了解と言って立ち上がった。ついでに私が手に持ったままにしていた空のコップを見て、お代わりいるか?と聞いてくるのでお願いしますと返した。


◇◆◇



開いた障子の隙間から入り込む春の風に心が踊った。春は好きだ。ちょっと花粉症気味ではあるので少々辛い時もあるが。

「うーん、まずは掃除からかな?」

雰囲気は結構良くなったが、それはあくまでも雰囲気だけなので、結局のところ建物はボロボロのままのようだ。障子が破れてるの気になるし、張り替えないと。あとは廊下を雑巾がけしたり、傷ついた柱をどうにか…。業者か何かに頼めばいいのかな?あれは自力ではどうにもならないよな。
あとは、食事の確保。これは生きるために重要。刀剣達も食べ物食べるらしいから必須だね。
他にも、まだ顔合わせしてない刀剣も沢山いるからなあ。会わないと行けないか。現状把握しないと何も始まらない。
入れないとかいう部屋にも入れるようにしないといけないし。あとは………あれ?そういえばこの本丸に『こんのすけ』っているのかな?ここに来る前に話を聞いたが、狐なんて見ていない気がする。

「……やること多すぎる」

後でもう1回思い出して紙か何かにやることリスト作ることにしよう、そうしよう。と意気込んだ。


ガタッ

「…っ!?…何…?」

突然、障子が音を立てて揺れて肩が跳ねる。若しかしたら薬研くんが帰ってきたのかもしれない。そう思いながらそちらを見るが人影(刀影?)は映らない。風、かな?と考えてそちらを注視していれば、ガタッとまた揺れた。何だろう。そう不思議に思っていれば、障子の隙間から白い何かが出てきた。

「…!!かわいい!!」

それは確か五虎退くんのところにいたあの猫?(虎?)だった。頭だけを出している姿が愛らしい。思わずほっこりと癒されながら様子を伺っていれば、目が合う。数秒見つめ合った。先に目を逸らしたのは向こうだ。ふふ、私の勝ちだ!と勝手に勝負事にしながら笑う。
その子は何を思ったのか部屋に入ってくる。そしてぴょんとジャンプをすると私の足の上にダイブ。綺麗に着地を決めて早々に丸くなり眠り始めたその子の頭を撫でる。このもふもふがいいなあ。と思いながらひたすら撫で続ける。すると、少し撫ですぎたのか手を弾かれた。なので撫でるのをやめてぼんやりと観察していれば、次は目を開けてちょんちょんと触ってくるので、また撫でる。真逆ツンデレ?(少し違う気もするけど)何この生き物。可愛すぎかよ。それにまた私の勝ちかな?と考えながらその頭を撫でた。

「………」
「………」
「………」

何だか視線を感じたのでそちらを見ればいつの間にかしっかりと開いていた障子の向こうに薬研くんと五虎退くんが立っていた。

全然気づかなかった。

何だか恥ずかしいんだけど。一体何処から見てたのかなと思いながら、足の上にいるそいつの脇の辺りを持って五虎退くんの方に渡そうとする。が、あろうことか暴れて私の手から逃れると、私の足の上をまた陣取り、またペシペシと叩いてくる。

もう撫でてやらないぞ、君は五虎退くんの元に帰りなさい。とまた脇を掴み今度はちゃんと五虎退くんに渡すことが出来た。五虎退くんは手の中のその子と私を見比べたあと逃げるように走っていった。お願いだからあらぬ疑いはもたないでね。向こうが勝手に私の足の上でふんぞり返ってただけだから。という弁解は出来なかった。

「随分と懐かれてたな」
「…そうなのかな?」
「五虎退の虎はあれで結構警戒心が強いんだぜ」

ほお、あれは虎なのか。それにしてもめちゃくちゃかわいいね。携帯端末があったら写真めちゃくちゃ撮って映えるわあ、とか言ってしまいそうなくらい。

「これが、送られてきたやつだ」
「あ、そうだった。ありがとう」

忘れてた、忘れてた。そういえば政府から届いたやつを取りに行って貰ってんだった。と思いながら、傍らに置かれた星火様へ。と書かれているダンボール箱の中を漁りにかかる。
まず1番上にあった封筒には私の情報(伊村真白という実名は勿論安全のために書いてない)が書かれたものが数枚。その下には白い箱。開けてみればタブレット端末があった。電源を探して入れれば、すぐにホーム画面らしきところに辿り着く。本丸情報、本丸管理、刀帳、政府からの通知と報告などなど何やら色々と書かれているところが表示された。なんか凄く便利そうだ。報告ということはここから報告が出来るのかな。
あ、万屋ってなんだろう。ちょっと興味が惹かれたので押してみれば、オンラインショッピングみたいなページにたどり着いた。オンラインショッピングなんてしたことないけど、多分合っている。
とりあえずこれは置いといて、次は…、と1番分厚い封筒を取り出す。中に入っている書類を引っ張り出してまず一枚目を読んだ。

「生活が落ち着けば、早急に提出されたし…??」

え?コレ全部…!?いや、その次の数枚は違うか。えっと、政府への報告はタブレット端末からと書類から。…え、どっちかに統一してほしい。あとは、今月の振り込まれる給料…?あれ?何か提示されたものより上がってね?あ、小さく晴れて審神者になられたので御褒美(ボーナス)もついてるって書かれてる。本当にこんなに貰って大丈夫なのか。一応中卒なんですが…。と少し怖くなった。
あとは、定期的に補充が必要な資源以外のもの(食料や生活必需品)は万屋で調節。他の娯楽も勝手に好きなように買えというものや、こんのすけを見つけたら連絡。不明瞭なことや緊急事態があった場合は即連絡。などなど。余りの文字の多さと情報量に目が回りそうになった。

そして、本題。

『生活が落ち着いたら、早急に提出されたし』の方の書類たち。書類の枚数が多い。ついでにタブレット端末のほうも確認したが、毎日報告という欄が見つかって、胃が痛くなりそうだ。その様子を隣で見ていた薬研くんは苦笑いを零す。そしてお代わりの水を差し出しながら、まあほどほどになと言ってそのまま部屋を出ていった。ずっと付き合わせてごめんなさい。と彼が出ていったあとに密かに謝罪した。
そういえばダンボールと一緒にどうやってお水を持ってきたんだろう?1回ダンボールを部屋の前に置いて取りに行ったか、五虎退くんと持ってきたとか?うーん、わからんなあ。
まあ、今はそんなことより……と布団に潜った。明日から本気出す。うん、本当に。

ということで、政府よ。私は色々な不安と現実逃避による突然の腹痛(予定)でまだ落ち着けていない。

(つまり)
(もうちょい休ませてください)
曖昧な君に宣戦布告
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