■ ■ ■

あれから完全復活して、改めて政府から送られてきた書類を確認する。何度見しても変わらぬその量にうっと苦々しい声が漏れる。が、やらなければならない。
よし、と意気込んで書類を1枚1枚確認してざっと目を通していく。紙の量に比べて記入部分は思ったよりも少ない。それにほっとしてからトントンとそれらを纏める。そして1枚目から書けるところを書いていく。本丸の状態やら刀達の様子やらを記す。

そう云えばこの本丸には何振りの刀達がいるのか。

私が手直しした刀と、…させてはくれなかったけど姿は見た刀は20振りは居た。けれど多分他にもいるかもしれない。30…?位はいるか。あ…そうだ。タブレット端末に刀帳って合ったよね。と、タブレット端末を起動してその文字をタップ。

『刀剣の情報は記録されておりません』

「……わあ」

………そう羅列した言葉に思わず声が出た。
そっか、この本丸って色々と合ったと聞くから政府もきっとどれくらいの刀がいるのか確認できていないのだろう。ということはこれは私が確認して1から埋めていく必要があるということ。

…どうしようか。
暫く保留にしておこうか。今はまだ和解できない(喧嘩はしてないけど)刀も多いから正直言って怖い。あ、でも分かる刀達の分は入れておこう、と色々と操作。


「……ん?」

ええっと、と正座をして首を傾げながら操作していると暖かい何かが乗っかった。そちらを見れば白い塊。また君か。私の膝上を気に入ったのか丸まって寝ている虎くんを見て思う。
ほっこり癒されながらほっと息をついた。すると気が抜けたのか少しだけ眠気がする。ふわあと欠伸をすると、そのまま居眠りをしてしまった。その膝上でブルリと体を震わせた虎には気づかなかった。



◇◆◇



__くらい、暗い、昏い闇が広がる。

光など一切なく、目を凝らしても前には進めやしない。何処までが壁で何処までが天井なのかも分からない。もしかしたら1歩進めば穴に転落してしまうかもしれない。そう簡単に不安になれるくらいに暗い闇の中で『ソレ』はゆったり笑った。

『ヒヒヒ…__キたぞ、来たぞ……』

ソレは人とは云えない姿形をしている。モゾモゾと動きながらケタケタと引き攣ったような声で笑いながら、外の空気がすっかり変わっているのを察知する。深淵から這い上がってきたのかと思わせる黒がまた笑った。


ざ、…ざ……ざ

奇妙な音を立てて動き出す。
外から少しずつ光が漏れてくるのに気が付いた。この暗闇の中にさへ届く強い光にばっとたじろぐ。今までそんなことはなかった、と考える頭も心も持ってはいないが本能的に反射的にそれに触れてはいけないという警告が全身を突き抜ける。自分の空間が少し減ったことにも、時間が経てば光が更に満ちてきそうなことにもソレは憤慨していた、いやその様に見えただけかもしれない。が怒っているように見えたのだ。


『ヒトがいる。ヒトがイるぞ。ああ、マタ来たのか。排除しナければ…。』


ブツブツと男とも女ともとれないおぞましい声を発する。そしてまたケタケタ、カラカラと笑うのだ。底冷えしそうなほど暗く冷たい声が闇にこだまする。

『排除、…ヒトは…排除、こコには不要だ…!排除排除排除……!』

只管ひたすらその言葉が繰り返される。小さかった声が段々と大きくなる。最後にはまるで叫ぶように発しながら、それは光の元を探知する。

『…見えタ。…アレだ。そこにいるのかァ…』



◇◆◇



「…!?…っ何いまの…!?」

なんか変な夢?を見た気がする。バクバクとなる心臓の音がすぐ近くで聴こえた。

「いてっ」

ゲシゲシと私の声で起きたらしい膝の上の虎くんが私のお腹を蹴る。開いた片目からのぞく金色の目からもいかにも不機嫌なことが伺えた。ごめんね、と小さく謝罪をし、体制を変えようとして気がつく。

