俺と夜の果てに歩いて行きませんか



___バレンタイン。

チョコを作ったり買ったりして好きな人に渡す日のこと。どちらかというと日本では女の子が男の子にあげる方が多い気がする。

でもそんなバレンタインも最近では異性にあげるというよりも、女の子同士で友チョコを渡し合うことの方が多くなっていた。みんなのクオリティ高めなチョコレートを代表としたお菓子たち。それを毎年貰うことがとっても楽しみだから、私も毎年気合を入れてチョコレートを作る。

今年はトリュフとガトーショコラを作った。パティシエの従兄弟からアドバイスを貰ったから味には自信がそれなりにある。おこぼれを毎年期待している弟からも大絶賛だったから今年も大丈夫だろう。


「名前、はいこれー」
「わあ!.....バレンタイン最高...!イベントの中でバレンタインが一番好き」
「お菓子いっぱい貰えるもんね」
「うん!」
「そういう素直なところ嫌いじゃないよ?」
「えへへ、ありがとう」

昼休み。クラスの子にはほとんど配り終えほっとしていると、去年同じクラスだった友人が教室にやってきてお菓子の入った紙袋をくれた。そっと中身を覗くとブラウニーが入っている。ナッツが散らばされておりとっても美味しそうだ。思わず破顔する。友人もニコニコしている。

バレンタインって本当に幸せ。

私も友人にラッピング袋を渡した。それを受け取った友人と少しだけ会話をしてから「じゃあね」と言い合う。彼女は今から本命のところに行くらしい。

いいなあ、私もチョコレートを渡せる異性がいたらいいんだけど。

残念ながら好きな人がいない私には無縁の話だ。みんなのようにクラスだったり色んな部活の人気者たちの所とかに行く気にもなれない。


お母さんがお弁当と一緒に持たせてくれたチョコレートのシュークリームを頬張ってから席を立ち上がる。他のクラスになった子たちにも配りに行かないといけないからだ。


◇◆◇


「...凄い、チーズタルト作ったんだ」

最後のクラスから出て、お菓子の入ったラッピング袋や紙袋、箱でいっぱいになった紙袋を覗き込んだ。1番上の透明のラッピングの中に見えたチーズタルトを見て思わず呟く。

タルトって難しいイメージがあるんだよね。みんな女子力高いなあ...。

そんなことを考えながら廊下を行く。私と同じように紙袋とかトートバッグとかを片手に歩く子たちと多くすれ違う。中にはカップルが一緒に歩いていたりもするし、学校の人気者を囲んでチョコレートを渡していたりもする。

学校全体が甘い香りがする気がして気分が良い。でも、甘いものが嫌いな人たちにとっては辛い日なのかな?とか、告白してそして結果しだいでは悲しい思いをする人も多いんだろうな、とかそんなことを考えながら自分の教室を目指した。


「名字さん」
「.....はい?」

階段を降りようとすると誰かに声をかけられた。男の人の声だ。誰だろう?と思いながら振り返る。そこには去年同じクラスだった赤葦くんが立っていた。片手には紙袋を持っている。

彼も人気者だ。クールだし、イケメンだし、優しいし、この前の春高で大活躍だったし、バレー部の新キャプテンだし。

そんな彼から声をかけられるとは思っていなくて、私はびっくりして瞬きをした。どうかしたのだろうか。


「ちょっと...話せないかな?」
「?全然いいけど」

赤葦くんの視線が右に行ったり、左に行ったりしている。「ついてきて」と言われたから頷いて彼について歩く。たどり着いたのは人気ひとけのない準備室の前だった。

「.....」
「赤葦くん?」

辿り着くまでの間、一言も言葉を発さなかった赤葦くんを見上げる。なんか身長が1年生の時よりも高くなっている。男の子って凄いなあ、と見つめていればようやく視線があった。


「.....これ」

先程、赤葦くんと会った時からずっと片手に持っていた紙袋をこちらに差し出してきた。

「え?」
「受け取って貰えないかな?」

赤葦くんがきっと誰かから貰ったものだろうとずっと思っていたそれを差し出されて思わずぽかんと口を開ける。

___受け取って貰えないかな?

頭の中でもう1回今の出来事を思い返す。彼は絶対にそう言った。

「これ、私に?」
「うん。今日バレンタインデーだから」
「そ、そうだね」

バレンタインデー。

日本では人が人に主にチョコレートを渡す日。女の人から男の人へ、もしくは友人やお世話になっている人に送ることが多い。

海外では男の人が女の人にチョコレート以外にも色々なプレゼントや感謝の気持ちをあげることが多い日。恋人の日。愛を伝えて共有する日。メッセージカードを書く日。


そんな今日に赤葦くんが私に紙袋を渡してくる。それはつまり、つまり?