「……ぅうっ」

足がめちゃくちゃ痺れてる。まあ正座したまま居眠りしたせいなのだけれど。私って結構器用だよねえ。うん。てか最近結構正座するせいでよく足痺れるし…。

はあ、とため息をつきながらすぐそこのデジタル時計に目をやる。寝る前からあまり分針が進んでいない。時間にして約15分くらい居眠りしていたらしい。眠気も無くなったし、よいしょと虎くんを抱き上げて正座を止める。アイタタ…なんて呻きながらジンジン、ビリビリと痺れが走る足を動かし座り方を変え、また足の上に虎くんを置いた。速攻で丸まって寝始めた虎くんを見て癒されながらまた書類を書き始めた。


それから暫くして。

ぐー、と頼りなく鳴るお腹ではっと集中が途切れる。そういえばお腹減った。最近は予め持ってきておいた某ゼリー飲料とかそういうので済ませたけれど、それだけじゃあやっぱり物足りない。

そう云えば通販の所に食材とかも注文できるところがあったとタブレット端末を取り出して探す。刀剣達の分もいるだろうから……。うーん、そういえばどれくらい必要なのだろう。あとで薬研くんに聞いておこう。あと何か必要なものはないかも聞いておいてもらおう。なんせここに来てまだ日が新しい。何が必要なのかはイマイチよく分かっていないのだ。それならここにいる刀剣達に聞いた方がいい。

食材は搬入物専用の部屋があるらしくそこにどういう仕組みかは分からないが、朝6時に送られてくるらしい。通販ってすご。てかハイテクすぎるよね。うん。

そんなことを考えていれば、ドタドタドタと云う足音が聞こえてきた。段々とこちらへと近づいてくる。一体どうしたのだとそちらを見ていれば、襖がばっと開いた。そこには2人の刀剣が居た。


「あ、今剣くん?…と小夜左文字くん?」
「おはようございます!そうですよ!ほら、小夜も!」

ニコニコと笑いながらそう言った今剣くんは、その斜め後ろで此方を探るような目で観察している小夜左文字…長いから小夜くんで良いか。小夜くんを呼んだ。それを聞いて1歩踏み出した小夜くんはその目をぱちぱちと瞬かせ、何かを言おうと口を開いたがもごもごと口篭ってしまった。


「……えっと、小夜くん。私は星火って言います。どうぞよろしくね」
「……よろしく」


声を掛ければ、少し戸惑いながらも応えてくれる。うん、普通に良い子だ。

「ところでどうしたの??」

小夜くんと会うのは彼の手入れをした初日だし、今剣くんとも倒れたあの日から会っていない。一体どうしたのかと不思議に思って聞けば、2人は顔を見合わせた。そしてどちらからともなくこちらを見る。


「……えっと、兄様はね。出来るだけあなたには近付くなと言うんだ。……でも、僕の傷をあなたは治してくれたから……その…」
「小夜はおれいをいいたかったんですよ!」
「そっかあ。全然良いんだよ。審神者として当然だもの。どこか痛いところあったら、どんなに小さな傷でもおいでね」


そう言えば、小夜くんは目を見開いた。え?私…なんか変なこと言った?


「あなたは今までの人とは違うんだね…」
「…え?」
「あなたは復讐したいと思ったことはある?」
「復讐?」

小夜くん、突然どうした!?え…、何て返せばいいの?復讐…したいと思ったこと?


「復讐したいと思ったことはないけど…、突然どうしたの?」
「…そう、じゃあ良いんだ。もし誰かに復讐したくなったら言ってね。僕が殺すから…」
「物騒!すごく物騒!!大丈夫だよ!もしそんな相手が出来ても小夜くんの御手を煩わせないようにするからぁあ!」

怖いよ、暗いよ!もっと明るく行こうよ…!小夜くんに殺すとかいう言葉を使わせちゃったよ…。


「なんで?」
「なんでって…、えっとそれは…」


どうしようと今剣くんを見れば、彼は私たちの会話を見てニコニコと微笑んでいた。

いや、助けてよ。


「ふふ、小夜もきにいったんですね」
「…うん。兄様が言うほど怖い人じゃなかった」


気に入った、って今のがそうなの?
小夜くんにとってはそれが普通なのだろうか。喜んでいいのか悪いのか…、まあ前者って認識していいよね。きっと。


「そういえば、ここにきてからなにもありませんか?」
「…ん?何かって?」
「…えっと、なんといえばいいのでしょうね?こう……かわったこととか」

今剣くんの問いに首を傾げた。時折揺れるその目が何かあるのだと伝えてくる。変わったこと、変わったことかあ。考えてはみるが思い当たる節はないし…。
うーん?というか前の日常と比べればここで経験する殆どが変わったことだしなあ。
んー、と唸っていれば私の足の上で相変わらず寛いでいた虎くんがモゾモゾと動き出した。
あ、そう云えば忘れてたなあ、この子のこと。ごめんねという意味を込めてその頭を撫でれば、フンと鼻を鳴らして私の足から降りてそのまま部屋を出ようとするので、襖を少し開けてやった。その隙間から出ていくのを見送ってから、また今剣くんと小夜くんに向き直る。


「多分、大丈夫だと思うよ?あの熱でぶったおれた日と、寝込んでた時以外はずっと元気だから…」
「ほんとに?」
「?…うん!本当に!」


何故それを執拗に聞いてくるのかは、分からない。しかし、何か重要なことがあるのかもしれない、と思い「何かあったらすぐ言うね」と最後に付け足した。それに元気よく頷いた2人が可愛くて思わず頭を撫でてしまった。


「取り敢えずこの話は置いておいて、ここの本丸ってどれくらい刀剣がいるの?」
「…どうして?」
「お腹空かない?私は凄くお腹ぺこぺこなんだよね。食材買おうと思ったんだけど、どれくらい必要か分からないし…」

そこまで言えば、今剣くんも小夜くんも首を傾げた。

「僕達の分もあるの?」
「うん!だって刀剣って神様だけど今は一応人型だって聞くからきっとお腹空くでしょう?……もしかして、食事摂ったことない?」
「いいえ、ありますよ。…でもたべたのはずいぶんとむかしです」

そうだった、ここって元ブラック本丸だった。ついついこう和んじゃってて忘れそうになるけど、まだまだ問題だらけで謎ばっかりの本丸だった。酷い扱い受けてたって聞くから、食べてないのも有り得るのか…。


「……薬研に聞く?」
「…そうですねえ。…いえ!燭台切にききましょう!あれは、なにもすることがなくて、ひましていますしね」
「そうだね。…あ、そろそろ戻らないと兄様が心配し出すかも…」
「では、ぼくだけできいてきますね!…あ、このことはみんなにはナイショですよ?」
「え、…あ、うん」


2人で会話を進めていくので置いてけぼりになる。が、まあ話の方向は掴めたので良いか。駆け足で部屋を出ていってしまった2人を見送った。パタンと襖が閉まり、タタタと駆け抜けて行く音が遠くなる。すぐにしん、と静まり返ってしまった部屋は何だか寂しかった。


…__イ

「ん?今何か?聴こえた?」

慌てて周りを見回すがこの部屋には私一人しかいない。気のせいかと息を吐いた。さて、書類を出来る限り終わらせようかと意気込む。


__ないゾ


「………」

やっぱり何か聴こえる。でも、一体どこから?それに何が無いのか。何だかぼんやりとして形にはならない不安が突き抜ける。それと同時に今剣くんの先程の言葉を思い出す。どうすればいい?どうすれば?