私は思わず彼を見上げた。差し出したまま固まっている彼とそれからその紙袋を見て、やっと受け取る。

「あ、ありがとう...」
「...うん」

なんだかとてもドキドキしている。私も赤葦くんも表情が硬い。2人でソワソワしながら次はどうすればいいのか困っていると、赤葦くんが口を開いた。

「つまり、その...」
「うん」
「...そういうことだから」

今日がバレンタインじゃなかったら分からなかった。でも今日はその日だから"そういうこと"というものが分かる。

つまり、赤葦くんは私が好き?

接点なんて去年同じクラスだったことくらいしか思い付かない。練習試合とか試合とかは見に行ったことがあるけれど。

困ってまた赤葦くんを見る。眉を八の字にして笑う赤葦くん。その顔にとても見覚えがあった。

「#苗字#さん」
「...は、はい」
「好きです」
「.....はい」

その言葉を聞いて私は頷いた。

どうしよう。

私、ドキドキはしているけれど、でも軽率に返すことはできない。だって簡単にしていいのだろうか。高校に入って好きになった人がまずいなかったし、思いもよらない告白でびっくりの方が大きいし。今のこの空気に流されて答えてしまったら、赤葦くんに申し訳がない。

どうしよう。

そう悩んでいると、こちらを見つめる赤葦くんがまた困ったように笑った。

「返事はその...」
「.....」
「ホワイトデーの日にしてくれればいいから」


___ホワイトデー。日本特有のお返しの日。

私が悩んでいること、お見通しなのだろうか。

「だから」
「うん」
「俺のこと意識してくれればいいなって」
「.....」

かあっと顔が熱くなる。それを直球で伝えられるとは思わなくて不意打ちをくらった。私はどうにか頷いて、紙袋の持ち手を思わずギュッと握った。カサっと紙袋から音がした。


「あともうひとつ伝えたいことがあるんだけど」
「もうひとつ?」

なんだろう。思わず首を傾げた。赤葦くんは今まで見たことないくらいにとびっきりの笑顔を浮かべた。

「木兎さんは最強だったよ。春高の結果は悔しかったけど、でも....."あの日"悩まなくたって木兎さんは、俺たち梟谷は本当に凄かった。最高だったよ。.....これを伝えたかったんだ」
「.....っ、それって」
「うん。...そうだよ」

1年前の"あの日"のたった少しの会話が頭の中を過ぎった。

「覚えてたんだね、赤葦くん」
「もちろん。ありがとう名字さん。沢山バレーのプレーで叫べたと思う」
「うん、良かったね」
「これからも頑張るよ」
「うん」

頑張ってね。そう呟いた。それから紙袋を見て、私は小さく息をつく。

「聞いてくれてありがとう。またね」
「うん」

色んな思いで感情が飽和しそうになっていたところ、赤葦くんがそう声をかけてきた。私はまた頷いた。赤葦くんが廊下を歩いていく。私はその大きな背中を見つめた。この前の春高で見た時と同じ彼の背中。"あの日"よりも更に更に彼はずっと大きく、そして素敵な人になったのだろう。

「ホワイトデー、か」

ようやく右足を1歩前に踏み出してぽつり呟いた。ぐるぐる回る感情。私は赤葦くんのことをどう思っているのだろう。

__俺のこと意識してくれればいいなって

彼はそう言った。既に彼のそれにハマりかけていることに気づく。流石だな。そんなことを思いながら教室へと歩いた。


◇◆◇


「.....赤葦くんに渡そうと思ったのに断られちゃった」
「私も。.....机に紙袋あったし本命から貰ったんじゃない?」
「あ、エメラルドグリーンのやつでしょ?実は誰かと付き合ってたのかもね」
「有り得るわー。彼女のために断ったんなら良い男じゃん」

教室に入るなりそんな会話を聞いた。私は2つある紙袋の1つに視線を落とす。

「.....エメラルドグリーンだ」

思わずぽつりと呟いた。また顔に熱が集まりそうになって、私はそのエメラルドグリーンの紙袋を奥に、友人から貰ったものを手前にしてロッカーに入れる。

「名前、大量じゃん」
「でしょ?」

仲のいい子が声をかけてきて、思わずビクッと肩を震わせる。私のロッカーを見て「良かったね」と彼女が笑った。私は頷く。

「ちなみに男子にはあげたの?」
「ううん、友達の分しか作ってないから」

首を振る。彼女は「そっか」と頷いた。

「私、3年の先輩に渡してきた」
「行動力、尊敬するよ」
「ファンチョコだったんだけどさ、異性の人にあげるって超緊張した」
「そ、そうなんだ」

そうだよね。人にあげるって、しかも異性の人にあげるってとっても緊張するよね。私だって友達にあげるだけなのにとっても緊張したもん。

ロッカーの中のエメラルドグリーンが見えて私はゆっくり息を吸い込んで、そして吐いた。


___心臓が今日はとってもうるさい。


◇◆◇


「.....なにこれかわいい...!」

家に帰ってすぐ開けたのは赤葦くんから貰った紙袋の方だった。年の離れた弟がまたもやおこぼれ欲しさに寄ってこようとしていたが、「また後でね」と言い含めて部屋に篭もる。