__近ヅけなイぞ


声が近くなる。ゴクンと喉を鳴らした。震えそうになる体を抑えながら、もう一度周りを見回す。しかし、変わったことは1つもない。聞こえてくる言葉の言う通り近づけない?ということらしいので、部屋には来れないのかもしれない。しかし、本当にどうすれば、いいのか。何だか少しだけ気分が悪くなってきた。


「……うっ……痛っ…」

何故かは分からないけれど、鎖骨の少し下辺りに痛みが走る。今まで味わったことないほどの激痛に生理的に涙がでた。意識が朦朧としてきて、本能的にこれはいけないと思った瞬間、背中に温かいものが触れた。

「……霊力が乱れているな。しっかりしろ、人の子。アレに負ける程の力では無いだろう?」
「…アレ…って?」
「……___」

その人が何か言ったようだが、よく分からなかった。ゲホッと1度咳をしたとき、ポンポンと背を叩かれた。もう一度ごほっと咳をすれば、痛みも辛さもどこかに飛んでいってしまった。

「……うう」
「…………アレは去ったか」
「え?」

顔を上げれば、お月様が目に入った。正確には彼の目の中にあるその輝きなのだが。背を叩いてくれたのが、この人だったのだと認識した途端肝が冷えた。いつの間にこの部屋に入ってきたのだろうか。彼は、ほう三日月宗近さんだ。(確か長いから三日月さんって呼ぶことにしたんだっけ)……この醜態を思いっきり晒してしまったのだけど…!?うわあと思いながら、彼を見上げるが先日のような不機嫌な…というかこちらを警戒するような視線はあまり感じ無くなった。

「…え、あの。その……ありがとうございます。助けて?いただいたみたいですし」
「…ああ。……アレは執拗い。気をつけることだ」
「??は、はい」

一体何が起こっているのかは分からないが、きっと助けられたのだろうと思い、めちゃくちゃ頭を下げる。死ぬかと思った。滅茶苦茶痛かったし、びっくりしたし。しかし、彼の言う『アレ』とは先程の声の主のことなのだろうか?それにどうして此処に来てくれたのだろう?そんな疑問が絶えず頭に浮かぶが、色々なことが一気に起こりすぎて頭がパンクしそうだ。その間に三日月さんは部屋を出ていってしまった。

「??」

結局、何だったのだ?煮え切らないものだらけで色々と困る。それに彼の口振りだとまたこのような事があるような言い方だったし…。はああ…大きな大きなため息をした。

ドタドタドタ

また足音。今の体験もあるので慌てて身構えた。完全にこっちに向かってきてるじゃん!うわあと下がれるだけ下がって心の準備をした。

バッ!!

襖が開く。そこに立っていたのは、

「……ん?」


◇◆◇



すん、と鼻を鳴らせば春の暖かな香りがした。この香りは随分と久し振りに嗅ぐ気がする。あの子どもが寝ているうちに、薄暗かった本丸は驚く程の速さでいつかの、いや、昔よりも空気が綺麗になった、気がする。あの力には正直驚いたものだ。


「……どうだった?先程は霊力が揺れていたようだが…」
「ああ、今は問題がない。しかし、厄介なのが歩き回り始めた」


廊下を歩いていれば、縁側に座り花を眺めている刀と出会う。いつにも増して穏やかな表情のそれは此方を見るなりニヤリと笑った。


「…そうか。………元に戻るといいな。何もかも。あの時のように」
「そうだな」
「また茶が飲みたい、それに大包平に会いたい」
「主は口を開けばそればかりだ」


こんな会話をするのも随分と久しい。懐かしいあの日はもうそんなに遠くだったのかとぼんやりと思った。もうそろそろ季節に乗り遅れた鶯が鳴くかもしれない。


「……謝らないといけないな」
「そうだな」
「………アレは正しかった」
「…ああ」

もう過ちは繰り返してはいけない、そう呟いてあの日の金色に輝くそれを思った。


(聞いてくれよ!こいつがよォ!)
(何だと!?俺は悪くないぜ)
(大包平はまだか…)
(ああもう!うるさいですよ!)
あの日は瞬きと一緒に遠くなる
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