ドキドキしながら包装紙を開けてみると、宇宙柄の箱が見えた。私が星好きなこと話したっけ?確かにこういう柄の文房具をよく持ってるけど。赤葦くんって人のことよく見てるんだ。それを再認識した。

箱を開けると月や星や土星の形、そしてウサギや猫などの動物の形を象った宇宙柄の可愛らしい包みに入ったチョコレートが並んでいる。甘い匂いだけでもう美味しい。

「食べるのもったいないくらいにかわいい」

私は結構単純な人間だ。だからなのか既に赤葦くんのことをとても意識してしまっていた。

「侮れない、もはや尊敬」

ぽつり呟いてから箱を閉じて、それから袋に戻そうとすると紙袋の奥の方にまだ何か入っているのが見えた。細長い袋に入ったそれを取り出した。

「...っ、これって」

懐かしいそれに目を見開く。

中学生の頃からずっと使っていたお気に入りのシャーペンと全く同じ柄。とあるプラネタリウムの限定商品でとっても気に入って買ったそれは去年壊れてしまっていた。それがとてもショックで、でもそのプラネタリウムは県外にあって買い替えに行けなかったのだ。

「はは、凄いや」

そういえば"あの日"、このシャーペンがとてもお気に入りだって話を彼にした気がする。

こんなことも覚えてるなんて、本当に凄い。


◇◆◇



「赤葦、チョコ断りまくったんだって?」
「へー、やるじゃん。モテモテかよ。ちくしょう!」
「まあまあ僻むなよ」
「.....先輩方、なんでそれを...」

数日ぶりに部活に顔を出したかと思えば、いきなりそんなことを言い出す先輩たちに顔を顰める。先輩たちは何が楽しいのかみんなニヤニヤしていた。そういえば木兎さんは今日は来ないのだろうか。メンツを見てそんなことを考える。

「女子が噂してんぞ」
「.....はあ」
「あれか、本命にでも貰ったのか?」
「いえ、貰ったというか、.....渡してきました」

素直にそういうと先輩たちが「は?」と素で声を出す。しかも声が揃った。「うわ、言わなければ良かった」とその反応に思わず呟く。先輩方が何故か急に部室の隅で輪になってコソコソし始めた。それを見て、部室に入ってきた後輩がびっくりして「え、何事ッスか?」と声をかけてきたが、「さあ」と答えた。

主将だから、とまだ慣れないその響きをぼんやりと頭の中で考えながら、さっさと着替えて制服を畳んで部室を出ようとしたとき、木葉さんに肩を掴まれる。

「おい、待て。赤葦」
「何ですか?練習に参加されるのなら大歓迎ですけど.....」
「いや、それもだけど。そうじゃなくて、ちょ、さっきの話詳しく!」

他の先輩方が顔を寄せてきた。2年が「先に行ってんぞー」とこちらを避けるように出ていってしまう。それに続いて1年もぞろぞろ出ていった。あからさまに面倒臭そうにそして、巻き込まれないようにこちらを見ていたことには気づいたが、その事には何も言わずただ小さく頷いた。


「あかーし!.....ってお前ら何してんだ?」
「げっ、木兎!お前は30分くらい外走ってこい」
「えっっ!なんで?」
「なんでもいいから!」
「あの...、俺そろそろ」
「お前はまだダメだ」

いや、部活もうすぐ始まるんですけど。思わずそう零したが、先輩方はまだ解放してくれないらしい。この不思議な状況に首を傾げている木兎さんは「よく分かんねーけど...」と言って、素直に外に出ていった。しかし、すぐに「あ!」と言って、一瞬だけ戻ってくる。

「そうだ、赤葦!今日、上手くいったか?」
「ええ、受け取っては貰えました」
「良かったな!じゃ、30分後にまた来るからな!」

そう言って次こそ木兎さんは出ていった。本当に走りに行くのだろうか。まだ制服だったのに。そんなことをぼんやりと考えながら、その姿を目で追っていると、小見さんと木葉さんが慌てて外に出ていった。猿杙さんはそれを見て笑って、鷲尾さんは「はあ...」とため息をついた。


(ちょ、木兎!やっぱ戻ってこい!)
(おーい!カムバーーック!!)
((バレー部、また何かやってるよ.....))

◇◆◇◆◇
ホワイトデーの話

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